借りぐらしのアリエッティ

宮崎 駿の企画・脚本によるジブリ最新作
小人の少女と病弱な少年の交流を描く
ほんのりと心温まる、良質なファンタジー

  • 2010/07/09
  • イベント
  • シネマ
借りぐらしのアリエッティ© 2010 GNDHDDTW

宮崎 駿が企画・脚本を手がけたスタジオジブリの最新作が完成。声の出演は、若き実力派女優の志田未来、ジブリ作品の声優は今回で3度目になる神木隆之介、ドラマや映画で活躍している三浦友和、演技派女優の大竹しのぶ、ベテランの竹下景子や樹木希林と人気俳優たちが参加。監督は“ジブリで一番上手なアニメーター”であり今回が監督デビューとなる37歳の米村宏昌。人間の家の床下で暮らす小人の少女と、病弱な少年の交流を描く。ほんのりと心温まる、良質なファンタジーである。

現代の日本の郊外。荒れた庭のある広くて古い屋敷に、病気の療養のために12歳の少年、翔がやってくる。屋敷に着いたその日、翔は庭の植物の陰に小人の少女を見つける。少女はアリエッティという名で、屋敷の床下に父と母と3人で慎ましく暮らしていた――。

ほのぼのとした淡い郷愁と切なさが沁みる、現代のファンタジー。原作はイギリスの女流作家メアリー・ノートンが1953年に発表し、カーネギー賞やルイス・キャロル・シェルフ賞、アメリカ図書館協会賞などを受賞した児童文学『床下の小人たち』。そもそものきっかけはジブリの鈴木敏夫プロデューサー曰く、この本を40年以上前に読んだ宮崎氏が、若い頃に高畑 勲氏と一緒に企画を考えていたそうで、それを’08年に“ふと思い出した”宮崎氏が今回の映画化を提案した、ということなのだそう。

借りぐらしのアリエッティ

原作者のノートンは、1929年から陥った世界大恐慌で夫の会社が倒産し、4人の子供たちと一緒にポルトガルからロンドン、アメリカへと渡り歩いたとのこと。そして’45年に第二次世界大戦が終結してからは、イギリス各地を転々としながら児童文学を執筆。当時は魔法を使うファンタジーが多かった中で、魔法の力をもたない小人たちがサバイバルする様を描いたことでも評判になったそう。生きるために、子供たちとともに世界各地を流浪したノートンが描き出す物語には、実体験に基づいた智恵と勇気、現実味のある危機や教訓が記されていることも大きな魅力だろう。この小人の物語はシリーズ化され、’55年に『野に出た小人たち』、’59年に『川をくだる小人たち』、’61年に『空をとぶ小人たち』、’82年に『小人たちの新しい家』を発表。ノートンは’92年に他界している。

床下の小人たちの暮らしは、床上の人間の世界から食べ物や日用品を少しずつもらう“借りぐらし”。借りてきた材料を自分たちなりに工夫して加工し、質素でも明るく楽しい生活を送っている。そこにあるのは、新しいモノや情報があふれていても幸福感が薄く、そこはかとない飢渇感の漂う現代社会とは対照的な世界。この映画は現代の日本が舞台ではあるが携帯電話もパソコンも使われていないし、小人たちは昔ながらの“人間らしい”生活をしている。そして愛情深い両親と健康的な娘という小人の家庭と、家族との縁が希薄な少年との出会いという設定もまた、時代を超える普遍性がある。

アリエッティの声を務めた志田は「初めての声の出演で緊張しました」とのことだが、さすがの表現力を発揮。アリエッティの溌剌とした奔放さや少女らしいかわいらしさ、不安や決意などの思いを丁寧に伝えている。病弱な少年、翔はもともと米林監督が作画の段階から神木を想定し、彼のポスターやドラマの映像などを参考にしたとのこと。やさしく憂いのある少年の声を繊細に表している。一家の大黒柱で頼もしいアリエッティの父の声に三浦友和、心配性でアリエッティによくお小言をいう母の声に大竹しのぶ、しっかり者で上品な翔のおばの声に竹下景子、好奇心旺盛な家政婦のハルさんの声に樹木希林と、魅力的な仕上がりになっている。個人的にキャラクターで気になったのは、翔と家政婦のハルさんの雰囲気や行動パターン。まるでハルさんの方がやんちゃな悪ガキで、翔の方が年老いて達観しているおばあさんのようなところがあり、2人の個性が逆転しているかのような描き方が面白かった。

借りぐらしのアリエッティ

淡々としてノスタルジック、誰の心にもあるようなやさしくて遠い記憶。この映画でなんとなく思い出したのは’95年のジブリ作品『耳をすませば』。資料によると、米林監督がジブリに入ろうと思ったきっかけの作品が『耳をすませば』だそうで、妙に納得できる。本作について米林監督は、「小人の世界から見たこの世界の景色をみずみずしく描くことで、見る人の心に温かいものが何か残れば嬉しい」と語っている。

借りぐらしのアリエッティ

主題歌「Arrietty’s Song」を歌っているのは、歌手でありハープ奏者であるフランス人アーティストのセシル・コルベル。透明感のある歌声と神秘的なハープの響き、ケルト音楽のもつ民族的なテイストが物語の感覚によく合っている。最近は日本語が母国語でない人が外国語なまりの日本語で歌ったり台詞をいったりすることが“味”として親しまれていることもあり、コルベルが日本語で歌う「Arrietty’s Song」にも不思議な魅力がある。

この映画を観た宮崎氏の第一声は「俺、泣いちゃった」だったとのこと。そして「俺もがんばる。麻呂(米林監督のあだ名)に負けないように、ちゃんとがんばる」と言ったとも。ジブリの2大監督、宮崎 駿と高畑 勲から新しい世代へと継がれていきつつ、御大らもきっちりと活躍してゆくだろうスタジオジブリ。次は誰が監督でどんな作品になるのか、日本が世界に誇るアニメーション映画の楽しみはつきない。

作品データ

借りぐらしのアリエッティ
公開 2010年7月17日公開
全国東宝系にてロードショー
制作年/制作国 2010年 日本
上映時間 1:34
配給 東宝
監督 米林宏昌
原作 メアリー・ノートン
企画・脚本 宮崎 駿
脚本 丹羽圭子
音楽・主題歌 セシル・コルベル
出演 志田未来
神木隆之介
大竹しのぶ
竹下景子
三浦友和
樹木希林
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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