eHills Club 試写会日記

毎週、映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ! 傑作でもB級でも映画ってやっぱり素敵!!

レンブラントは誰の手に

44年ぶりに新たな作品を発見、一対の肖像画を富豪が売却、
世界的なニュースとなったレンブラントの逸話の背景とは。
作品を巡る人々のドラマで引きつける、美術ドキュメンタリー

レンブラントは誰の手に© 2019DiscoursFilm

17世紀、オランダ絵画黄金時代の巨匠レンブラント・ファン・レインの作品を巡る実話を映すドキュメンタリー。監督はオランダで美術ドキュメンタリーを専門とする、『みんなのアムステルダム国立美術館へ』のウケ・ホーヘンダイクが手がける。競売に周辺作品(弟子の描いたものなど)として出品された絵画が実はレンブラントの真作だったという発見、フランスのロスチャイルド男爵が売却を決めた、一対の婚礼肖像画の争奪戦などについて、静かな目線で見つめていく。主要な登場人物は、美術研究者で画商のヤン・シックス(11世)、フランスのエリック・ド・ロスチャイルド男爵、アムステルダム国立美術館の現館長で当時は絵画部長だったターコ・ディビッツ、オランダの美術史家でレンブラントの専門家エルンスト・ファン・デ・ウェテリンク教授、スコットランドのバックルー公爵、映画の撮影時にアムステルダム国立美術館の館長だったウィム・パイベスほか。作品とのつながりが深い家系のなかで自身の実力を立証しようとする若手の画商、レンブラント作品を所有し愛好する富裕層、美術品を新たに購入する、または手放すコレクター、良質な作品を大切に展示したい美術館スタッフ、有名な作品の国外流出を阻止しようと介入する政治家などなど。レンブラント作品だけが主役ではなく、作品を巡る人々のドラマで引きつける、味わい深い美術ドキュメンタリーである。

レンブラントは誰の手に

オランダの貴族の家系に生まれ、レンブラントが描いた貴重な肖像画のある家で育った、若き画商ヤン・シックス。彼はある日、ロンドンの競売クリスティーズに出されていた《若い紳士の肖像》に目を奪われる。レンブラントが描いたものだと本能的に感じた彼はその絵画を安値で落札。本物であれば、巨匠レンブラントの知られざる新たな作品が発見されるのは44年ぶりであり、専門家や美術史家らもヒートアップしていくが……。
 一方、フランスの富豪ロスチャイルド家が何世代にも渡って所有していたレンブラントの絵画《マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像》が2点で1億6000万ユーロ(約200億円)という高値で売りに出される。滅多に市場には出回らない見事な2枚の絵画を獲得するべく、レンブラントの母国であり、その作品を多数収蔵するオランダのアムステルダム国立美術館が動き出し、世界最多の入場者数で知られるフランスのルーヴル美術館と争奪戦となり、絵の価値などわからない国の要人まで介入する事態となってゆく。

レンブラント没後350年の2019年に、アートを愛するホーヘンダイク監督により製作されたドキュメンタリー映画。劇中では、2018年5月に画商のヤン・シックス(11世)が2016年末に競売にて約13万ポンド(約1900万円)で落札した《若い紳士の肖像(Portrait of a Young Gentlemen)》(1634年頃)が、これまで知られていなかったレンブラントの真作であると判明したこと、2015年9月にアムステルダム国立美術館とルーヴル美術館がロスチャイルド男爵から《マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像(Pendant portraits of Maerten Soolmans and Oopjen Coppit)》を共同購入したこと、さらには2014年にヤン・シックス(11世)がケルンのオークションハウスで落札した、聖書のシーンを描いた作者不明の絵画を、レンブラントの初期の作品である(現在のタイトル《Let the Children Come to Me》)と見抜いたこと、といった美術において世界的なニュースとなった逸話の背景を映している。純粋に、誠実に、野心的に、傲慢に、愛執の念で、さまざまな思いでレンブラント作品に引きつけられる人々の姿が臨場感をもって映され、強いエネルギーを放っているのが面白い。本作を「アートスリラーとしてつくりたかった」というホーヘンダイク監督は、自国が誇る巨匠レンブラントの魅力について語る。「レンブラントは実に興味深い人物です。計り知れないほどの真実味、情緒性、共感が彼の作品に潜んでいるかのごとく、レンブラントの作品を見る者すべてが、ついつい、その絵画のなかの人物と自分自身とを照らし合わせてしまうのです」

《マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像》

登場人物はオランダの美術関係者を中心に。軸としては、オランダの貴族の家系でありレンブラント作品に特化した目利きである美術研究者で画商のヤン・シックス(11世)のエピソードが中心となっている。彼を主役にした理由について監督は語る。「私の地元であるアムステルダムで、かの有名なシックス家の御曹司であるヤン・シックス11世が、家族の歴史や自身の父親のプレッシャーから逃れようとしているということを知りました。私は映画監督として、彼が素晴らしい主人公になりうると即座に思ったのです。誰もが共感できる、普遍的な動機が彼の中に潜んでいると感じたのです。ヤンの、自分だけが持っている価値を証明しようとする情熱、あるいは、欲求とも言うべき熱意は、まるでシェイクスピアの戯曲に登場する主人公のようです。シックスが、自分の目標を達成するためならすべてを賭ける意志があることは、最初から明らかでした」
 フランスの富豪であり相続税対策のために代々所有してきたレンブラントの絵画《マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像》を手放すエリック・ド・ロスチャイルド男爵、その一対の絵画の購入のために資金集めに奔走する、撮影当時はアムステルダム国立美術館の絵画部長で現館長であるターコ・ディビッツ、当時は同美術館の館長だったウィム・パイベス、ヤン・シックス(11世)が作品の真贋について相談する美術史家でレンブラント専門家のエルンスト・ファン・デ・ウェテリンク教授、スコットランドの公爵でレンブラントの《読書をする老婦人》を所有するバックルー公爵、11世の父であるシックス・コレクション理事長のヤン・シックス(10世)、《ミネルヴァ》など数点のレンブラント作品を購入し話題となったニューヨークの実業家であり美術品収集家トーマス・S・カプラン、ヤン・シックス(11世)がレンブラントの真作と見抜いた《Let the Children Come to Me》の購入を検討する美術品収集家のエイク&ローズ=マリー デ・モル・ファン・オッテルロー夫妻、ヤン・シックス(11世)が絵画の修復を依頼する絵画修復家のマーティン・ベイル、ヤン・シックス(11世)と競売の落札時のトラブルで争う画商のサンダー・ベイル、ルーヴル美術館の絵画部長セバスティアン・アラールほか、オランダの教育文化科学相やフランスの大臣などレンブラント作品に関わるさまざまな人物が登場している。

オランダ貴族の御曹司ながら、小脇に絵画をはさんで自転車で河沿いにある自身のギャラリーに通うヤン・シックス(11世)。彼はレンブラントが描いた有名な肖像画のひとつ《ヤン・シックスの肖像(Portrait of Jan Six)》(1654年)から数えて11代目の人物だ。肖像画に描かれた初代ヤン・シックスは貿易商を営む裕福な家に生まれ高い水準の教育を受け、有名な医師の娘と結婚したことで強大な後ろ盾を得て判事や市議を務め、詩作や戯曲を執筆し、1691年には73歳でアムステルダムの市長になった。また美術品収集家でもあった彼はレンブラントとは友人たちと共に交友関係にあり、交流があった時期に画家本人から直接作品を購入した。シックス家はこの作品のほか数点のレンブラントの絵画を含めて、飾ってあるだけでも230枚の肖像画をメインとする相当数の美術品を、ヤン・シックス(10世)が理事長を務めるシックス・コレクションとして有している。レンブラントの肖像画が17世紀当時から現代に至るまで多くの人を惹きつける理由について、監督は語る。「17世紀のアムステルダムの住人たちは、レンブラントに自分の肖像画を描いてもらおうと列をなしたほど、人々にとって特別な存在でした。彼はいつだって人物の奥の顔を見つめ、真実の姿を描き出した。レンブラントは決して描く人物を持ち上げるようなことはしなかった。彼は、描く人物のうぬぼれやうわべだけの飾りをすぐに見抜いたのです」

レンブラントは誰の手に

本作では、レンブラントの真作を全体や引きや寄り、超クローズアップなどさまざまに繊細に映し出しているのが見どころのひとつ。修復作業の過程や真贋の鑑定の経緯をとらえ、一流の絵画にまつわる裏舞台がわかるのも興味深い。監督はレンブラントをテーマに選び、本作の制作と取材のなかで見出したことについて語る。「大画家たちが活躍したオールドマスター時代は、非常に私の心をくすぐります。それに、レンブラントの絵画にここまで近づくことができたのは、とても光栄なことであったし、私にとって大きな喜びでした。このような名作を所有する絵になるエリートたちと接することができたことで、私は新しい扉を開くことができました。なかなか、開く機会のない扉です。この世界は主に、裕福で年配の白人男性が牛耳っているものの(レンブラントの作品を所有する女性にはまだ一度も出逢ったことがない)、どの時代にも通じる普遍的なテーマをそこに見つけることができたのです。うぬぼれ、野心、狩る本能、金欲、傲慢、情熱というのは、人間ならば誰もがもっているものだから」
 また劇中でアムステルダム国立美術館の現館長ターコ・ディビッツがロスチャイルド男爵の住居を訪れた際、その住まいの魅力を独白で具体的かつ簡潔にさらりと伝え、彼の確かな美意識や知性が伝わるシーンがある。ホーヘンダイク監督はディビッツの言葉を引用し、レンブラントが描いた数々の人物画に共通する普遍性について語る。「彼の人へのまなざしや人物の描き方は、完璧な人生などなく、誰もが不完全であり、それこそが人間である、ということに気付かせてくれます。そのように、レンブラントは17世紀に生きた人間でありながら、我々を映し出す鏡のような存在なのです。我々をからかい、くすぐる鏡です。ターコ・ディビッツは、『レンブラントの作品は、人間賛歌だ』と言っています」

ウケ・ホーヘンダイク監督は1961年アムステルダム生まれ。ユトレヒト芸術学校を卒業後、オランダで美術ドキュメンタリーを専門として活動し、映画『みんなのアムステルダム国立美術館へ』は世界的に高い評価を得て、モントリオール国際映画祭のドキュメンタリー賞など国内外で数々の映画賞を受賞した。余談ながらオランダの名前は日本人には性別がわかりにくく、筆者は写真を見て知的な美しさのあるスレンダーな女性監督だと知った。『レンブラントは誰の手に』は、2016年から撮影を始め、レンブラントの作品を収蔵する美術館や個人で所有する人、作品とさまざまに関わりのある人々と会って話し、取材と撮影を続けていったとのこと。監督としてレンブラントから受けた影響について、ホーヘンダイク監督は語る。「ある意味、レンブラントの手法は私の映画の作り方に大きな影響を与えています。私は、人を批判することなく、できるだけ人の奥底に眠る要素を見るようにしています。いつだって、撮影する対象に感情移入をし、愛をもって接するようにしています。お互いの信頼関係を築くために、長い時間をかけて、そこに多くのエネルギーを注ぐ。そういった“心の契約”のようなものがなければ、作品は絶対にうまくいかないのです」

レンブラント作品に関わるさまざまな人々が登場するドキュメンタリーである本作。そもそもフィクションの多くは起承転結や物語性がわかりやすく、有名俳優が出演していると印象に残るし、俳優の有名度や人気度や演技力や年齢などでキャラクターの重要度がわかるので、内容の読み解きにも自然とつながる。しかし登場人物が多いドキュメンタリーで、しかも日本語や英語ではない場合は話し言葉の内容も耳に入ってきにくいし、誰が誰なのかの区別、顔や名前や仕事や肩書などが一致しないまま展開に追いつけなくなる場合も少なくない。この映画のおすすめとしては、観る直前に公式HPにある登場人物たちの顔とプロフィールを確認して、頭に入れておくとより内容がわかりやすくなるだろう。
 「ひとかけらのパンを持って、この作品(《ユダヤの花嫁》1666年頃)の前に2週間座っていられるのならば、自分の人生の10年を捧げたってかまわない」(画家フィンセント・ファン・ゴッホの言葉、1885年)
 映画では、バックルー公爵がレンブラントによる肖像画《読書する女性(An Old Woman Reading)》(1655年頃)を“彼女”と呼び、一緒に読書をする静謐なシーンがある。飾る場所を変えようと住まいである城のどこがいいかと考えながら歩き回り、大きな暖炉の真上となった。この絵には暗闇で本を読む老齢の女性の姿がある。オイルかろうそくの明かりで読んでいるのだろう、下方から顔全体にやわらかな光があたっている様子は、まるで暖炉の火の明かりが当たっているかのようで、現実の世界にしっくりとなじんでいる。ゴッホも熱望したくらい、一般的には考えられないほど贅沢な時間が日常であり、絵画を代々大切に受け継ぎ愛して向き合うイギリスの貴族に、美術品への姿勢としてはとても真っ当であるようにも感じる(彼らの先祖が美術品や領土を含む莫大な資産をどのように手に入れたかは脇に置いておくとして)。ホーヘンダイク監督は原題が『My Rembrandt』である本作のテーマについて、このように語っている。「私は『レンブラントは誰の手に』で、プロットと役柄がはっきりと描かれたシェイクスピア劇のようなものを作りたかった。主役陣はみな、誰もが共感できるような明確な動機をもっています。レンブラントの絵画への深い愛、社会的地位の獲得、国家のプライドなど、動機はさまざま。これは教育のためのドキュメンタリーではなく、むしろフィクションの映画であり、見る者が物語を追いながら思わずドキドキしてしまうような内容です。この作品を作るにあたって、主要人物たちとの信頼関係は欠かせなかった。それぞれにまったく違う世界に生きながらも、少なくとも彼ら全員に共通するものがひとつだけある。それは、レンブラントに対する強烈な想い。レンブラント本人ではなく、むしろ、主要人物たちの情熱こそがこの作品の主役です。この映画を観た後、私たちは『レンブラントのレガシーをどう扱うべきか』ではなく、『レンブラントのレガシーは、私たちをどこへ導くのか?』と思うはずです」

参考:「The New York Times

2021年2月19日更新

作品データ

公開 2021年2月26日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
制作年/制作国 2019年 オランダ
上映時間 1:41
配給 アンプラグド
原題 My Rembrandt
監督・脚本 ウケ・ホーヘンダイク
出演 ヤン・シックス
エリック・ド・ロスチャイルド男爵
ターコ・ディビッツ(アムステルダム国立美術館)
エルンスト・ファン・デ・ウェテリンク教授
バックルー公爵
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。