建築・設備からコレクションまで、ハードもソフトも鉄壁!アートの新地平を創造する最新鋭の総合美術館アーティゾン美術館

70年の歴史を持つ京橋の老舗美術館「ブリヂストン美術館」が、2020年1月に「アーティゾン美術館」に館名を変更し、新美術館としてオープン。旧ブリヂストンビルの跡地に建てられた23階建ての高層ビル、その名も「ミュージアムタワー京橋」は、1〜6階の低層階が美術館フロアとなり、4〜6階の展示室は旧美術館に比べ約2倍の広さが確保された。また、来館者の裾野を広げようと、学生無料という前代未聞のシステムを導入するなど、あらゆる面で大幅なアップグレードが加えられている。

館名のアーティゾン(ARTIZON)は、ARTとHORIZON(地平)を組み合わせた造語で、時代を切り拓くアートの地平を多くの人に感じ取ってほしいという想いが込められている。「その実現のために、新美術館では“創造の体感”というコンセプトを掲げました。鑑賞者があらゆる感覚をつかって創造の瞬間に立ちあえるよう、ゼロベースで美術館を一新しています」と、今回インタビューに答えてくれた学芸課長の新畑泰秀氏は、開館への意気込みを語る。

ロビー右手奥にミュージアムカフェ、階段を上った2階にミュージアムショップがある。
創造の体感を後押しするハード面として、まずは建築や設備を見ていきたい。館内は、吹き抜けやガラスを随所に活かした解放的な造りで、現代的でシャープな印象ながら細かいデザインに温かみを感じる。「美術館内部のデザインは、オリジナル家具に至るまでTONERICO:INC.(トネリコ)が担当し、ビル全体の設計は日建設計が、そしてもちろん美術館メンバーもさまざまな意見を出しあいこの空間が実現しました。多方面からのアイディアが複層的に詰まっているというのも、この美術館の特徴の一つだと思います」。
1階のミュージアムカフェと、吹き抜けでつながる2階のミュージアムショップは、高さ8mにもなる大型ガラスの回転扉に面しており、この扉を開けば内外が一体となるオープンカフェへと変貌する。これはエリア一帯で進む芸術・文化の拠点化プロジェクト「京橋彩区」を見越した設備だそう。

また、館内の案内サインとして存在感を放つ極細のLEDを用いたピクトグラムは、東京2020オリンピック・パラリンピックのスポーツピクトグラムデザインを担当した廣村正彰氏によるもので、視認性向上と同時に空間に軽やかな印象を与える。他にも、自然石や無垢の真鍮パネルで温かみを演出した床や壁面、日本を代表するデザイナー倉俣史朗のイスなど、展示室に入るまでの時間も楽しめる、見応えのある建築だ。

展覧会毎に自由なレイアウトを組むことが可能だ。
さて、いよいよメインの展示室へ。鑑賞はまず、3階のメインロビーで世界初のミリ波による危険物検知機能を搭載したセキュリティゲートを通過し、エレベーターで6階へ。そこから5階4階と順に下りながら鑑賞するスタイルだ。もちろん、見逃した作品があれば上階へ戻ることも可能。
「都心のビルの中の美術館ということを最大限に活かし、各フロアを特徴づけて、鑑賞者自身が現在地を視認できるようにしています」というように、展示室はほぼ同じ面積の3層構造といえどもしっかりメリハリが効いている。6階は天井高4.2mの柱のない大空間で、天井からの吊り下げ展示や大型のインスタレーション展示など、今後アーティゾン美術館が見据える現代美術などの多様な企画展に対応する。

5階で驚くのは、展示室ほぼ中央に設けられた吹き抜け。上から4階展示室を見下ろしたり、ガラス張りの吹き抜け越しに向こう側の作品を鑑賞したりと、ここにはアーティゾン美術館ならではの特別な鑑賞体験が用意されている。アート鑑賞の際に一般的によくいわれる「視点を変えて観てみよう」を、物理的に、しかも極端にやってのけるこの構造の面白さが、今後の展覧会でどう活かされるのか楽しみだ。

開館記念展では、新収蔵の屏風《洛中洛外図屏風》が展示され、映り込みのほとんどない美しい環境が話題に。《洛中洛外図屏風》江戸時代 17世紀 紙本金地著色 六曲一双 石橋財団アーティゾン美術館蔵
そして、主にコレクションが展示される4階で注目したいのは、日本の近世美術など古い時代の美術を鑑賞するために特別に設えられた小空間。横幅15mの継ぎ目のない高透過合わせガラスと有機LED照明を採用し、映り込みを最小限に抑えたシームレスな環境下では、雑念なく一対一で作品と対峙することができる。「まさに、この展示室で一番大事にしているのは『作品との対峙』です。一体ガラスもそうですが、展示ケースを鑑賞者側と地続きのフラットにすることで、ガラスの存在を感じず、畳の上に古美術を置いて鑑賞しているような気分になれるわけです」と新畑氏。
また、鑑賞の最後には、ブリヂストン美術館時代を彷彿とさせる下がり天井と絨毯の展示室が。これは往年のファンにとっては嬉しい〆の演出となるだろう。

他にも、フローリング床のわずか5mmの目地を吹き出し口にした最新の置換空調システム、個別に制御できるオリジナル開発のLEDスポットライト、自身の携帯電話に公式アプリをダウンロードして聞く無料音声ガイド(イヤホンは持参)など、最新の設備を挙げればきりがない。
また、3フロアを順に鑑賞していくと気づくのだが、上階から下階にかけて床と天井の色が徐々に明るくなっていき、それが各階の特徴づけになると同時に、館名“アートの地平(ARTIZON)”の夜明けを連想させるのも面白い。

いつ訪れても鑑賞できるというのは、アーティゾン美術館の大きな強みだ。(左)ピエール=オーギュスト・ルノワール《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》 1876年
(右)青木繁《海の幸》 1904年 重要文化財
石橋財団アーティゾン美術館蔵
続いて、コレクションや展覧会、教育普及などソフト面についても話を聞いた。現在約2800点を収蔵する石橋財団コレクション。建て替えのための休館中に184点が新たに収蔵され、ブリヂストン美術館の代名詞でもあった印象派や日本近代洋画のさらなる充実に加え、抽象を中心とした20世紀美術、現代美術、日本の近世美術、芸術家たちの肖像写真にまでコレクションの幅が広がった。

各作品に、美術館の目指す方向性が明確に反映されている。(左)メアリー・カサット《日光浴(浴後)》 1901年 (右)ヴァシリー・カンディンスキー《自らが輝く》 1924年
石橋財団アーティゾン美術館蔵
「首都圏で西洋美術を常設している美術館としては、当館は老舗にあたりますので、現代へあまり重点を置いていないのでは、と思われる方も多いでしょう。しかし、60年以上の歴史を紐解くと我々はいつの時代も新しいものに挑戦してきたという自負があります。例えば、新収蔵作品においては、美術館の主力の一つである印象派をどう新しく見せるかということを意識し、数少ない女性印象派画家に焦点を当てました。ベルト・モリゾ、メアリー・カサット、マリー・ブラックモン、エヴァ・ゴンザレスの4人それぞれの作家を代表する、質の良い作品が収集できたと感じています」。
他にも、1910年前後から現代に至るまでの抽象絵画の展開を、ヴァシリー・カンディンスキー、ジョルジュ・ブラック、マーク・ロスコ、草間彌生など、アーティゾン美術館独自の視点で絞り込み新たに収集。既存コレクションとの関連性や化学反応も意識された見応えのある作品群は、今後の展覧会で徐々に全貌が明らかになるだろう。

6階展示室に、アーティゾン美術館史上初の大胆なインスタレーションが登場する。瀬戸内国際芸術祭 2019 展示風景
このように、これまでのジャンルや領域に留まらない取り組みに、学芸員たちの強い想いを感じるが、その中でも “新たな冒険”と位置付けられたのが、現代美術へのチャレンジだ。ブリヂストン美術館といえば印象派と日本近代洋画というイメージが強く、それで十分に地位を確立していただけに、新美術館がここまで守備範囲を広げたのには多くの人が驚いたのではないだろうか。
その新たな決意の象徴となるのが、年1回のペースで開催予定の現代アーティスト×アーティゾン美術館のコラボレーション展示「ジャム・セッション」だ。「現代の作家をただ紹介するだけではなく、いかにアーティゾン美術館らしく提示するかということを内部でかなり議論しました。その結果、我々の強みであるコレクションと、まさに今波に乗っている作家との接点を模索し、新しい創造の瞬間をつくりだす、ということに行き着きました。作家は特定のコレクションからインスパイアされ、またあるコレクションは現代の解釈を加えられ違った輝きを放つ。その相互に影響し合う環境下でこそ、創造の体感が生まれるのだと思います」と新畑氏は熱弁する。

最新のオーディオビジュアル設備を備えた3階のレクチャールームでは、1952年の開館以来続く土曜講座はもちろん、ギャラリートーク、ファミリープログラムなどのラーニングプログラムを定期的に開催。参加費はいずれも無料というのが有難い。
そして無料といえば、特筆すべきは日時指定制のウェブ予約チケットだ。入館までの待ち時間緩和や、より快適な鑑賞環境の提供のために導入されたシステムだが、なんと予約をすると大学生以下は全ての鑑賞が無料(中学生以下は予約の有無に関わらず無料)、一般チケットも当日窓口より400円も安く購入できる。入館時間枠が完売していなければ当日でもウェブ予約できるので、日時指定制のハードルはそこまで高くない。
また、世界的名画をはじめほぼ全ての作品が撮影可能というのも、コレクション豊富な私立美術館ならではの取り組みで、SNS世代には大きな魅力の一つになるだろう。

オープンサンド、出汁リゾットなど本格派も多数揃う。
1階のミュージアムカフェは、美術館オープン前の朝8時から19時(LO18:30)まで、年中無休(年末年始を除く)で営業しているというのも嬉しい。ミュージアムカフェというと軽食のみのイメージが強いが、こちらでは海外で修業を積んだシェフが調理を担当しているため、レストランのように手の込んだメニューが楽しめる。鑑賞前後のティータイムはもちろん、休館日にカフェ目的で訪れる人も今後増えていくだろう。
建築・設備・コレクション・展覧会と、全てにおいて高い次元でアップグレードされた最新鋭の美術館。単に鑑賞の場を提供するだけではない、新たな時代を切り拓くエネルギーが、この場所から世代を超えて拡散していくことは間違いなさそうだ。
- アーティゾン美術館(京橋)
- 中央区京橋1-7-2
- 03-5777-8600(ハローダイヤル)
- 料金:展覧会により異なる
日時指定予約制
ウェブ予約:一般1,100円、大学生以下 無料
当日窓口:一般1,500円、大学生〜高校生1,500円、中学生以下 無料
入館時間枠:10:00〜11:30/12:00〜13:30/14:00〜15:30/16:00〜17:30/金曜のみ18:00〜19:30 - 10:00〜18:00(金曜は20:00まで)
※最終入場は閉館30分前まで - 休館:月曜日(休日の場合、翌平日)、年末年始
- JR「東京駅」、東京メトロ銀座線「京橋駅」、都営浅草線「日本橋駅」徒歩5分
- webサイト
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