アンカット・ダイヤモンド

ジョシュ&ベニー・サフディ監督×アダム・サンドラー
ギャンブル中毒の宝石商が一世一代の賭けに打って出る
生々しい緊張感がみなぎるA24のクライム・スリラー

  • 2020/05/18
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アンカット・ダイヤモンドNetflix映画『アンカット・ダイヤモンド』独占配信中

気鋭のスタジオA24のオークションに小道具や衣装を出品中の作品で、マンハッタンの47ストリートで宝石商をしているギャンブル中毒の男の顛末を描くスリラー。出演は、『パンチドランク・ラブ』のアダム・サンドラー、『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』のキース・スタンフィールド、本作で長編映画デビューしたイタリア系アメリカ人の女優ジュリア・フォックス、NBAの元スター選手であるケビン・ガーネット、“アナ雪”のエルサ役でブレイクした歌手で女優のイディナ・メンゼル、そしてやはり本作で映画デビューしたミュージシャンのザ・ウィークエンドほか。監督・脚本は『Good Time』で知られるジョシュ&ベニー・サフディ兄弟が手がけ、製作総指揮にマーティン・スコセッシが名を連ねる。やり手の宝石商ハワードは、ギャンブルによる多額の借金返済を強く迫られるなか、ハイリスクのトリッキーな儲け話に打って出る。嘘もペテンも当たり前、ギラギラと黒光りする欲を全開に、何においても常にハイリターンとスリルを求めて博打を打ち続ける男の行き着く先を描く。張り詰める不穏さと際どい緊張感に息が詰まるのを越えて、息苦しくなってくるかのようなクライム・スリラーである。

アダム・サンドラー

2012年のニューヨーク、マンハッタン。47ストリートにあるダイヤモンド地区でやり手の宝石商ハワード・ラトナーは、ギャンブル中毒で借金を抱え、多額の借り入れをしたままの義兄アルノの用心棒から監視され、返済を強く迫られている。宝石店の従業員で愛人のジュリアは、ハワードと2人で過ごすためのアパートに仲間を呼んでやりたい放題、冷え切った関係の妻や子どもたちと関係修復を望むもこれまで放っておいた家族から信頼は得られない。そんななか、ハワードはエチオピアで採掘されたブラック・オパールの大ぶりの原石を手に入れる。その原石にNBAのスター選手ケヴィン・ガーネットが強く入れ込むのを見たハワードは、この原石を使ってひと儲けしようと画策。しかしトラブルが続発し……。

ギャンブル狂の男が公私ともに賭け続け、思ってもみないところに行きつく顛末を描く。途上国に負担を強いる悪徳な原石の取引、高級アパートに愛人を囲う生活と借金まみれの舞台裏、保守的なユダヤ人ファミリーにおける結束、冷え切った関係の妻と子どもたち、若く愚かで美しい愛人、プライベートでも仕事でも両極を行ったり来たりするハワードの心情や嗜好は、常人には理解しがたい。どんなトラブルや不利な条件、残念な出来事でも逆手にとって次々と判断し、自身へのハイリターンを目論んで打って出るさまは、ある意味でデキる男であり、資本主義のビジネスマンのひとつの型として優秀なのだろうが、主人公が見ていて気分のいい人間ではないところが皮肉だ。ジョシュはギャンブル狂のハワードというキャラクターについて、独自の見解を語る。「ギャンブラーは世界で最もロマンティックな人たちだ。賭ける時にいつも、『あともう1回だけ』という永遠の楽観主義者だからね。ハワードは仕事でもプライベートでも何から何までギャンブルにしていて、純粋な高揚感と幸福感がある一方で、自暴自棄になって絶望もしている。それでも綱渡りをし続ける男なんだ」

ケビン・ガーネット,キース・スタンフィールド,アダム・サンドラー

ハワード役はアダムが、常にしゃべり倒して相手を圧倒するギャンブル狂の宝石商として。アダムは初期の脚本をとても気に入り、監督たちが内容を練り上げて脚本を執筆してゆく過程からしっかり参加したとのこと。しかしコメディやロマンスや人間ドラマなどで知られるアダムの明るいイメージとはまったく正反対のハワードというキャラクターに対して、違和感はあったそうで、「彼はクレイジーだ。ちょっと恐いね」と言い続けていたそうだ。もともとサフディ監督たちはアダムのファンだったことから、2012年に最初の脚本ができた段階ですぐにマネージャーに送付したものの、当時のサフディ兄弟が無名だったことから、本人の手に渡ることもなく周囲の判断で却下に。その後、サフディ兄弟は2017年のクライム・ムービー『Good Time』で実力が評価され、アダムもこの映画を気に入ったことから、『アンカット・ダイヤモンド』の企画がすぐに決まったそうだ。現在36歳のジョシュと34歳のベニーはそれぞれ8歳と6歳だった時に、映画好きだった父親が買ってくれたアダムの最初のレコード2枚(コメディ)に夢中になり、その頃から彼のファンだったとのこと。アダムについて、「世界で最も偉大なスターの1人で天才」と語るジョシュは、脚本を書き始めた2009年から11年かかってようやく敬愛するアダムの主演で実現した本作について、このようにコメントしている。「ポール・トーマス・アンダーソン監督の『パンチドランク・ラブ』をはじめ出演作のすべてにおいて、自然体で豊かな表現力をもつ彼の才能を証明しています。私たちはこの映画の完成まで回り道をしたけれど、それが最善だったんだろう。出来事には理由があるからね」
 NBAの元スター選手であるKGことケビン・ガーネットは本人役として、KGをハワードの店に紹介するデマニー役はキースが、ハワードの迫力ある恐妻ダイナ役はイディナ・メンゼルが、そして本人役で出演しているミュージシャンのザ・ウィークエンドは、2012年という設定からクラブで人気がありブレイク目前、というイメージで。劇中で彼が歌うヒット曲「The Moring」は、ダーティな苦味あるストーリーに甘さを添えている。また、ハワードの店の従業員で彼の愛人役であるジュリア役はジュリア・フォックスが魅力的に。グラマラスなスタイルと角度とメイクによってはわずかにスカーレット・ヨハンソンっぽくも見える面立ち、男ウケ200%の存在感がよくハマッていて、今後の活躍も気になるところだ。主要キャラクターではない出演者には、ハワードを平手打ちするフィル役のキース・ウィリアムズ、指輪を鑑定する双子の宝石商ほか、演技経験ゼロだった人たちが多数出演しているというのもユニークだ。

サフディ兄弟はハワードと同じくユダヤ人で、以前に父親が働いていたダイヤモンド地区で約10年過ごしたことから、『Uncut Gems』はなじみのある人やエリアについて描いたとのこと。彼らの父親はハワードとはまったく「似ても似つかない」タイプで、ハワードはいろいろな人たちを融合させたキャラクターとのこと。ドキュメンタリーのような抜き差しならぬ臨場感のある本作は、ニューヨークの街中で一度も道を封鎖せずに撮影を実施。100人以上のエキストラが参加しているものの、画面に映っている人の半分くらいは街の人たちというのも、このご時世でなかなか大らかだ。ハワードのあの噴水のシーンでは、2.5ブロック離れた場所から3000 mmの望遠レンズでクローズアップで撮影。街中のいくつかのシーンはこの手法で撮ったとのこと。ジョシュは語る。「そうやって撮影していると、映画を撮っていると誰も気づかないんだ」
 ゲリラ的な撮影や、携帯電話や車の騒音などもあえてそのまま使う、こうした手法は、2013年のドキュメンタリー『Lenny Cooke』(高校時代に実力派のバスケ選手だったものの一度もNBAでプレーすることがなかった青年の実話)の撮影で学んだという。ドキュメンタリーでフィクションを学んだ、という考え方が面白い。また『ゴスフォード・パーク』など良質な群像劇を多数手がけた亡き巨匠ロバート・アルトマンの影響を受けているとも。ジョシュはアルトマンからの影響と、現場にあるたくさんの音を生かすことについて、このように語っている。「ロバート・アルトマンは私たちにとって“映画の音の王”であり、重要な存在だった。世界は豊かで深い音と質感に満ちている。撮影中はすべての音響がとても生き生きとして、まるで息づいているかのように感じたんだ」

ジュリア・フォックス,アダム・サンドラー

さて、「A24 Auctions」では、本作に登場するダイヤをちりばめたファービーのチャームの入札価格が約145万円に(2020年5月15日現在)。ほかにもネックレスやリングといったジュエリー、老舗ブランドのバッグや小物などギラギラした小道具が出品されていて、眺めるだけでもちょっと楽しい。さすがにオパールの原石の出品はなしだ。ところで、オパールの石言葉は“幸運、希望”でありながら、以前は「オパールをもつと不幸になる」という迷信があったことは宝石好きの間では有名な話。ブラック・オパールの大きな原石を手にしたハワードは……というくだりは何やら意味深だ。“オパール=不幸”というのは言いがかりで、価格バランスを崩したくない業界内の思惑が原因ではという見解もあり、はてさて。“禍福はあざなえる縄のごとし”、すべては変転していく、という言葉を筆者はふと思い出した。

ジョシュ&ベニー・サフディ兄弟とアダム・サンドラーはその後、約6分半の短編『GOLDMAN v SILVERMAN』を公開。内容は、アダム演じる全身ゴールドのパフォーマーと、全身シルバーの若手パフォーマーの小競り合いだ。タイムズ・スクエアでの通りすがりの1シーンを偶然とらえたかのような、やはりドキュメンタリーのような風合いとなっている。実際の街中で人々の生のリアクションも取り入れて、プロの俳優たちが即興やアドリブで魅せてゆく、この感覚。そこから深堀りして街の喧騒の表と裏、その光と影にある人間模様やドラマをリアルに描くこと。ほんの遊び心で作ったのかもしれないこの短編からも、サフディ兄弟とアダムの持ち味がガッチリ合うのがよくわかる。女性ウケする作品が主流であるなか、とても男臭い作風のジョシュ&ベニー・サフディ兄弟が人気を得ていることは、どこかなるほど、と個人的に思う。
 A24がアメリカで劇場公開した『アンカット・ダイヤモンド』は、同社にとって最も高額なリリースのひとつになったとのこと。そしてアメリカを除く全世界にはNetflixが2020年1月31日から配信中(アメリカでは2020年5月から配信開始)。アダムは本作で多数の賞を受賞し、自身の製作会社ハッピー・マディソン・プロダクションとNetflixとの契約の延長が決定。2020年に公開予定のファミリー向け映画『Hubie Halloween』、アダムが脚本・製作・主演声優を務めるという長編アニメ映画を含む4本の映画を制作予定というニュースも。2015年以降、活躍の場が映画からNetflixが中心となっているアダムの快進撃は、これからも続きそうだ。

作品データ

公開 2020年1月31日よりNetflixにて独占配信中
制作年/制作国 2019年 アメリカ
上映時間 2:14
映倫区分 R
原題 Uncut Gems
監督・脚本 ジョシュア・サフディ&ベニー・サフディ
脚本 ロナルド・ブロンスタイン
出演 アダム・サンドラー
キース・スタンフィールド
ジュリア・フォックス
ケビン・ガーネット
イディナ・メンゼル
エリック・ボゴシアン
ジャド・ハーシュ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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