氷川神社

東京ミッドタウン裏を赤坂方面に下ると突如現れる緑のエリア。
敷地一帯が樹木で覆われた氷川神社は、まさに“都心のオアシス”。
ご神木の大イチョウや史跡など散策ポイントに満ちた境内は参詣のほか散策や休息に訪れる人が絶えない。
近くに住まいのあった勝海舟も足を運んだというこの社。
今も昔も地元っ子に愛され続けてきた鎮守の森だ。

  • 2010/02/05
  • カルチャー
  • 緑の散策路

複数ある神社の入り口のうち、イチオシは存分に緑を楽しめる氷川坂口からのアプローチ。左手に赤い太鼓橋が印象的な和風庭園、右手に木々が茂る斜面に祀られた稲荷神社と変化に富む景観が見られる。緑に覆われた石段を登りきると、広がるのはすっきりと整った景色。整然と並ぶ巨木とまっすぐ伸びた参道のシンメトリーな空間には、凛とした空気が漂う。

氷川神社は創建以来、霊験あらたかな社とされ、江戸期には歴代将軍の崇敬を集めてきた。幕末の傑物、勝海舟も社に親しんだ一人。神社近くに居を構えていた海舟は、参詣や剣術の稽古などで度々訪れていたとか。今も境内に残る4社の稲荷を合祀した「四合(しあわせ)稲荷神社」。洒落のきいた名前は、海舟自身が命名したもの。このエピソードからも神社との親交の深さが伺える。

本殿前の広場では、日当たりのいい素朴な木のベンチが特等席。大木のダイナミックな枝ぶりを眺めているだけで心が休まる。また、境内に点在する史跡や狛犬をチェックしてみるのも面白い。力比べに使われたという「力石」や約280年前に作られた港区最古の狛犬、地元の料飲組合が祀る「包丁塚」など見所がいっぱいだ。

お参り後ひと休み。そんなオフィスワーカーの姿も見られる神社は、昔と変わらない憩いの場所として近隣の人々に親しまれている。

  1. 5月頃の大イチョウ。幹径約2.4m、周囲約7.5mの大樹。樹齢400年を数える
    5月頃の大イチョウ。幹径約2.4m、周囲約7.5mの大樹。樹齢400年を数える
  2. 真っ赤な太鼓橋と緑のコントラストが目に鮮やか
    真っ赤な太鼓橋と緑のコントラストが目に鮮やか
  3. 約280年前に作られた、港区最古の狛犬
    約280年前に作られた、港区最古の狛犬
  4. 赤坂に点在していた4社の稲荷を明治31年に合祀。「四合稲荷神社」と命名したのは勝海舟
    赤坂に点在していた4社の稲荷を明治31年に合祀。「四合稲荷神社」と命名したのは勝海舟
  5. 境内の土中より発掘。表面には「三十五貫」(約130キロ)と刻まれている
    境内の土中より発掘。表面には「三十五貫」(約130キロ)と刻まれている
  6. 昭和27年東京都重宝建造物に指定。総欅造の社殿は、東京でも屈指の壮麗さ
    昭和27年東京都重宝建造物に指定。総欅造の社殿は、東京でも屈指の壮麗さ
  7. 巨木を見渡せるポイント。2月初頭はすぐそばで梅の花も楽しめる
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  8. 元禄の頃は、浅野内匠頭夫人瑤泉院の実家があった。討入前大石内蔵助が当地へ訪れたという
    元禄の頃は、浅野内匠頭夫人瑤泉院の実家があった。討入前大石内蔵助が当地へ訪れたという
  9. 鉄棒にすべり台、ブランコ、砂場と一通りの遊具が完備!
    鉄棒にすべり台、ブランコ、砂場と一通りの遊具が完備!
  10. 赤坂、青山の料飲組合によって建造。役目を終えた包丁が祀られている
    赤坂、青山の料飲組合によって建造。役目を終えた包丁が祀られている
公園の歴史
951(天歴5)年
素盞鳴尊すさのおのみこと奇稲田姫命くしいなだひめのみこと大己貴命おおなむぢのみことを祭神として、武州豊島郡人次ヶ原(現在の赤坂4丁目一ツ木台地)に創建
元禄期
現在地(赤坂6丁目10号12番地)には、「忠臣蔵」浅野内匠頭夫人 瑤泉院の実家浅野土佐守邸が建つ
1729(享保14)年
八代将軍徳川吉宗の命により現在地に現社殿を造営
1730(享保15)年
一ツ木台地から現在地へ遷宮する
1952(昭和27)年
社殿が東京都重宝建造物の指定を受ける

基本情報

名称 氷川神社
所在地 港区赤坂6-10-12
問合せ 03-3583-1935
アクセス 日比谷線・大江戸線「六本木駅」徒歩6分
千代田線「赤坂駅」徒歩6分
南北線「六本木一丁目駅」徒歩5分
公式サイト https://www.akasakahikawa.or.jp/

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