風立ちぬ

宮崎駿監督がジブリ初、実在の人物をモデルに創作
関東大震災、世界恐慌、戦争という時代を生き抜く
青年の夢と挫折、喪失と愛、1930年代の青春を描く

  • 2013/07/12
  • イベント
  • シネマ
風立ちぬ©2013 二馬力・GNDHDDTK

「5年ぶりではなくて、5年かかったんです」という宮崎駿監督による、『崖の上のポニョ』に次ぐ新作が完成。第二次世界大戦下における旧日本海軍の戦闘機「ゼロ戦(零式艦上戦闘機)」の設計主任技師である堀越二郎の半生をもとに、堀 辰雄の小説『風立ちぬ』のラブストーリーを織り交ぜ、フィクションとして創作された物語。声の出演は、『新世紀エヴァンゲリオン』の監督として知られる庵野秀明、2010年のNHK連続テレビ小説『てっぱん』の瀧本美織、そして西島秀俊、西村雅彦、風間杜夫、竹下景子、志田未来、國村 隼、大竹しのぶ、野村萬斎ら演技派の俳優陣が参加。二郎が10歳のときから30年にわたり、夢を追い、恋をして、仕事に打ち込み、戦争を経て自らを顧みるまで。関東大震災、世界恐慌、言論弾圧と戦争の時代を生きた、1930年代の青春を描く人間ドラマである。

1910年代、緑豊かな日本の山間(やまあい)。10歳の堀越二郎は、毎夜の夢に見るほど美しい飛行機に焦がれている。学校の勉学に励み、英語やドイツ語の航空雑誌も辞書をひきながら熱心に読んでいた。そして青年となり東京の大学の工学部航空学科で学び、設計技師となった二郎は大企業に就職。名古屋で軍需産業のエリート技師として才能を発揮し、ドイツをはじめ世界の視察を経て、ついにゼロ戦(零式艦上戦闘機)を完成させる。

宮崎監督が模型雑誌『モデルグラフィックス』で’09年4月号から’10年1月号まで連載した漫画を映画化。二郎が成長し挫折を経験しながらも夢に向かっていくなか、学生のころ関東大震災に遭ったときに知り合った少女・菜穂子と再会し……という恋愛ドラマの側面も。冒頭にはジブリの十八番(おはこ)である爽快な飛行シーン、大事なタイミングでしばしばイタリア人技師ジャンニ・カプローニとの時空を超えた交流はあるものの、二郎が青年となってからは喫煙、夫婦の初夜、外国人の視点による帝国主義への私見と、子ども向けを意識するならカットされてもおかしくない場面も多々。個人的には魅力を感じるものの、評価はわかれるところだろう。二郎と菜穂子はフランス語の詩を諳(そら)んずるほど欧米文化に親しんでいた設定もあり、2人には日本人の奥ゆかしさに加えて、恋に命を投げ出すほどの情熱も。実写の名画のように「人」を描く熱意がひしひしと伝わってくる。

風立ちぬ

「堀越二郎と堀 辰雄に敬意を込めて」とエンドロールに記される本作。堀越氏は東京帝国大学(現在の東京大学)工学部航空学科を首席で卒業し、三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)に設計技師として入社。ゼロ戦の設計主任技師として知られる人物。物語では堀越氏の事実をふまえつつ、人柄をオリジナルとしたことは、堀越氏の親族の方々も了承しているとのこと。今年3月には映画の製作をきっかけに堀越氏の出身地である群馬県藤岡市で遺品が調べられ、幻の戦闘機「烈風改」の設計図が発見されたというニュースも。また堀 辰雄氏は1930年に作家となり昭和初期に活躍した人物。代表作は1937年の『風立ちぬ』、1941年の『菜穂子』ほか。自身が肺結核を患っていたため軽井沢で療養することが多く、『風立ちぬ』は実体験をもとに執筆されたそうだ。1903年生まれの堀越氏と1904年生まれの堀氏はともに東京帝国大学の徒(と)であり、理系と文系の違いはあれど同じときに同じ土を踏んでいたことも興味深い。

声の出演は、二郎役を庵野秀明が自然体で表現。観ているうちに声がキャラクターにだんだんなじんでくる感覚が面白い。菜穂子役は、じつは高畑 勲監督の推薦という滝本美織が芯の強い女性のイメージで。二郎の大学時代からの友人で同僚の本庄役に西島秀俊、上司の黒川役に西村雅彦、上司の服部役に國村 隼、菜穂子の父親である里見役に風間杜夫、二郎の母役に竹下景子、妹役に志田未来、黒川の妻役に大竹しのぶ、イタリア人技師カプローニ役を野村萬斎と、各キャラクターにピッタリとハマる充実の顔合わせだ。個人的に強く印象に残ったのは、二郎と謎の外国人カストルプとの問答。英語なまりの日本語で流暢に私見を述べるカストルプ役を「誰!?」と確認したところ、2011年末までスタジオジブリで海外部門の責任者だったスティーブン・アルパート氏とのこと。徳間インターナショナルのころから約15年、ジブリの海外展開を進め、『千と千尋の神隠し』が海外の映画祭で受賞した際には宮崎監督の代理で、時には像を受け取りスピーチをした人物であり、宮崎監督は仕事を超えた友人として信頼を寄せていたそう。家庭の事情でジブリを辞めてアメリカに帰国したものの、今回は声の収録のためだけに日本へやってきたそうだ。カストルプ役の声は、陽気で紳士的な口調ながら意思の輪郭はくっきりと明確で、響くものがある。

風立ちぬ

また、宮崎作品の主人公の声を庵野秀明が、という一報に「え? 庵野監督??」と思った人も多かったのではないだろうか。宮崎監督は語る。「庵野という人物はそうそういる訳ではないですから。やっぱり正直に生きているからだと思います。それと、謎の外国人をやってもらった人間も、ジブリの海外事業部の(もと)スタッフで、アメリカに住んでいますけれども、彼の喋り方そのものが不思議な日本語なので、それをそのまま思い出しながら役を作っていったんですけれど、彼も庵野も存在そのもので映画のために来てくれたので、本当に良かったです」。そもそも庵野氏が映画『風の谷のナウシカ』でアニメーターとして巨神兵登場のシーンを担当し、宮崎監督を師のひとりとして仰いでいることは周知のとおり。本作の製作の際に「ゼロ戦が飛ぶシーンがあるなら描かせてほしい」と申し入れたところ、主人公の声のオファーが、という裏話も。宮崎監督から是非にとの依頼にとまどいながらも「やるしかないんだろうな」と思ったという庵野氏は語る。「堀越二郎さんと僕自身が共通するのは“夢を形にしていく”仕事をしているところです。アニメや映画を作るということと飛行機を作るということは、作るものは違えども、夢を形にすることは同じ仕事なのだと強く思いますね」。宮崎監督と庵野氏の心なごむエピソードはたくさんあり、字数の関係で紹介しきれないものの、興味のある方は、声の収録時に庵野氏がいろいろ主張したことから“下の監督”となった逸話など調べてみると楽しいだろう。

風立ちぬ

本作について、宮崎監督の企画書より引用する。「この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少なくない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである」。物語のテーマについて鈴木敏夫プロデューサーは語る。「とにかく彼(宮崎監督)は戦闘機が大好き。昭和16年生まれというのと関係あるかもしれない。戦争で日本がアメリカに負けた時、宮さんは子供。彼は悔しかったみたい。絵を描くのが得意だったから、戦闘機の絵を描いたりしていたみたいなんだよね。ところが大人になると、気が付いたら反戦デモに参加したりして、複雑な人なんです。戦闘機は大好きだけど、戦争は大嫌い。『なぜそういう自分ができたのか?』というのを、映画の中で明らかにしたい」。そもそも宮崎監督の父親は、ゼロ戦を製作していた航空機メーカー「中島飛行機」に部品を納入していた会社「宮崎航空興学」の役員だったそう。この映画の主人公には堀越二郎と堀 辰雄のみならず、自分の父親、そして自分自身とさまざまな投影が感じられる。空、飛行機、恋、タバコ、宮崎監督が愛するものたちをしかと描いた本作について、鈴木プロデューサーは冗談まじりに「遺作」という。劇中、繰り返される言葉は不思議と耳に残ることはない。刷り込まれ染み入り、すーっと浸透していくかのよう。
「力を尽くして、生きなさい」

作品データ

風立ちぬ
公開 2013年7月20日公開
全国東宝系にてロードショー
制作年/制作国 2013年 日本
上映時間 2:06
配給 東宝
原作・脚本・監督 宮崎 駿
音楽 久石 譲
主題歌 「ひこうき雲」荒井由実
声の出演 庵野秀明
瀧本美織
西島秀俊
西村雅彦
スティーブン・アルパート
風間杜夫
竹下景子
志田未来
國村 隼
大竹しのぶ
野村萬斎
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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