東洋の古美術から近代日本絵画まで。日本初の私立美術館で堪能

大倉集古館(虎ノ門)

  • 2019/12/13
  • カルチャー
  • アート
大倉集古館学芸部長の髙橋裕次氏と大倉集古館創設者・大倉喜八郎のブロンズ像。正面入口右手に据えられたこちらは、来館者のフォトスポットにもなっている。

中国風の威風堂々とした建物が特徴の大倉集古館。こちらは、大成建設や東京経済大学などを興した大倉財閥総帥・大倉喜八郎が、1917年に開館した日本初の私立美術館だ。喜八郎が生涯をかけて蒐集した日本・東洋各地域の古美術品と、跡を継いだ息子・喜七郎が蒐集した日本の近代絵画などを中心に約2500件の美術品を所蔵する、親子二代の想いが詰まった美術館だ。2019年10月には、約5年半にも及ぶ改修工事を終えてリニューアル。建物自体を6.5メートルずらし地下を増築したというのだから、どれだけ大がかりな工事だったかが想像できる。

水盤のある広場から見た大倉集古館。中国式の建築と都会的なビル群とのコントラストが面白い。
屋根の上や敷地内にも、朝鮮、中国などの古い石像や、空想上の生き物が配されている。

国の登録有形文化財に指定されている建物は、1923年の関東大震災で当初の建物が焼失してしまった後、建築家・建築史家の伊東忠太による設計で完成したもの。代表作の築地本願寺、祇園閣などからも分かるように、伊東は日本様式に固執せず、中国、インド、エジプト、欧米など世界中の建築や文化から着想を得て柔軟に設計、さらに幼少期に親しんだ妖怪や、東西の幻獣を意匠として登場させることで、唯一無二の建築を生み出してきた人物だ。大倉集古館にも、空想上の生き物・吻(ふん)、獅子、龍などが屋根や柱に潜んでいるので探してみると面白い。

大倉喜八郎(左)と、喜七郎(右)。2人とも美術品への関心が非常に高かった。

大倉喜八郎、そして喜七郎はどんな人物だったのだろうか。「喜八郎は趣味で美術品を蒐集するだけではなく、文化財として保護し一般に広く公開していこうという気持ちがとても強かった人です」と学芸部長・髙橋氏が語るように、喜八郎は単なる道楽を超えた強い使命感を持ったコレクターだった。そもそも蒐集を始めたのも、明治維新後の世相や廃仏毀釈(仏教を排除しようとする運動)により、日本の美術品が海外に流出するのに心を痛めたことがキッカケであり、自邸内に建てた大倉美術館も早くから訪問客の観覧に供していた。

関東大震災前の大倉邸・大倉集古館。左手には、現在の大倉集古館入口にも設置されている、対の燈籠が見える。

建物は、当時最新の鉄筋コンクリート造りで防火設備も設けたものだったが、万に一つでも火事の原因になってはいけないと、自身の生活の場は別棟に移すという徹底ぶりだったそう。

喜七郎が開館時に設置した、1階展示室正面にある石造の如来立像。光背の裏側にも、びっしりと彫刻が施されているので、ぜひ後ろまで周って鑑賞したい。

そんな想いを受け継いだ息子・喜七郎。「喜七郎は近代絵画のコレクションに注力したことで有名ですが、実は平安時代への憧れも非常に強く、例えば、意外に思われるかもしれませんが、国宝の《古今和歌集序》は彼が蒐集したものです。また、1階入口正面の石仏は大倉集古館の開館時に喜七郎がわざわざ中国の東禅寺というお寺から運び設置したもので、大倉集古館への思い入れの強さが分かります」。

一新された展示ケースや照明。来館者に人気のある《夜桜》も、改修前よりさらに鮮明な色味を楽しめるように。横山大観《夜桜》 昭和4年 大倉集古館

そして約5年半に及んだ大改修では、収蔵庫のより安全な場所への移動、耐震補強を兼ねた地下階の増築、災害で停電などが起きた場合でも、同じく改修を終えた敷地内のThe Okura Tokyoの自家発電を利用し、数秒後には電気や空調が復旧するように整備。さらに、展示ケースは、ドイツの世界的なメーカー「グラスバウハーン」製に一新、オークラの一連のリニューアルを手掛けた建築家・谷口吉生氏デザインによるオリジナルの展示ケースが完成した。そして、展示ケースごとに温湿度を細かく測れるデータロガーを設置し、携帯などの端末でも常にモニタリングできるようにするなど、文化財の保護という観点がさらに強化された。
 「喜八郎と喜七郎の美術品に対する真摯な想いは、私たちが今後も引き継いでいかなければならない。その使命感は常に心に留めています」と、髙橋氏は力強く前を見据える。

入口両脇を守る金剛力士立像。こちらは、喜八郎が蒐集し目録に記した第1番目の作品だとか。
1階展示室の様子。柱の多さから、伊東忠太が喜八郎の想いを汲み、耐震を意識し設計していたことがうかがえる。

次に、館内を見てみよう。忿怒の表情が勇ましい金剛力士立像に迎え入れられ1階展示室へ。柱の多い特徴的な造りで、取材日には「名品展」を開催中だったため、国宝の《普賢菩薩騎象像》や《随身庭騎絵巻》をはじめとした、貴重な美術品がズラリと並ぶ見ごたえのある空間が広がっていた。

移設された階段。ちょこんと乗った獅子が何とも可愛らしい。

これまで階段があった場所には改修にあわせエレベーターが設置され、バリアフリー対応に。となると、伊東忠太デザインの独特の階段は撤去されてしまったのか?と少々不安になってしまうが、展示室南側にそのまま移設されているのでご心配なく。

2階展示室の様子。1階よりも天井が低く重厚感がある。

2階展示室は、大倉集古館ならではの独特の装飾に注目。天井や柱に細かく彫られた龍や吻(ふん)の意匠が、展示室全体に重厚感を与えている。改修の際に、経年劣化で欠けたレリーフを3Dプリンターで復元修復したとのことだが、どこをどう直したのか全く分からない程馴染んでいるのには驚きだ。また、改修を機にこれまで白い板で覆われていた壁面の窓枠をあえて露出させたことで、中国風の朱色が良いアクセントになり、外観のイメージにより近い印象になった。
 テラスからはThe Okura Tokyoの建物2棟や広場の美しい水盤が見渡せ、展示の合間の小休憩に最適だ。

改修にあわせ増築された地下階。タッチパネルの解説は、日本語と英語に対応。

増築された地下階には、収蔵庫をはじめ、講演会などに使われるホール、収蔵品の解説や拡大画像が観られる映像資料、ミュージアムショップなどが設置された。鑑賞した作品のディテールを再確認したり、オリジナルグッズを思い出に購入したりと、展示の最後に立ち寄るのがオススメだ。また、ロビー脇や階段下にも、展示ケース無しで道教の神像が展示されており、近くから鑑賞できるのが嬉しい。

国宝《普賢菩薩騎象像》 平安時代(12世紀) 大倉集古館

大倉集古館は、絵画、彫刻、書跡、陶磁、漆工、金工、刀剣、能・狂言面などを中心に、国宝3件、重要文化財13件、重要美術品44件を含む約2500件を所蔵。改修のための閉館中にも、数点が新しくコレクションに加わった。
 代表的な作品として国宝の3件を紹介しよう。《普賢菩薩騎象像》は平安時代後期の作品で、どっしりとした象の上で合掌する普賢菩薩のなめらかな体躯や、金箔を細く切って作る繊細な截金文様が美しい優品。関東大震災で展示室が燃えてしまった際にも、喜八郎は真っ先にこの像を守って避難したという。

国宝《随身庭騎絵巻》(部分) 鎌倉時代(13世紀) 大倉集古館

そして、鎌倉時代に制作された《随身庭騎絵巻》は、貴族が外出する際に警護にあたる官人「随身」を描いた絵巻で、騎馬に長け容姿端麗が条件だった随身の、それぞれの表情や馬の乗りこなしまで細かく描かれている点が見どころだ。「暴れ馬に手を焼いている随身がいたり、これは容姿端麗と言えるのか?という随分ぽっちゃりとした随身がいたりと、よく見ると非常に愛着が湧いてくる作品です」と髙橋氏は頬を緩ませる。

国宝《古今和歌集序》(部分) 平安時代(12世紀) 大倉集古館

また、髙橋氏が最も思い入れのある作品として紹介してくれたのが、もう1つの国宝《古今和歌集序》だ。「私は、書跡や典籍、古文書などの文字史料を専門にしています。大倉集古館の前は東京国立博物館に勤めていたのですが、その際にThe Okura Tokyoの大広間にこの古今和歌集に倣った壁紙を使いたいというお話を受け、その性質や再現方法などで助言させていただいた経緯がありました。ですから、定年退職を機に、大倉集古館へ来ないかというお話をいただいた時は、あの《古今和歌集序》を所蔵する美術館ならぜひ行ってみたいという気持ちでお引き受けしました」と、思い入れを語ってくれた。
 「まず、特筆すべきは保存状態の良さです。この《古今和歌集序》は33枚の唐紙を繋ぎ合わせたものですが、朱、紺、翠など鮮やかでありながら渋みのある発色の地に、孔雀、蓮、鶴、亀甲などのおめでたい文様が散りばめられた美しい作品です。表面の雲母への光の当たり具合で、微妙に色味が変化するのもとても綺麗ですね。もちろん、流麗な筆致も見どころです」。
 平安時代の制作で、ここまで良い状態を保っている紙の作品は珍しく、これも丁寧な修復作業の賜物だという。「美術品の修復というのは、一歩間違えると破壊と同じと言われるほど、加減の難しい作業です。ですから、当館ではオリジナルをいかに守るかを念頭に、急がずじっくり修復を進めます」。大倉集古館が「美術館」ではなく「集古館」であることからも、先人から受け継いだ文化遺産を守り伝えようという気概が感じられる。

桃の花の淡いピンクが美しい逸品。円山・四条派に属し写実を得意とした呉春が描いたとは思えないほど、柔らかな筆致が特徴。呉春《武陵桃源図屏風》 江戸時代(18世紀) 大倉集古館

リニューアル開館記念展として開催された「桃源郷展」では、新しくコレクションに加わった呉春筆の《武陵桃源図屏風》がお披露目され、話題を呼んだ。こちらは、50年以上パワーズコレクションとしてアメリカの大学博物館に眠っており、この度大倉集古館の手で里帰りを果たし日本初公開に至った作品だ。古美術の海外流出を嘆いて蒐集をしていた喜八郎も、きっと天国で喜んでいることだろう。
 「私たちが展覧会を企画したり、作品を購入する時には、必ず『そこにストーリーはあるか』というのを意識します。既にある収蔵品と比較し、時代背景、制作背景などで関連性を持たせることができるか、そして企画を練る際も、まずは1人の学芸員が展示の流れを組み立て、作品から派生する世界観を広げていきます」と髙橋氏。確かに、「桃源郷展」は、キッカケは《武陵桃源図屏風》のお披露目という1つの小さな点に過ぎなかったが、呉春の師・与謝蕪村の描く桃源図との比較で、師弟関係の絆の強さにまで言及したり、同じく桃源郷を描いた絵でも作者によってとらえ方が全く違うことを複数の作品から考察したりと、「桃源郷」という1つのテーマでここまでストーリーが繋がり、豊かな作品世界が広がっていくのかということに、驚きを感じる構成であった。

年5回開催される企画展や特別展では、このように、ただ名品を並べるだけではない、ストーリーを感じられる展覧会で、国宝をはじめとした貴重な品々を鑑賞することができる。
 私立美術館ならではの、他では見られない大胆な意匠の建築、そして、規模が小さいからこそ実現できる丹念にストーリーを織り込んだ密度の高い展示、この両方を楽しめる大倉集古館にぜひ足を運んでみてほしい。きっとそこには、人々が文化財に親しみ心を寄せる空間を作りたいという大倉父子の高い志しと、それを引き継ぐ学芸員たちの強い使命感が息づいている。

基本情報

外観
名称 大倉集古館
所在地 港区虎ノ門2-10-3 The Okura Tokyo正面玄関前
電話番号 03-5575-5711
料金(税込)
企画展
一般1,000円、高大生800円
特別展
一般1,300円、高大生1,000円
営業時間 10:00〜17:00(最終入場は閉館30分前まで)
休館日 月曜日(休日の場合、翌平日)、展示替期間、年末年始
※都合により変更になる場合あり
アクセス 東京メトロ南北線「六本木一丁目駅」徒歩5分、
東京メトロ日比谷線「神谷町駅」徒歩7分、
東京メトロ銀座線・南北線「溜池山王駅」徒歩10分、
東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」徒歩10分
公式サイト https://www.shukokan.org/

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