eHills Club 試写会日記

毎週、映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ! 傑作でもB級でも映画ってやっぱり素敵!!

Arc アーク

ケン・リュウ原作×石川慶監督×芳根京子主演
人類史上初めて永遠の命を得た女性の人生を描き
SFの世界を通して死生観を見つめる人間ドラマ

Arc アーク©2021映画『Arc』製作委員会

ケン・リュウのSF短編『円弧(アーク)』を、『蜜蜂と遠雷』の石川慶が監督・脚本・編集を手がけて映画化。出演は、『ファーストラヴ』の芳根京子、『キネマの神様』の寺島しのぶ、『さんかく窓の外側は夜』の岡田将生、『花束みたいな恋をした』の小林薫、『浅田家!』の風吹ジュンほか。近未来、17歳の時に産んだ息子と別れて放浪生活を送っていたリナは、19歳で師となるエマと出会い、新しい仕事<ボディワークス>で頭角を現す。最新技術により不老不死が可能となり、人類史上初めて永遠の命を得た女性の人生を描く。不老化処置を受ける自由、受けない自由、人体にまつわる科学を巡る論争、さまざまな思想や状況があるなか、最初の女性となったリナはどう生きてゆくのか。充実のスタッフにより作り込まれた映像や美術や衣装が美しく、オリジナルの世界へと引き込む。SFの世界観と登場人物それぞれの生き方を通して、観る人それぞれに考えることを促すかのような人間ドラマである。

そう遠くない未来。17歳の時に産んだ息子と別れて放浪生活を送っていたリナは、19歳で師となるエマと出会い、彼女のいるエターニティ社で<ボディワークス>を作る仕事に就く。それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術(プラスティネーション)する仕事だ。月日は流れ、<ボディワークス>は芸術として広く認められるようになり、30歳となったリナはエターニティ社のスターアーティストとして活躍。一方、研究者であるエマの弟・天音はプラスティネーションを応用し、「不老不死」の技術を完成。その処置を最初に受けたリナは30歳の姿のまま、天音と共に終わりのない人生を選ぶ。そして天音は美しい島に、不老化処置を受けていない人々が最期を迎えるための施設を創設。その後、思いがけないことが起きた50歳の時を経て、89歳のリナは5歳の娘ハルを育てながら、不老化処置を受けていない人々のための施設を経営。リナは新たに入居してきた仲睦まじい夫婦・利仁と芙美と知り合い……。

岡田将生,寺島しのぶ

エマ「生きることの対極が死ではなく、生きることの中に死がある」
 天音「死を生と偽ることは間違いだ」
 劇中に印象的なセリフがしばしばある本作。これだけが正しい、ということではなく、それぞれの信念について否定することはせず、登場人物それぞれの生き方からどう考えるかを投げかける感覚が魅力だ。石川監督は東北大学の物理学科を卒業後、ポーランド国立映画大学で演出を学び、海外での映画製作を経て日本で活躍しているユニークな経歴の持ち主。原作で描かれている「不老不死」について、監督は「いかにして“老いと死”を止めるか」という昔ながらの内容ではないと語る。「今は、アンチエイジングや医療が発達し、寿命自体も延びています。死なないというよりも、生きている時間が延びることによって、どういうことが起きるのかが、今の問題なのではないでしょうか。そう考えた時に、アップデートされた“不老不死”の物語は、実はほとんど無いと気がつきました。そういう点でも、原作の『円弧(アーク)』は、まさに今の『不老不死』の物語であると思いました」
 原作者ケン・リュウは、エグゼクティブ・プロデューサーとして映画の製作に参加。脚本開発から共に世界観を創り上げていったこと、小説を映画化することについて、映画のスタッフとキャストを称賛しこのように語っている。「映像的な隠喩や物語のテンポ、登場人物たちの性格付けに関連する事柄に至るまで、映画の脚本を読み込み、提案する作業はとても喜ばしいものでした。素晴らしいことに、映画の製作チームの皆さんと同じ波長で通じ合うところが感じられ、多くの提案を作品に役立てていただけました。私は原作の映画化とは原典に依拠しながらも、その映画作品単体で独立した美学、到達点、視点を有する芸術であると考えています。最良の場合、《原典》と《映画》の両者が、それぞれ単体では成しえなかったことを成し、芸術という領域において相互の“対話”が成立して、真価を発揮すると考えています。『Arc アーク』に関して、石川監督をはじめ、本作のチームは、これを見事に成し遂げたと信じています」

17歳で出産し30歳で不老化処置を受けるリナ役は芳根京子が、17歳から100歳以上を生きるさまを表現。現在24歳の芳根は、オファーのあった時点では「もっと年齢と経験を積んでいれば」と思い、「今の自分では難しい」という不安があったなか、監督と話し合い出演を決断したとのこと。2021年6月2日に東京で行われた完成報告会にて、役作りについてこのように語った。「1人では作れなかった役だなと思っています。撮影の前にいろいろ考えても想像がつかなくって、石川監督とたくさんお話させてもらったんですけど、現場で感じたことを表現しようとなりました。石川監督とは、がっつり二人三脚で同じ歩幅でいろんな感情を共有しながらリナという女性を作っていきました」
 遺体を生きているかのように保持する<ボディワークス>の先駆者であり、リナが師と仰ぐエマ役は寺島しのぶが、愛と信念を貫く人物として。エマの絶望は老いではなく、愛する人と2度と会えないこと、という寺島の表現が非常にクリアで胸を打つ。姉・エマと対立し、ストップエイジングの研究を進める天音役は岡田将生が、不老化処置を受けていない人のための施設に新たに入居する夫婦、利仁役と芙美役は小林薫と風吹ジュンが、エターニティ社のリナの同僚・可南子役とその娘・奈々役は清水くるみが、ストップエイジングの研究スタッフ佐々木役は井之脇海が、15歳の天音役は中川翼が、135歳のリナ役は倍賞千恵子が、それぞれに演じている。

芳根京子

物語の前半にあるクラブでのダンス・シーンは映画オリジナルであり、石川監督は「“身体性”が大きなテーマだと思っていましたので、ダンスを入れました」とコメント。振付は国内外で活躍するダンサーで振付師の三東瑠璃が手がけ、エマとリナによる<ボディワークス>でのプラスティネーションの“舞”も担当。どこか弓を引くような、大型の楽器を奏でるような、エマとリナのポージングは凛として、またその際の遺体役をダンサーが演じていることもあり、プラスティネーションのシーンは独特のアート性を感じるシーンとなっている。このシーンの魅力について、ケン・リュウは雄弁に語る。「エマによる<ボディワークス>のポージングを初めて目にしたとき、生者と死者がストリングス(紐)を通じて舞い踊る様はまさに並外れたものだと感じました。事前に脚本を読んでいたので、この場面が登場することは知ってはいましたが、いざその映像を目の当たりにすると息をのみました。これこそ小説では表現し得ない映画の魔法であり、フィルムメーカーたちの織りなす、振付・演技・カメラワーク・小道具・照明・衣裳、そして演出が渾然一体となり、直接的に視覚に働きかけ、文字通り物語に『生命』をもたらしています」

石川監督はSF小説の映画化と美術について、完成報告会見でこのように語った。「美術に凄いこだわりました。これだけの役者さんに集まってもらって演技は良いのに、SFだと、世界観が作り切れてなくて残念に思うことがある。だから、この作品ではそんなことがないように作りこみました」
 劇中では、携帯電話、パソコン、キーボードは最新型でもすぐに古くなるから出さない、車も基本的なタイプで、“誰も見たことのない未来のデザイン”はしない、これまで長く生き残ってきたデザインはこれからも存在する、という視点で。エマとリナが勤めるエターニティ社は、丹下健三が設計した香川県庁舎にて撮影。外観はそのまま活かし、工房は県庁の2階に、石川監督の「『未来世紀ブラジル』の世界観で」というイメージのもと美術担当の我妻弘之が木や布など温もりのある素材で作り込んだ。そのほかの撮影は、冒頭の17歳のリナが後にする灯台のシーンは香川県の男木島にて、エマの瀟洒な自宅は小豆島の個人宅にて、89歳のリナと娘のハルが暮らす家は、淡路島のギャラリーにて、小豆島と淡路島を中心に行われた。

小林薫,風吹ジュン

中国系アメリカ人作家である原作者のケン・リュウは、1976年、中華人民共和国甘粛省生まれ。子どもの時に両親と共に渡米し、アメリカで育つ。ハーバード大学で法律を学び、法務博士号を取得。卒業後は弁護士やプログラマー、中国語書籍の翻訳者として働くなか、2002年に短篇「Carthaginian Rose」で作家デビュー。2011年に発表した短篇「紙の動物園」で、ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞という史上初の3冠を受賞。劉慈欣の「三体」など中国のSF作品の英語翻訳も手がけている。映画の原作である短編「Arc」は、2012年にアメリカの雑誌『Fantasy & Science Fiction』に発表した短編。日本では、2017年の『もののあはれ ケン・リュウ短篇傑作集2』には「円弧(アーク)」として、2021年5月に発売された『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』には「Arc アーク」として収録され読むことができる。ケン・リュウはこの物語を執筆した時、「当時に開催されていたプラスティネート(人間や動物の遺体または遺体の一部に含まれる水分と脂肪分を、プラスチックなどの合成樹脂に置き換えることで保存可能にする技術)された人体の展示と、『人はいずれ150歳〜200歳まで生きるだろう』という“未来派主義者”たちの楽観的発言」という2つに興味を持ったという。そしてプラスティネートの歴史と延命の科学を調べるなか、こう考えたという。「永遠の若さを賛美することは、一見望むべきことのようにみえて実は、調べれば調べるほど深まっていく倫理的で哲学的な“問い”を含んでいました。私はこうしたいくつかの“問い”についての物語を書こうと決意したのです。ですが、この問いかけに対し、答えをもたらそうという思いはありませんでした」
 この物語のタイトルについて、石川監督は語る。「円とは違って、始まりと終わりがあるのが『円弧』ですよね。リナの選択もそうですが、たとえたどり着いた終点が出発点と同じだとしても、そこまでの軌道に意味があるということだと受け取っています。どんな経験をして、どういう過程を通ってそこに到着したのか。そのプロセスに、人生の意味があるということではないでしょうか」

本作では“不老不死”が描かれているものの、ストーリーとして筆者が個人的に引かれたのは、登場人物が時間を重ねていくなかで、愛により人生を選択してゆくことだ。現実でそのシンプルさをもつことは容易ではないし、そもそも人生でそれほどの愛を見出すに至るかというところもあるが、物語ではテーマとして考えることができる喜びや愉しさがある。ケン・リュウは原作の物語に込めたメッセージを語る。「私は読者に『若さとは何なのか』、『なぜ老いと死を恐れるのか(恐れないのならば、それはなぜか)』を考えて欲しかったのです。有限の生が人生にどのような意味をもたらすのか? 子孫と遺産を媒介に成立する不死は、真の不死にとっての単なる代替品に過ぎないのか? あるいはそれを超越するものなのか? 私は読者に自分自身のために答えを見出してほしいと願い、この物語を執筆しました」
 いまの世界と本作について、石川監督はこのように語っている。「現実と地続きの物語になったと改めて思います。世の中がこれだけ目まぐるしく変化しているなか、映画では答えを提示していませんので、観るたびに感じ方が異なる作品になったのではないでしょうか。今、そして数年後にも、観ていただけたらうれしいですね」

2021年6月11日更新

作品データ

公開 2021年6月25日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2021年 日本
上映時間 2:07
配給 ワーナー・ブラザース映画
原作 ケン・リュウ
監督・脚本・編集 石川慶
脚本 澤井香織
音楽 世武裕子
出演 芳根京子
寺島しのぶ
岡田将生
清水くるみ
井之脇海
中川翼
中村ゆり
倍賞千恵子
風吹ジュン
小林薫
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。