吉田修一のベストセラーを李相日監督が映画化
ある殺人事件に関わる人々の姿を俯瞰で見つめる
妻夫木聡が自ら新境地を拓いたヒューマンドラマ
芥川賞作家・吉田修一が2007年に発表した同名のベストセラーを、『フラガール』の李相日(リ・サンイル)監督が、両氏の共同脚本で映画化。出演は原作の発売直後に自ら名乗りをあげた妻夫木聡、演技派女優の深津絵里、若手人気俳優の岡田将生や満島ひかり、ベテランの柄本明や樹木希林ほか充実のキャストが名を連ねる。ある殺人事件の加害者と被害者、その家族と周囲の人々の姿を俯瞰の目線で見つめる、真摯なヒューマンドラマである。
長崎のはずれのさびれた漁村で生まれ育ち、恋人も友人もなく、祖父母の面倒をみながら暮らしている土木作業員の清水祐一。佐賀のアパートで妹と2人暮らしをしながら、紳士服量販店に勤める馬込光代。毎日を虚無に過ごす2人は携帯電話の出会い系サイトで知り合い、強く惹かれ合う。2人の真剣な付き合いが始まろうとした時、祐一は殺人事件の容疑者として警察から追われる身となり、光代は一切を捨てて祐一とともに逃げる道を選ぶ。
「悪人はいったい誰なのか?」。出会い系サイト関連、という昨今のニュースでよく聞く事件で、当事者が典型的なタイプの加害者と被害者であれば、事件の概要だけでその善悪は決められてしまう。そうした世間に対して、“本当の悪とは?”ということを静かに問いかける作品だ。また、むなしさや寂しさを抱える人間同士が切実につながりを求め合う姿として、男と女の情愛を丁寧に表現。ストイックなヒューマンドラマというだけでなく、恋愛ドラマとしても細やかに描かれている。
祐一役は、原作を読んでこの役を切望し、企画段階から参加した妻夫木がしっかりと作りこんで熱演。’09年のNHK大河ドラマ『天地人』の撮影が終わった直後から本作のロケ地である九州の候補地を訪ね、体を筋肉質に鍛え上げ、工事現場で実際に解体作業をするなど役作りに積極的に取り組んだとのこと。孤独で口数が少なく、目つきも態度も悪い男、といういつもとはまったく違うタイプの役を、彼の持ち味である明るいオーラを消して挑み、くっきりと演じ切っている。光代役は深津が、過去も未来もなく目の前の情愛だけを必死で守ろうとする女の姿を体当たりで表現。’05年のTVドラマ『スローダンス』、’08年の映画『ザ・マジックアワー』に続いて妻夫木と3度目の共演ということもあり、相性の良さが伝わってくる。実家が金持ちの大学生・増尾役は岡田が、保険外交員の佳乃役は満島が、それぞれにいい役とはとてもいえない役をよく演じている。そして佳乃の父親役を柄本、母親役を宮崎美子、祐一の祖母役を樹木希林が演じ、物語の背景に深みを与えている。また脇は光石研、余貴美子、井川比佐志、塩見三省、松尾スズキら実力派の役者陣で固められ、細部までしっかりと世界観が作り上げられている。
原作者の吉田氏が自ら“代表作”という小説『悪人』は、第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞を受賞し、70万部超の売上を誇る作品。映画化に際し、20社以上の争奪戦を経て東宝が権利を獲得。監督したいという申し出が10人以上からあった中、李監督にオファーしたところ、原作を読んですぐ「ぜひに」と返事があり決まったのだそう。そして映画の脚本は吉田氏が執筆。最終的には李監督とともに神楽坂の旅館「和可菜」にこもり、1つの机に2台のパソコンを突きあわせて内容を練り上げ、共同執筆で決定稿を完成させたとのこと。吉田氏は語る。「李監督はじめ、錚々たる日本映画界を代表する方々の仲間に入れてもらって、この映画に関わらせてもらえたことを心から光栄に思っております。完成した映画は、主演の妻夫木さんをはじめ、すべてのキャストの方々が、キャラクターというよりは人間そのものを演じてくださって、原作者としてとても満足しております。小説と映画の関係としては、とても理想的な形になっているのではないかと思います」。李監督もまた、「今回はこれ以上やれるものはないというところまでやったつもりなので、それをどう見られるか、期待したい気持ちが少しあります。吉田さんが書かれた素晴らしい原作を映画化することは、すごく大きなプレッシャーでしたが、素晴らしいスタッフと、これ以上ないキャストの方々のおかげで、なんとかいい映画になったんじゃないかと思います」と、控えめながらも確かな自負をのぞかせている。
白黒ハッキリさせるというよりも、物事の捉え方について問題意識を投げかけられ、人と人との結びつきについて考えさせられる本作。個人的には、バスの運転手が祐一の祖母にかけた言葉や、ある人物の最後の選択に胸を打たれた。相手を大切にすることだけを考えることは、誰にでもできることではない。あってはならない事件を描くやるせない物語であり、普段は誰もが見ないふりをしている人間の醜い部分を鮮明に見せつけられる作品。けれど同時に、誰にでも備わっているはずの心の強さ、信念のようなものの在り方も示してくれる。奥行きのあるヒューマンドラマである。
公開 | 2010年9月11日公開 全国東宝系にてロードショー |
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制作年/制作国 | 2010年 日本 |
上映時間 | 2:19 |
配給 | 東宝 |
原作・脚本 | 吉田修一 |
監督・脚本 | 李 相日 |
音楽 | 久石 譲 |
出演 | 妻夫木聡 深津絵里 岡田将生 満島ひかり 柄本明 樹木希林 光石研 余貴美子 井川比佐志 塩見三省 松尾スズキ |
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