グッバイ、リチャード!

余命宣告を受けた大学教授が人生を謳歌すると決意
家族や周囲を巻き込みながら残された日々を放蕩する
ジョニー・デップ主演で“中年の危機”を描くドラマ

  • 2020/07/29
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「余命180日」と医師から告げられた大学教授が、残された日々を自分らしく(?)過ごすさまを描くジョニー・デップの主演作。共演は、『ゾンビランド:ダブルタップ』のゾーイ・ドゥイッチ、『ワンダーウーマン』のダニー・ヒューストンほか。監督・脚本は『ケイティ・セイズ・グッバイ』に次いで本作が長編映画2作目である新進のウェイン・ロバーツ、プロデューサーは『ハートロッカー』のグレッグ・シャピロが手がける。“余命180日”と医師から通告された大学教授リチャードは、食事の席で妻子に告げようとするも、妻と娘から予想外の告白を聞き……。死や家族についてシリアスに映すというより、どちらかというと“ミッドライフ・クライシス(中年の危機)”に直面した男の姿を、ブラック・コメディを交えつつ中年男性の目線で描くドラマである。

ジョニー・デップ

「余命180日」と医師から告げられた大学教授リチャードは、ショックを受けながらも食事の席で妻子にこのことを伝えようとする。しかし、娘のオリヴィアからはレズビアンであること、妻のヴェロニカからはリチャードの上司と不倫していることを告白され、自分の病気と余命のことは伝えそびれる。真面目な夫として、美しい妻と素直な娘と共に何不自由ない暮らしを送ってきたはずのリチャードは、思いがけないことの連続に呆然とするも、残りの人生を自分のために謳歌しようと決意。授業では生徒たちに言いたいことを言い、酒やマリファナを楽しみ、ルールや立場に縛られないリチャードの破天荒なふるまいに周囲が驚く。そうして日々を満喫するなか、リチャードの体調が悪化し……。

余命半年を宣告された大学教授が奔放に過ごし、周囲や家族に影響が広がり、それなりの理解を得て和解などをしてゆく。ある意味で、見栄え良く悪ふざけをしているような風合いが不思議で、共感できる面が多いかどうかというと、個人的には微妙に思える。女性たちをやりこめたい、というニュアンスも少々。ジョニーはこの映画と“死”について、持論を語る。「最初リチャードは、『誰の話をしてるんだ?まさか自分ではないよな?』と思う。実際に誰でもそう思ってしまう。私の娘のローズが7歳だった頃に大怪我をし、医者から手術を乗り越えられるかわからないと言われたことがある。最初は『誰の話をしてるんだ?私の話ではない。自分にこんなこと起こるはずがない』と思い、徐々に事態を理解していったのを覚えている。自分の命ではなく、娘の命の場合は必死に闘った。自分の命であったとしても、みんな怒って闘ってもいいと思うけど、私個人としてはリチャードのように振舞いたいと思っている」

ジョニー・デップ,オデッサ・ヤング,ローズマリー・デウィット

リチャード役はジョニー・デップが、残された日々を酒もマリファナもやりたい放題で放蕩する姿を飄々と。“博識で上品だった”という過去がほぼ描かれていなくて、ハマりすぎという感覚だ。破天荒ながらたまにイイことを言う、そのセリフに感じ入るものがあるかどうか。リチャードの妻ヴェロニカ役はローズマリー・デウィットが、夫妻のひとり娘オリヴィア役はオデッサ・ヤングが、リチャードの親友ピーター役はダニー・ヒューストンが、リチャードの生徒のひとりクレア役はゾーイ・ドゥイッチが、リチャードが教授をしている大学の校長ヘンリー役はロン・リビングストンが、それぞれに演じている。親友を心から心配していろいろなおせっかいをするピーターを演じるダニーについて、ジョニー・デップはとても信頼しているそうで、「ダニー・ニューストンは私がこの世で一番好きな人物であり俳優の1人だ」とコメントしている。

ジョニー・デップ主演で2018年に製作、2019年にアメリカで公開した本作。2018年というと、アメリカのローリングストーン誌で、ジョニーがロング・インタビューで自身について赤裸々に語り、大きな注目を集めたことを思い出す。その長い記事にあるジョニーと記者との素に近いやりとりには、拙さや幼さが垣間見え、彼には思いやりと包容力をもって誠実に導くブレインが必要で、たまにはこうして世間に素をさらけ出して、イメージと本人が乖離しすぎないようするのも彼の精神衛生上いいことなのかも、と思った。この記事では、元マネージメント会社TMGとの財務をめぐる訴訟問題を中心に、自身の生い立ち、母の死、家族とのトラブル、ジョニー本人の浪費と元マネージャーのずさんな管理で破産寸前となった資産のこと、アル中に近い状態で薬物を常用していること、撮影時にセリフが覚えられずにイヤホンでセリフを聞きながら演じていたこともあるなど、さまざまなことについて話していた。また現在は、家庭内暴力をめぐって元妻アンバー・ハードと裁判の真っただ中。暴力の有無から始まり、常軌を逸した嫌がらせがあったことなどが争点となっている。2016年に離婚した時には、ジョニーとアンバーの共同声明として“情熱的すぎて不安定だったが常に愛によって結ばれていた”と発表し、アンバーが700万ドル(約7億円)の示談金を受け取り、その一部をチャリティ団体に寄付するとして、一度は決着。それが泥沼化して今に至っている。2020年7月7日から3週間に渡ってイギリスの裁判所で行われたジョニー対アンバーの裁判の判決は、まだ先になりそうだ。
 ところで、この映画のエンディングには「ベティ・スーに捧ぐ」とある。ベティ・スーとは、2016年に他界したジョニーの実母の名前だ(アンバーとの離婚申請は母の葬儀の前日だった)。前述のインタビューでは、ジョニーは4人兄弟の末っ子として育ち、子どもの頃に母から物を投げられたり殴られたりしたと話している。彼は母について「彼女は本当に運の悪い女だったのかも」と言い、母の葬儀の席ではこう話したという。「母は私が人生で出会ったなかで一番意地悪な人間だったかもしれない」
 そして現在57歳のジョニーはこの映画の公式インタビューで、人生についてこのように語っている。「こんなに早く人生が過ぎていくとは誰も気付いてない。19歳で眠りにつき、起きたら49歳になっている。その時に一度立ち止まり自問する。自分は惨めなのか、幸せなのか、それともただ存在しているだけなのか?」

ジョニー・デップ

困難な生い立ちの子どもが大人になると、精神的に不安定になることが多いという。そうした問題への対処はとても難しい。また一方で、それでも地に足をつけて成長し、大人として自分で新しい家族の幸せを淡々と築いていく人たちがいるのは本当にすごいことだ。
 さて、ジョニーには味方がいる。14年にわたる長年の元パートナーだったヴァネッサ・パラディ、その娘リリー・ローズ・デップ、元婚約者のウィノナ・ライダー、これまでにジョニーと3回共演をしたペネロペ・クルスらだ。ヴァネッサは2020年7月の裁判でジョニーを擁護する文書を提出したというから、その寛大さとやさしさに筆者は感動した。もちろんリリーと弟ジョン・クリストファー・デップ、2人の大事な子どもたちの父親だからという理由は大きいだろうけれど、それにしても。2012年にジョニーと破局したヴァネッサは、2018年に同い年のフランス人監督とサミュエル・ベンシェトリと結婚し、幸せに暮らしている、というのも何よりだ。
 そして2021年には『ファンタスティック・ビースト』シリーズ3作目となるジョニーの出演作『Fantastic Beasts and Where to Find Them 3』が公開予定。彼の問題について、原作者で映画版の脚本を手がけるJ.K.ローリングはこのようにコメントしている。「ジョニー・デップがグリンデルワルド役を演じた時、素晴らしいキャラクターになると思いました。しかし、1作目のカメオを撮影した頃、私やこのシリーズに関わっている人たちを深く心配させるような話がマスコミにでました。状況を理解した上で、映画製作者と私はオリジナルのキャスティングだからというだけでなく、ジョニーが演じてくれることを心から喜んでいます」

余命宣告を受けた大学教授リチャードが、残された日々を奔放に過ごすさまを描く本作。無神論者の場合、「命は神からいただいたもの、授かったものでありお返しするもの」という考えがないし、自分の命をどうするかは各人の自由ということになる。この物語はともすると、「自分の勝手だろ」とばかりにただ放蕩するように見える面もあるが、そこにも思いはあるようだ。最後に、ジョニーの死生観と、この映画に込めたメッセージをお伝えする。「闘って、生きて、死が迫っていても生き生きとする。生きられるうちに生きる。その時間に感謝して祝福する。そしてある日死がドアをノックしてきたら必死に闘う。自分を憐れむなんてことするな。恐怖という難敵に負けるな。我々は恐怖を感じるように習慣づけられてしまっているから、とても大変なことだと思う。そんな習慣は壊してしまえ。この映画を通して、恐怖からみんなを救い、最終的に“クソくらえ、例え死ぬことになろうとも生きる”と思ってもらえればうれしい」

参考:「Rolling Stone」、「Evening Standard

作品データ

公開 2020年8月21日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開
制作年/制作国 2018年 アメリカ
上映時間 1:31
配給・提供 キノフィルムズ
配給協力 REGENTS
原題 The Professor
監督・脚本 ウェイン・ロバーツ
出演 ジョニー・デップ
ローズマリー・デウィット
ダニー・ヒューストン
ゾーイ・ドゥイッチ
ロン・リビングストン
オデッサ・ヤング
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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