eHills Club 試写会日記

毎週、映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ! 傑作でもB級でも映画ってやっぱり素敵!!

窮鼠はチーズの夢を見る

水城せとなの人気コミックを行定勲監督が映画化
大倉忠義と成田凌が男同士の関係の戸惑いと情熱、
恋愛の甘さと苦み、濃く深い機微をボーダレスに描く

窮鼠はチーズの夢を見る©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会

水城せとなの人気コミック『窮鼠はチーズの夢を見る』と『爼上の鯉は二度跳ねる』を、『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』『ナラタージュ』などの行定勲監督が映画化。出演は、『100回泣くこと』の大倉忠義、『カツベン!』の成田凌ほか。学生時代から「自分を好きになる女性」とだけ受け身の恋愛を繰り返してきた大伴恭一は、大学時代の後輩・今ヶ瀬渉と7年ぶりに再会。「昔からずっと好きだった」と突然想いを告げられ……。愛を注ぐ、愛される、関係を築く、なりふり構わず捨て身ですがる、自分でも自分の本心がわからずに混乱しながら流される、好きすぎて不安定になり感情をぶつける。優柔不断な異性愛者の男を一途に愛する同性愛者の男と、彼らに関わる女性たちの物語であり、性的嗜好や男女の性差を超えて、甘さと苦み、楽しさと辛さ、素敵さとみっともなさといった恋愛の機微を濃厚に描くドラマである。

大倉忠義

会社でも家庭でもそつなく過ごす大伴恭一は、思いがけない形で大学時代の後輩・今ヶ瀬渉と7年ぶりに再会。興信所で探偵をしている今ヶ瀬は、恭一の不倫現場をおさえた写真をもってオフィスにやってきたのだ。驚き狼狽し、不倫を見逃してほしいと懇願する恭一に、今ヶ瀬は「ずっと好きだった」と長年の想いを告げ、キスを交換条件に不倫の事実を見逃す。紆余曲折を経て、恭一は今ヶ瀬に押し切られる形でふたりで暮らすように。“流されやすい性格”の恭一は、相手が男であることに戸惑い混乱しながらも、何もしなくてもとことん愛され大事にされることや、男同士の気楽さを心地よく思う一方、恭一にのめり込んでいく今ヶ瀬は、男であることで一線を引かれていること、恭一の女性関係や行動が気になって気持ちが不安定になり苦しむ。そしてふたりと同じ大学だった恭一の昔の恋人・夏生が現れ、恭一と今ヶ瀬の関係がゆらいでゆく。

高い人気を誇るコミックを映画化した、同性愛者と異性愛者の男2人の顛末を描く恋愛ドラマ。同性愛者の恋愛の難しさも含まれているものの、なにより“恋愛あるある”がみっしりと詰まっていて、ドラマとして予想をはるかに超えて引き込まれる内容と、大倉と成田の自然にダダもれになってゆく恋愛オーラに、個人的に驚いた。LGBTに関わるドラマは、わからないことや共感にいたらない内容がでてくるたびに冷静になり、考えたり理解しようとつとめたりするうちに、作品として楽しむより左脳優位で学びに近い気分になることが個人的にしばしばある。でもこの映画を観ている時はそういうことが一切なく、転がり落ちていく恋愛のなかで先へ進もうとする登場人物たちの感情の渦に、気持ちよく呑み込まれてゆくのが筆者は面白かった。数々の恋愛映画を手がけてきた行定監督は、本作の魅力について語る。「心境としては、当事者としてではなく、その人たちの物語を描くという意味で、『GO』のときと似ています。同性愛でも異性愛でも変わらない、誰かを想うことと、相手の想いを受け入れること。そこでじたばたする人たちの話です。国が傾こうとしているときに死にたくならないのに、自分の色恋沙汰は死にたくなるからラブストーリーが作られる。人間として一番身近だからこそ、一番苦悩するテーマを最たるものとして魅せられると思います。10年後に見ても色褪せない、大きな意味での恋愛映画になっていると思います」

成田凌

アプローチしてくる女性と付き合う“流され侍”こと大伴恭一役は大倉忠義が、ずるいけれど優しくて憎めない愛されるイケメンとして。恭一の大学時代の後輩でずっと慕ってきた今ヶ瀬渉役は成田凌が、愛情をひたすら注いでときめき喜び、恭一の嗜好や将来を尊重しようとしながらも、彼にのめり込み不安定になってゆく微妙な心情を、時には繊細に時には激しく表現。恭一の妻・大伴知佳子役は咲妃みゆが、恭一の不倫相手・井出瑠璃子役は小原徳子が、恭一の昔の恋人・夏生役はさとうほなみが、恭一の会社の後輩・岡村たまき役は吉田志織が、それぞれに演じている。映画では、恭一はややクール、今ヶ瀬はよりかわいい系で、原作とはキャラクターが微妙に異なり、物語のトーンと結末も異なる。コミックにある2人のコミカルなやりとりは映画ではさほどなく、しっとりとしたイチャイチャのシーンや、恋愛の深みにはまりこんで思い悩む、胸を締めつける切なさが前面にくるイメージだ。2020年8月27日に原作者の水城せとな氏と行定監督が参加した本作のイベントにて、監督は原作とのキャラクターの違いや面白さについてこのように語った。「漫画の中の恭一は従順というか、単純で流されやすいところがあるけど、大倉忠義が演じる恭一は奥底が見えない。だから、余計成田をそうさせた(かわいく甘える)のかもしれない。奥底を覗こうとして溺れるところまでいっちゃうというか。恭一という人物は人たらしですよね。原作からこの映画が生まれたことは確かだけど、そうやって少しずつキャラクターも違うから、両方見比べると面白いでしょうね」
 同イベントで原作者の水城氏は原作と映画、両方の楽しみ方についてこのように語った。「やはり漫画を読みながら読者さんそれぞれの脳内でイメージが出来上がるので、それと全く同じものは絶対に作れないですよね。逆に、どんな映画、メディアミックスが作られても、読者さんの中にある世界が否定されるわけじゃ全然ないので、たとえそれが自分のそれとはまったく違ってもいわゆる多様性として、こういう世界も出来たんだなあと思って楽しんでもらうのがいいんじゃないかなと思います」

映画では、原作からのいろいろな名セリフや、さまざまなシチュエーションなど恋愛ものとしての見どころがたっぷりと。なかでも特に印象的なのは恭一と今ヶ瀬の濃厚なラブシーンだ。欲望や愛情、楽しさも苦しみもぜんぶないまぜでとにかく求め合う、という切実な高まりや熱さがよく伝わってくる。大倉と成田は女性とのラブシーンより気を遣わずに済む分、「女優さんとよりも気が楽だった」とのこと。監督は本作のラブシーンの撮影について語る。「今回、用意したコンテをもとにすべての行程の流れを一緒に作った上で、2人とも躊躇なく思い切りよくやってくれました。役者の肝だと思うんですけど、彼らは自意識みたいなものを介在させずに挑んでくれました。ベッドにいる2人を真俯瞰から撮ったカットは、シーツで隠したりしてなく、局部が見えないように絡み合う画を撮りたいと望んだので、もはやアクロバティックなアクションでした。男女のラブシーンと変えずに撮ることを心がけていましたね。男が男に欲情するってどういうことなんだろうなと思っていたんですけど、編集していたらそこにはきちんと男と男の間の欲情が映っていて、『男同士っていいものだな』と思いました」

吉田志織

コミックの映画化に「未だに懐疑的なところがある」という行定監督は、その理由と本作への思いについて、水城氏と参加した前述のイベントにてこのようにコメント。「確立されたものを映画化するのは容易じゃないし、漫画という、すべてが1人の作家から生みだされるものが、映画というまったく違うものになるという違和感を払拭しなければならないというのは非常にプレッシャーだった」。そして製作の過程でどのように重圧を昇華したか、本作で改めて再確認したことについて監督は語った。「原作が素晴らしい名言だらけで、洪水に飲み込まれるような圧を感じた。これをどう描くべきかと考え、観客が能動的になるように演出、脚本作りをするのに2年かかった。それがもっとも困難であり、恋愛ってこんなに深いものなんだなと思わされた」
 また原作とは異なる映画のラストに、監督は「完成版のラストに非常に満足しています」とも。水城氏は同イベントで観客へのメッセージをこのように伝えた。「今の時代SNSが発達していて、この映画に限らずおひとりおひとりが何か思う前に、この作品はこう感じましょうとか、こういう風に観なきゃいけないんだっていうのに無意識に飲み込まれてしまうことが多いんじゃないかと思うんです。お友達やSNSの意見とは違っても、わたしは観てこう思ったというのを是非大事にしていただければと思いますし、是であれ否であれこう思ったというものがあることこそが、その方が真剣に観てくださったということだと思います。誰がどう言ったとかは何も気にしないでいいので、みなさんがそれぞれ思ったことを大切にしていただければと思います」

「この作品は恋愛に特化して、愛を“浮き彫り”にしていると思います。何度も何度も、噛みごたえのある映画です」
 2020年8月25日に行われたイベントにて、行定監督がこの物語について力強く語った本作。観た後にやり切った感のような、不思議な気分の良さがにじむのも個人的に面白かった。2020年8月26日のイベントでは、COVID-19の流行により6月から延期しての公開で、世界的に難しい状況下にある今に届ける映画であることについて、大倉、成田、行定監督がそれぞれにメッセージを伝えた。
 大倉「役名が男性名なだけでピュアなラブストーリーです。美しい言葉も綺麗なシーンもあって、それぞれ印象的なシーンも好みによって違うはず。多様性という言葉がありますが、コロナ禍の中で色々なものを見つめ直す時代にあって、ひとつの選択肢としてこの映画が公開されるのは喜ばしいこと」
 成田「このタイミングで公開されるのは良かったのかも。みなさんの心に入り込む映画だと思うし、僕の周囲でも楽しみにしてくれている人が多くて、これまでにないくらいの注目を感じています。人の数だけ見方があって、恋愛の形もある。どんな意見が出てくるのかワクワクしています。他人事ではなく自分事として観てほしい」
 監督「コロナ禍になって個人が選択する時代になった。自分がどう生きるか、誰とどんな風に向き合って生きるか、それが重要になっている時代に今日的なテーマになった。今すごく響く作品だと思います」

2020年9月10日更新

作品データ

公開 2020年9月11日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2020年 日本
上映時間 2:10
配給 ファントム・フィルム
映倫区分 R15+
原作 水城せとな
監督 行定勲
脚本 堀泉杏
音楽 半野喜弘
出演 大倉忠義
成田凌
吉田志織
さとうほなみ
咲妃みゆ
小原徳子
ライター:あつた美希 CSホロス株式会社代表取締役。フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。これまでに取材した人数は600人以上、2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』でコラム“シネマ・アロマ”を担当。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。