Gallery SU(麻布台)
「レストランキャンティ飯倉本店」の路地を入った奥に、ひっそりと現れるレトロな洋館「和朗フラット4号館」。その中ほど、ミントブルーのドアが印象的な6号室が「Gallery SU」だ。昭和11年に集合住宅として建てられ、未だ現役のこの館に似合う、長く手元に置きたくなるアート作品を多彩なジャンルで展示している。作家のファンやアート好き、建築に興味がある人、アンティーク志向の人など、ここを目指して20〜70代の幅広い層が訪れる隠れ家的なギャラリーだ。
オープンは、年10回ほど開催される個展開催期間中のみ。フランス人物故画家ロベール・クートラスのほかは、油彩画家の平松麻、銅版画家の北中幸司、金工の秋野ちひろや鎌田奈穂、石彫の上田亜矢子、陶芸の郡司慶子、木工の林友子、ガラスの松本裕子、彫刻・家具の水田典寿など、30〜40代を中心に多彩なジャンルの作家を取り上げている点が特徴だ。所属作家はいないが年1回や数年に1回など、定期的に個展を開催している作家もおり、活動の軌跡もたどれる。また、アンティークの展示会も時折開催している。
「歴史ある建物に似合う落ち着いた雰囲気の作品を集めていますが、男女ともに楽しめることも意識しています。そのため、男性客も意外と多いですね。和朗フラットが目的の人も、作品目当ての人も実際にこの空間で展示を見ると、どちらも好きになって下さるお客様が多いです」と、オーナーの山内彩子氏。顧客は山内氏と嗜好性が似ており、初対面の人でも作品を通じて話すうちに旧知の知人のように親しくなったり、新たな情報で山内氏の興味の対象が広がったり、時には作家を紹介してもらうことも。単なる作品の売買だけではなく、作家と客とギャラリストがアートで交流するサロンのような趣だ。いろいろな業界の出来事を顧客の話から学び、平面と立体の両方の作家とやりとりして視野を広げられることは、ギャラリストの仕事の喜びの一つですと、山内氏はうれしそうに述懐する。
玄関に入ると、左手にまたドアがあり、室内へ。板張りの床と漆喰の壁に囲まれた10畳ほどの部屋は、重厚で時間がゆっくりと流れる静謐な空間だ。
山内氏は、子どもの頃から絵が好きで、学生時代から美術館や画廊に通い、その中の一つ「ギャラリー無境」に就職。オーナーの塚田晴可氏は、“美しいものに時代やジャンルの境はない”という信念のもと、古美術から現代アートまで幅広く取り扱っていた。「家でアートを飾る時は、部屋のイメージや場所によって絵も、陶器も、彫刻も置きます。アートをジャンル分けしようとする方が不自然という考え方にすごく共感しました」。影響を受けながら7年半が過ぎた2009年、塚田氏が他界。ギャラリー無境が閉店する。いずれ独立をと考えていたことから、和朗フラット4号館の管理人に相談し、住まいとしていた6号室を改装して、2010年の秋に「ギャラリーSU」をオープンさせた。
「無境は、銀座のビルの上層階にあり、どうしても敷居が高く感じられることが多く、若いお客様も少なかったため、ここでは20〜30代の方が初めてでも緊張せずに作品を楽しめ、気軽に来てもらえるギャラリーを目指しました」。自分の好きなものを集め、それに惹かれる人たちが集い、作品が巣立っていく場所という意味を込め、ギャラリー名を“巣=SU”と名付けたという。
暮らしの中に置くアートというコンセプトや自分の金銭感覚の範囲内を意識し、扱っている作品は、若手作家なら数千〜数万円、クートラスの作品で数万〜数十万円程度。大きさも、家の中で飾りやすいサイズが多い。手の平にのるミニチュアサイズもちょっとした隙間に飾れるため、人気なのだとか。
「ここはもともと住居空間のため、ホワイトキューブのギャラリーのように店で見た時と、家に置いた時の感覚のずれはありません。その作家のことを知らなくても、一目惚れで購入を決断する方が多いですね。ただ、家は雑然としていて作品が引き立たないと、購入を躊躇されるお客様もいらっしゃるため、そういう方々には、家の中でどこか一区画だけ展示スペースを決めて作品を飾ると、元気が出るスポットになりますよとアドバイスしています」と、山内氏。家族の了承を得たり、家のどこに飾るかを検討したり、気に入った2つの作品のどちらが家の雰囲気に合うか比較したりする場合は、1度取り置きをして、じっくり考えてもらうケースもある。
「作品を初めて見た瞬間が“好き”の頂点ではありません。その作品を購入するお客様は、作家や私よりもずっと長く一緒にいるわけですから、飽きずに愛せる魅力があること、それが一番大切ではないかと思います」。ずっと魅力を発信してくれるものを紹介していきたい、それは根源的な思いだ。作家へも顧客へも真摯な姿勢で対応するために、千差万別の好みがあるなか、自分でこれは良いと信じているものを紹介していく。「時代を超えて残ったアンティークは、その時々で誰かが良いと手にし、受け継がれたもの。時の流れの中で、選ばれてきた不変の魅力があるのです」。所有する人もアンティークの場合は、自分の物というより“預かっている”感覚が強い。次世代へ渡すべく、大切に扱っていく。扱っている作品は現代アートでも、アンティークのように長く愛されるように、作品を紹介する時にはそんな意識が働くという。
個展を開催する作家とは、古くからの友人だったり、ギャラリーを運営する前から注目していたり、ギャラリー無境時代に知り合ったりと、自然に出来上がっていった縁で繋がっている。「作家とは一過性の関係ではなく、長く付き合って作品の変化や作家自身の成長を見ていきたいですね。特に女性作家の場合、結婚や出産などで創作ペースを変えざるを得ない時もあり、同じ女性として応援したい気持ちがあります」。ビジネスというより、同志のような親しさを感じさせる密度の濃い関係だ。2017年に個展を開いた須田貴世子は、当初の個展の時期に懐妊が判明し、開催を延期。しかし、何とか時間を作って創作を再開したいと2年後に個展を開いたという。その作品は作る喜びや子ども目線でとらえた自然が表現され、出産前にはなかった新たな魅力が現れていた。
山内氏が最も深く感銘を受けた作家は、ロベール・クートラス。ベルナール・ビュフェと同世代で1985年に没している画家だが、山内氏は無境時代に個展を手掛け、濃色で描かれた独特の世界観や、顧客ベースの創作を拒絶して自分の信じる道を進んだ人生に強く惹かれていく。2010年のギャラリーオープン記念展にもクートラスを選んだ。まだ知名度の高くなかったクートラスを良い形で日本のアートファンにも紹介していきたい、そんな気持ちで作品を展示。反響も良く、2015年には渋谷区立松濤美術館で没後30年記念展、2016〜17年には静岡のベルナール・ビュフェ美術館、京都のアサヒビール大山崎山荘美術館での展覧会も行われた。
時には作家から、今までのテイストをやめて新しい方向にチャレンジしたいと相談されるときも。変化することでファンがついていけずに売り上げが落ちる可能性があったとしても、山内氏は作家の背中を後押しする。「作品が多くの人に受け入れられることは喜ばしい事なのですが、作家がいい人であればあるほど、一生懸命にニーズに応えようとしてオーバーワークになり、体や心が疲れてしまって、創作する喜びが失われてしまいます。そうならないように、新たな挑戦を応援したり、価格を見直したり、発表の頻度を押さえるなど、作家の気持ちを汲んで方向性を相談することはよくありますね」。
洋館の建物が目を引き、“飯倉のスペイン村”と呼ばれていた和朗フラット。80年を超える歴史ある建物が紡ぐ落ち着いた空間と、ストイックに表現し続ける作家の作品が織りなす、独特な世界は穏やかだけど印象深く心に残る。知人の家に遊びに来たような感覚で入りやすいのも魅力的だ。気軽に足を踏み入れれば、身近にアートを置く楽しさを、空間からも、作品からも、山内氏の解説からも感じ取ることができるだろう。
名称 | Gallery SU |
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所在地 | 港区麻布台3-3-23 和朗フラット4号館6号室 |
電話番号 | 03-6277-6714 |
営業時間 | 12:00〜19:00 |
休廊 | 会期中の火曜日、展示替え期間 |
アクセス | 南北線「六本木一丁目」駅徒歩8分、 日比谷線・大江戸線「六本木」駅徒歩10分 |
公式サイト | http://gallery-su.jp/ |
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