EMON PHOTO GALLERY(広尾)
広尾駅から西麻布方面に向かって徒歩数分。閑静な住宅街にある「EMON PHOTO GALLERY(エモン・フォトギャラリー)」。グラフィック・デザインを手掛けるEMON.Incが2005年、現代アートの写真を手掛ける日本人作家を海外に紹介するためにオープンさせた写真専門のギャラリーだ。写真の既成概念から外れて、独自の世界観を表現する作家が多く、国際的なアートフェアでも注目されている。コンペティション・EMON AWARDを主催するなど、新たな作家の掘り起しにも積極的な同ギャラリーが重要視するポイントや、所属作家や顧客層の特徴などを、ディレクターを務める小松整司氏に聞いた。
地下へと降りていくと、吹き抜けの中庭に面してギャラリーが広がるアプローチが印象的。Kiiro、横浪修、古賀絵里子、山崎博、小林秀雄などの日本人作家に、ロジャー・バレン、ジャン・ランバートを加えた13人の作家が所属する。
ディレクターの小松整司氏は、グラフィック・デザインの会社を経営する傍ら、作家の選定やアートフェアでの販売、EMON AWARDの審査員も務めるなど、同ギャラリーの主導的な役割を担う。「美大を出て広告制作会社に勤めながら27歳から5年ほど、ペイント等の創作活動をしていました。当時はまだバブルの前で、ポップ・アートの全盛期。純粋なアートを制作しづらい雰囲気に、私は窮屈さを感じたのです。そんなとき、時代の波に呑まれずに自分のスタイルで前衛的な作品を作る人たちを知り、彼らに自然と目を向けるようになりました」。1996年、35歳でアートディレクターとして独立した際、10年経って事業が軌道に乗ったら、ギャラリーをやろうと決意。順風満帆とは言えずとも計画を1年早め、9年後の2005 年に思いきって同ギャラリーをオープンさせた。
「当時、写真は記録媒体という認識がまだまだ根強く、アート分野としては黎明期でした。複製できるものはアートじゃない意識が強かったのです。でも私は、写真で新しい表現にチャレンジする人が少しずつ確実に現れる傾向を見て、将来的に面白くなると思いました」。
長らくアートとしての写真は、アンリ・カルティエ=ブレッソンに代表される決定的瞬間を切り取ったものか、ジャン=ウジェーヌ・アジェに代表される、佇まいや充満した空気を表すかのどちらかで表されてきた。その後、マン・レイ、ギャリー =ファビアン・ミラー、トーマス・ルフらが、カメラにレンズを装着しないで本体だけを使ったり、印画紙の上に物を置いて直接感光させるフォトグラムという制作方法を考案したり、写真をコラージュして別の作品に作り替えるなど新たなムーブメントを起こし、表現は一気に多様化していく。「今は、絵画、彫刻などジャンルの区切りを設けないのが主流。写真も表現ツールの一つとして受け入れられています。しかし、時代を切り取ったシンプルな風景写真が後年に歴史の実態として新鮮に見える場合もあり、写真の魅力は一言でまとめられない奥深さがあると思います」。現代性と記録性、両方の魅力が写真にはあると小松氏は言う。
展覧会は、新進作家の個展やグループ展は1カ月の開催期間で、年10回ほど開かれる。日本人作家を海外のアート市場に紹介する傍ら、若手への啓蒙も意識し、1〜2年に1回は海外の気鋭の作家を日本に招待しての個展も開催している。
「昨年の11月に開催したロジャー・バレンの日本初の個展は反響がありました。彼は、アメリカから南アフリカに移住し、南アフリカの国籍を取って活動している、世界的に知られた写真家。誰にも似ていない独特な世界観を、日本の若い人たちに知らせたいと思ったのです。障害を持つ人や貧困家庭など南アフリカのマイノリティに焦点を当ててアパルトヘイト政策に疑問を投げかける初期作品から、室内で劇場風に表した作品、抽象絵画のような作品へと変化し、そのいずれもが独特。作家の考え方次第で、無限の可能性が写真にはあることを示唆していると思います」。カメラである以上、常に被写体があり現実を写すという制約があるが、工夫をすることで絵画に近い表現もできるわけだ。
直近では、4月にベルギーの作家 ジャン・ランバートが来日。2015年にパリで同時多発テロ事件の後、ベルギーでもテロが発生。社会全体を覆った重い空気を払しょくするべく「皆、元気を出していこう」というメッセージを、人が宙に浮いている、無重力のような状態で撮影した作品で投げかけた。小松氏は、そのメッセージ性に心を打たれて招待したという。
アートフェアは東京、上海、ベルギー、パリと、年3〜4回くらい参加する。中でもパリが一番重要で参加も多いという。 “パリ・フォト”、“フォト・フィーバー”の2つの主要な写真のアートフェアがあり、特に“パリ・フォト”はエントリーも難しい業界トップの格式の高さを誇る。「個人的な感覚ですが、写真発祥の地でもあるパリは日本やアメリカよりも写真をアートとして受け止める意識は高いかもしれません。世界中からギャラリーが集まり、現代的表現を模索している作家、次代を担う若いコレクターも多く、販売的な露出のタイミングや注目度などを特に意識して作家を選びますね」と、小松氏。出展すると、その作家の作品だけでなく実績もチェックされる。国内で有名だが、海外ではあまり知られていない作家や、日本の独特な美意識や感性を世界観とした作品を手掛ける作家を選んでいるという。
ベテランでは横須賀功光や山崎博、若手ではKiiroなどが出展している。横須賀功光は、資生堂など広告分野でメジャーな作家だが、創作活動はあまり知られていない。写真の可能性を色々な方向で模索し、斬新な作品を出した。山崎博は、広告の仕事を一切受けず、自らの世界観を表すことに全力を注いだ人。「ヘリオグラフィー(太陽による画)」のシリーズは、数百万円の作品もあるが注目度は高いとか。
若手注目株のKiiro。デジタルで撮影したコスモスを重ねてコラージュし、自分の過去の記憶と感性を重ねた写真に織り交ぜることで、ペインティングのような独特な世界観を構築している。最新作では、日本の和という固定観念の打倒に挑み、桜を対象に作品を制作。満開の桜で「生」を、枯れていく桜で「死」を屏風仕立てにした作品で表現し、現地のコレクターに注目された。
小松氏の心に響く作家は、強い世界観やコンセプトを持った人がほとんど。そういう人を選ぶのには理由がある。世界観が弱いとその時々の風潮に流され、芯の弱さが作品に現れるという。「メッセージが完成していないと、抽象的なもので曖昧にまとめてしまい、言いたいことがきちんと伝わらない作品になってしまいます。どんな評価をされても、今の主流ではない表現であっても、覚悟を決めてやっていく情熱や想いが必要です」。弱肉強食の厳しさは、ビジネスでもアートの世界でも同じかもしれない。エルダー層になると保守的な人も増えるため、注目するのは20代後半から30代。パワーと柔軟性を持つ人が多いとか。
そんな芯のある作家たちとの関係は対等。有望な作家を探して海外の市場に紹介していても、“育てて世に出す”といった意識はおこがましいと小松氏は話す。「思ったことを率直に伝えるので、こんな方法もあるよと示唆になることはありますが、こうした方が良いと指示することはないですね。個展の方向性など、大切な部分は長い時は半年ほど話し合います。作家が色々な要素を盛り込もうとしたときは、作品にエッジを効かせるため間引くことも勧めますね」。
新人発掘の一環として、毎年、コンペティション・EMON AWARDを開催。年末に募集し、年始に小松氏を含め、評論家、文化人、現代美術の関係者などが審査をする。ノミネートの作家は、同ギャラリーで1週間作品を展示し、最終日に1人20分間プレゼンと質疑応答を行う、本格的なもの。「このプレゼンがすごく面白いです。個性豊かで表現したいものをちゃんと持っている人が応募してきているため、コンセプトもしっかり持論を展開して白熱します」。気鋭の作品を表彰することでコンペが認知され、若手の登竜門となっていくのが理想なのだとか。
個展での作品は30万前後が主流で顧客の年齢層は比較的高め。アートフェアでつながりを持った海外の顧客が多くを占めるが、現代アートのコレクターがジャンルを構成する一つとして購入することも多い。一般顧客では、富裕層よりも企業家、やり手のビジネスマン、教師など、自分を確立していて、自らの生き方に相応しい作品を探しに来る人が多い。「インスピレーションで購入を決断する人もいます。作家の表現したいものと、コレクターたちの熱意が反応しているように感じますね。個性的な表現は、同じように個性のある人に響き、スーッと入っていくのかもしれません。投資目的の人も美に対するセンサーが強い人が多いです。ただ好きだから買うのではなく、作家の今の価値や将来性まで見て判断しますね」。
若い人には、ファッション誌や広告で活躍している商業カメラマンの横浪修が人気。知名度と共に、ユーモラスで優しい視点が共感を呼んでいるという。価格も5万円台からと安価であるため、トライしやすいのも魅力だ。2016年の個展では、同じ服装を着た女の子の集合体のポートレート「Assembly」を発表。個々と距離を置くことで集合体としての強さや美しさを際立たせた作品が並んだ。
アートは、人の心を豊かにする、決断しないといけない時に作品と対話すると精神が安定するなど、さまざまな効果をもたらす。作家が全力を注いだ作品、六本木に遊びに来たついでに家族や友達と立ち寄ってそのパワーを味わってみてはいかがだろうか。
名称 | エモン・フォトギャラリー(EMON PHOTO GALLERY) |
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所在地 | 港区南麻布5-11-12 TOGOビルB1F |
電話番号 | 03-5793-5437 |
営業時間 |
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休廊 | 日曜日、祝日 |
アクセス | 日比谷線・大江戸線「広尾」駅徒歩3分 |
公式サイト | https://www.emoninc.com/ |
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