ワコウ・ワークス・オブ・アート(六本木)
六本木駅から徒歩1分のピラミデビル。その3階にあるのが、小山登美夫氏や石井孝之氏と共に1990年代から現代アートを牽引してきた和光清氏が経営する「ワコウ・ワークス・オブ・アート」。ゲルハルト・リヒター、ヴォルフガング・ティルマンスなど、ヨーロッパの現代アートの巨匠たちを日本に紹介してきた老舗ギャラリーだ。独自の審美眼で選んだ“感性”が合う所属作家たちは、数多の画廊を行脚したベテランコレクターが「ゴールみたいなギャラリー」と称するほど、独創的でインパクトがある。一度見ただけでは分からない作家や作品の魅力を、ディレクターの大坂直史氏に聞いた。
1992年の設立当初からまだ日本で知られていない現代アーティストを紹介することを目的に活動。近年、国内の現代アートのすそ野が広がり、草間彌生、村上隆のように世界で活躍する日本人アーティストが生まれてきても、そのスタンスは基本的に変わらない。フィオナ・タン、リュック・タイマンス、ジェームズ・ウェリングなど、映像から絵画まで多彩なジャンルの作家18人が所属している。
作家の掘り起しは、オーナーが感性に合う人をじっくり探索。見つからなければ何年もそのまま。実際、直近の所属が6年前というから、その姿勢は筋金入りだ。「芸術家は時代のちょっと先を行くのが常ですが、良い作家は現状に戦いを挑んで作品を創作するもの。作品から見える新しいものの表現やエネルギーが感覚的に合うかどうか」。大坂氏は、感性は言葉で表現しようとしてもできない分野と話す。例え作家自身が作風を言葉にしても、それは何とか形にしているだけで本質は作品でしか表せない。同ギャラリーに所属する作家は50〜60代を中心とするベテラン勢。さまざまな経験に裏打ちされた、言語化できない複雑な魅力があり、分かる人には分かるインパクトの強さを持つ。そんな個性的な面々だからこそ、アートフェアなどで積極的に名を売って新規顧客を獲得するよりも、信頼できる作家と作品を心から愛せるコレクターをつなぐ、橋渡し役に注力。
所属作家の中でダントツの人気を誇るのが、ゲルハルト・リヒター。2015年に瀬戸内海の無人島“豊島(とよしま)”に「14枚のガラス」という作品を設置した際に来日し、同ギャラリーでも個展を開催。2017年には、ギャラリーオープン25周年という節目を記念して過去の作品と新作を交えた個展を開いて話題に。カラフルな新作はインスタ映えすると、若い世代にもファンが拡大している。老若男女をひきつけるリヒターの魅力を大坂氏は、絵の歴史を作品に集約させている、表現は異なっていても一貫性のあるコンセプトと話す。「現代アートの作家は常に美術史の最後に位置しています。そのため、過去を踏まえた上で、絵画の歴史を前に進められる新たな表現を常に求められます。若い作家の場合、一つの作品が有名になっても、そこにあるコンセプトが、本当にその作家が生涯をかけて夢中で追い求めるほどのものなのか、なかなか分かりません。リヒターは、ピンボケ写真のような風景画、ガラスのシリーズ、デジタルの作品と次々新しい作品を打ち出していますが、後年に振り返ると、一言で言語化はできないものの、徹底した一貫性があり、人の認識そのものに関わるような深いコンセプトが感じられるのです。86歳なる今も、新作を作り続ける攻めの姿勢を崩さず、油彩、写真、インクジェットプリントと多彩な素材を使った斬新な表現で私たちを驚かせます。でも、根幹のコンセプトはずっと同じ。そこが非凡であり、歴史に残る作家だなと思います」。写真にペインティングが施された作品は、リヒターのエッセンスが詰まっていながら、手頃なものとして特に人気が高いという。
大坂氏が注目する作家は、ミリアム・カーンとグレゴール・シュナイダー。ミリアム・カーンは、スイスの画家でユダヤ系。パフォーマンス・アートの先駆けとなった人で、女性運動や反核運動の一環で野外の道路や壁に描いて逮捕されたりもしていたが、次第に紙やキャンバスに描くようになり、現在では画家として知られるようになった。「本人は今でも絵というよりパフォーマンスの一環と認識しています。鮮やかな色合いで60代とは思えない若々しさを感じる作品がある一方、ユダヤ系というアイデンティティを周囲の反応から意識せざる得ない時もあるようで、それが表面化した作品は怖さを感じるほど暗いものもあります。でも、解釈は受け手に任せるといって細かな説明はしないですね。下手に言葉で表現して、見る人の解釈を狭めたくないと話していました」と、大坂氏。華やかな色合いでも癒し系ではない。見る人のどこか意識の深い所を刺激して、夢の中にも表れそうな静かな衝撃がある。油彩画20点セットの大作「私のユダヤ人」は若い日本人コレクターが購入。国立近代美術館に寄託されている。
グレゴール・シュナイダーもかなり個性的。所属作家の中では40代と若手だが、国際美術展覧会「ヴェネツィア・ビエンナーレ」で最高賞である金獅子賞を受賞している。自宅の室内に部屋を作るインスタレーションを主とし、暗闇・繰り返しの表現に焦点を当てた作品が多い。「10代の頃の作品に、ひたすら穴を掘っていくものがあり、見えないものへの興味が強いですね」。2011年、インドのベンガル地方の祭典「ドゥルガ・プージャ(女神ドゥルガの祭り)」に参加した作品では、出身地のドイツにある道路を垂直に再現したユニークな建物の中に伝統的なインドの女神像を設置。祭典のクライマックスで川に流した女神像を下流で引き揚げて、2012年世界最大の美術展「ドクメンタ」会場付近で立体作品として展示しようとして拒絶され、話題となった。大坂氏は、普通の感覚だと何が楽しいのか分からないことに、作家本人が夢中になっている点がユニークだと言う。「同じしつらえの部屋を真っ暗闇の廊下でつないだ作品、自室に逆さの家を作った作品などもあり、常人の感覚だと思いもつかないような内容が多く、その狂人と天才の境目に立つような危うさが魅力。怖いと思う人は去っていきますが、グッとハマると、新しい価値観が開けるような気がします」。
シュナイダーだけでなく、18人の所属作家たちは見てすぐに理解できる要素は少なく、大なり小なり一筋縄ではいかない。「18人それぞれに、分からない部分を突き詰められる奥深い魅力、掘り下げると見えてくるハッとする狙い、常人にはない発想力などがある点が特徴ですね」。既成概念を変えるほどの衝撃は、所有者にとって長くそばにあっても飽きが来ないという形でプラスに働く。作品を眺めつつ意図を探り続ける日々は、きっと楽しいに違いない。「所属作家の一人、オランダの彫刻家ヘンク・フィシュの作品でも、意識の違いに驚いたことがありました。人型の作品に鉛筆がたくさん刺さっているのを“痛そう”と話したら、フィシュは“鉛筆=智で、吸収していく”つもりで表現したと話したのです。そういう良い意味でのズレが魅力につながっていくのだと思います」。大坂氏は、ギャラリーを訪れて、良くも悪くも気になる作品には要注目と話します。スタッフに作家のことや作品の意味を聞いても、どこか分からない所がある、次を見てもまた戻ってきてしまうような引力がある作品こそ、その人にとって“買い”なアートなのかもしれない。
癖のある作家たちや、理解に時間がかかる作品とは対照的に、スタッフは非常にフレンドリー。作家の年齢を聞くといった雑談的質問にもにこやかに対応している。「パッと見で分からないからこそ、声をかけてほしいと思っています。以前は、敷居の高さを何とかしようと自分から話しかけていたのですが、一人で静かに鑑賞したい人もいるのにうっとうしいなと思ってやめました」と、大坂氏は笑う。手を差し伸べて、作家の魅力を分かりやすく伝えることで、楽しく鑑賞してほしいそんな気概が感じられる。ギャラリーは、基本的に白い壁に囲まれた静謐な空間だが、その白壁の圧迫感を乗り越えて話しかければ、意外と美術館よりも身近にアートが楽しめそうだ。
大坂氏のオススメ鑑賞法は、価格表と照らし合わせてみること。市場価値と自分の感性を比較できて面白いのだという。「約30×40cmのティルマンスの写真で100万円以上する作品があるのですが、タクシーや飛行機の中から写しただけに見えて、商業カメラマンが撮ったような分かりやすい面白さは感じられません。一般の人であれば、何が良いのか分からないと首をかしげることでしょう。でも、この作品を良いと思って買う人がいるから、需要に合わせて価格が付く。価値観の違いや視点の違いが露わになる面白さは、現代アートならではの楽しみではないでしょうか」。作品と対峙し、自分の内面を見つめたり、新しい視点や発想を思い付いたり、多様性を感じたり。心を安らげるだけがアートの力ではない、前向きな気分にさせるアートの魅力を同ギャラリーで感じてみたい。
名称 | ワコウ・ワークス・オブ・アート |
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所在地 | 港区六本木6-6-9 ピラミデビル3F |
電話番号 | 03-6447-1820 |
営業時間 | 11:00〜19:00 |
休廊 | 月曜日、日曜日、祝日、展示替え期間 |
アクセス | 日比谷線・大江戸線「六本木」駅徒歩1分 |
公式サイト | http://www.wako-art.jp |
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