アメリカのダークサイドによって
生涯の秘密を抱えた男の人生とその愛が、
観る者の心を低く静かに響かせる
ピュリッツアー賞作家フィリップ・ロスのベストセラー『ヒューマン・ステイン』を、『クレイマー・クレイマー』で知られる監督ロバート・ベントンが映画化。人種差別による偏見やベトナム帰還兵と家族との不和など、アメリカのダークサイドを背景に、淡々と綴られた物語。アンソニー・ホプキンス、ニコール・キッドマンら、一流の俳優たちの共演による、重みある人間ドラマである。
アメリカの名門大学にて、ユダヤ人で初めての古典教授となり、学部長を務めていたコールマン。彼は講義で、休み続けるアフリカ系の学生を「幽霊(スプーク)」といったことが問題となり、辞職に追い込まれる。それを聞いた彼の妻は、驚きのあまりショック死。コールマンは大きな失望と怒りを抱えながら、世間から離れて日々を暮らすことになった。そうした中、隠遁生活をする作家ネイサンと交流するようになったコールマンは、年の離れた恋人がいることをネイサンに告げる。
初老の男の生い立ちから生涯が、サスペンスタッチで辿られていく。それは楽しい思い出話でも、わかりやすく考えさせられる内容でもない。こういう現実もある、と静かに投げかけられる物語だ。コールマンは人生すべてを賭して、自らの人種を偽っていた。それは家族や友人のみならず、自分すら騙しているようなものだろう。生まれついたアイデンティティを根こそぎ抹消して、後から取り決めた作り物を、その代わりにする。その負担は、どれほどのものなのだろうか。多様な人種の中で、アイデンティティの在り方を日々迫られているような状況や、じりじりと追い詰められていく心情は、日本で暮らす私には想像すら及ばない。だが、作中の人物たちが心に負った傷や秘密を、言葉ではない部分で共有し、あがきながらも超えていこうとする様は、身体の深いところに、低く静かに響いてきた。
作中のコールマンとフォーニアの関係は、寂しさや痛みを埋めるだけの馴れ合いを超えて、互いを支えるために必要不可欠な存在となっていく。個人的には、2人がギリギリのところで出口を見つけられたことに、救いを感じた。
言葉で語れば語るほど、真実に近いところから少しずつ遠のいていくようなこと。順調な先進社会の水面下にある、不条理な慣習や思想。誰とも分かち合えないような、極めて私的な葛藤や苦悩。そうしたものが引き起こす顛末を、映像と物語で紡いだ、厳しくも切なく、真面目な作品である。
公開 | 2004年6月19日公開 みゆき座ほか全国東宝洋画系にてロードショー |
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制作年/制作国 | 2004年 アメリカ |
上映時間 | 1:46 |
配給 | ギャガ・ヒューマックス共同 |
監督 | ロバート・ベントン |
原作 | フィリップ・ロス |
出演 | アンソニー・ホプキンス ニコール・キッドマン ゲイリー・シニーズ エド・ハリス |
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