18世紀初頭のイングランド宮廷から着想を得た
女王と側近と召使、女性3人の濃密な人間模様
辛辣なコメディにして、愛と野心と悲哀の行方を描く
女王と側近と召使、18世紀初頭のイングランド宮廷を舞台に、3人の女たちの愛と野心の混沌を描く。第75回ベネチア国際映画祭にて銀獅子賞(審査員大賞)と女優賞、第76回ゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門にて主演女優賞など、主要な映画賞を多数受賞し、2019年2月25日に授賞式が行われる第91回アカデミー賞にて最多タイ10ノミネートで、大きな注目を集めている話題作。出演はエミー賞などの受賞経験のある実力派オリヴィア・コールマン、『ラ・ラ・ランド』のオスカー女優エマ・ストーン、『ナイロビの蜂』のオスカー女優レイチェル・ワイズほか。監督は『ロブスター』『聖なる鹿殺しキリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』のヨルゴス・ランティモス。虚弱な女王アンは、頭の切れる幼馴染で女官長のレディ・サラを頼って国政を執っている。そして没落したサラの従妹アビゲイルは宮廷で召使いとなり、貴族に返り咲くべく野心を燃やすが……。友情、信頼、愛、信念、悲哀、焦燥、野心、裏切り、憎しみ……各人のさまざまな思いが絡み合いもつれてゆく。史実から着想を得た辛辣なコメディであり、愛と悲哀と野心の行方を描く人間ドラマである。
18世紀初頭、アン女王が統べるイングランド。アン女王は幼馴染で女官長のレディ・サラ・チャーチルとともに、ルイ14世が統治するフランスとの戦争に大勝したことを祝っている。そんな折、宮廷で権勢をふるうサラのもとへ、没落したサラの従妹アビゲイルがやってきて雇ってほしいと懇願。アビゲイルは召使いとして宮廷入りし、知恵と行動力で侍女へと昇格。イングランドの議会では戦争終結か継続か、推進派のホイッグ党と、終結派のトーリー党の対立で揺れるなか、トーリー党のハーリーは、女王とサラに近い存在となったアビゲイルに目をつける。政治的な駆け引きに巻き込まれながらも、アビゲイルは打算もあってサラと女王への忠誠を優先するが、サラから冷たい仕打ちを受けたことで、野心に火が付く。
弱さと不安に欲望や野心が付け入り、忠誠は裏目に出て、恩はあだで返されて、悦楽、怠惰、慢心、腐敗と、ループしてゆく。宮廷の裏側、女の弱さや醜い面を辛口で描きながらも、どこか引いた視線で乾いたユーモアがあり、ランティモス監督の持ち味が効いている。またスチュアート朝(1603〜1714年)のイギリスを描く英国時代劇で、最初の脚本こそイギリス人のデボラ・デイヴィスが20年前に書き上げたものながら、オーストラリアの脚本家マクナマラが改めて4年かけて練り上げ、ギリシャ出身のランティモス監督が手がけたこともユニークだ。監督には「典型的な時代劇は一切作りたくない」という思いがあり、現代の感覚で観やすいのも本作の特徴。監督は語る。「脚本作りの段階から、トニー・マクナマラと相談して決めたんだ。現代的な言葉を用いて、当時風の話し方はさせないとね。人々の立ち居振る舞い、ダンスや歩き方、立ち姿もかなり現代的だし、衣装や音楽にも現代的なものが混ざっている。この作品はさまざまな要素が組み合わさり、今に通じる部分やモダンなひねりがあるんだ」
痛風で病弱なアン女王役はオリヴィア・コールマンが、孤独のなか甘言や悦楽をむさぼり、虚しさと悲哀に苦しむ滑稽さを人間臭く。人間的魅力よりも欠点ばかりが伝わるキャラクターながら憎めない、こうした弱さやおぞましさは誰にでもある一面かもと思わせるのは、オリヴィアの表現力ゆえだろう。女王の幼馴染で女官長であるレディ・サラ・チャーチル役はレイチェル・ワイズが、頭が切れて理性的で忠誠心があり、女性でありながら男性的な特質をもつ強靭な人物として。サラは英国首相ウィンストン・チャーチルやダイアナ妃の祖先であるジョン・チャーチルの妻で、自身で執筆した回顧録もあるそうだ。そして上流階級から没落したサラの従妹アビゲイル役はエマ・ストーンが、召使いから実力でのし上がるなか手段を選ばなくなってゆく、ひたむきさと妄信的な様子が混在する女性の怖さを体現。三人三様にアクの強い女性たちが、欲望や信念や野心とともに突き進み、時には微笑み合い時には激しくいがみ合うさまが生々しい。サラの夫モールバラ公爵役はマーク・ゲイティスが、戦争終結派であるトーリー党の一員ハーリー役はニコラス・ホルトが、それぞれに演じている。
嫉妬や陰謀が渦巻く宮廷ドラマでありながらドライな軽さがあり、誰が悪人で誰が善人と色分けしていないところも見ごたえがある本作。脚本家のトニー・マクナマラは登場人物とストーリーについて、このように語っている。「ヨルゴス(監督)とは初期の段階で、考えがすぐには読めない複雑さ、もしくは読めたと思っても実は読めていないと早々に気付かされる、そんな現代的なキャラクターにしようと話し合った。さらに早い段階で、本作を1人の物語にしないことに決めた。3人のうちの誰かの視点になってしまわないことが大切だった」
そして製作を手がけるエド・ギニーは、本作の今日性について語る。「私たちは人を率いる人間とは、自分より欠点の少ない者だと思いがちだ。この映画では、嫉妬や腐敗、不安に対して、実に脆い3人の力を持った女性たちが精力的に行動し、時には感情のままにあくどい行いもいとわない。これは、今日の世界でも実際にあることだと思うね」
「我々がその日そこで見たものを、映画の一部として捉えるのが私は好きだ。最も重要で本質的な部分である役者の演技とカメラの動きに時間を集中させることができる」というランティモス監督の考えにより、夜の野外ではやむなく照明も用いたものの、基本的には自然光やろうそくのあかりで撮影。宮廷のシーンは、イングランドのハートフォードシャーにある、15世紀から王室が使用している土地に建つジャコビアン様式のハットフィールド・ハウスにて。現在の建物はジェームズ1世の大蔵卿ロバート・セシルが1611年に建造し、大階段と広い客間、数マイルもの長い廊下を有する。だが時代考証よりも物語の世界観を優先する監督の方針により、美術やセットも「時代設定に合ったものも合わないものも混在する」と美術のフィオナ・クロムビーはコメントしている。また脚本家のマクナマラは当時の“礼儀正しさ”を特に描いていないことについて、このように語っている。「当時の社会的作法だというのは理解しているが、その裏のカジュアルな冷淡さを描きたかった。身分制度がある社会で、自分の立場を変えるために、人々は時には過激で冷淡なことも行った。私たちは英国史に思い入れがないので(監督もマクナマラも英国人ではない)、遠慮なく弄んだかもしれない。史実が有用な場面ではそのまま活用し、そうでないところでは取り入れないようにした」
2019年2月10日には、イギリスの映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)にて、イギリス作品賞、主演女優賞、助演女優賞など7部門を受賞したというニュースも。イギリス人ではないスタッフが中心で、アイルランド、イギリス、アメリカによる合作映画にして個性的な英国時代劇であるこの映画は、本国イギリスでも高い評価を受けている。2019年2月25日に行われるアメリカのアカデミー賞授賞式でも結果が期待されるところだ。
ランティモス監督はこの作品で自身が惹かれたテーマ、そのユニークさと独特の魅力について、自負とともにこのように語っている。「特定の時代や王室、国家を正確に描くことが重要だと思ったことはない。権力を持ったひと握りの人間が、その他大勢の人生に影響を与えられる。そんな選ばれた人物の社会的地位に興味があった。実在の人物や歴史からインスピレーションを受けたが、その大部分は再考した。今の時代にもある同じような課題を認識し、共感できる映画になったと思っている」
劇場公開 | 2019年2月15日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2018年 アイルランド、イギリス、アメリカ |
上映時間 | 2:00 |
配給 | 20世紀フォックス映画 |
原題 | The Favourite |
監督 | ヨルゴス・ランティモス |
脚本 | デボラ・デイヴィス トニー・マクナマラ |
出演 | オリヴィア・コールマン エマ・ストーン レイチェル・ワイズ ニコラス・ホルト ジョー・アルウィン ジェームズ・スミス マーク・ゲイティス ジェニー・レインスフォード |
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