ウエスト・サイド・ストーリー

傑作ミュージカルをスピルバーグ監督が映画化
キレのあるダンスと実力派たちが歌う名曲で魅了
敵同士の許されない恋と分断が招く悲劇を描く

  • 2022/01/25
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ウエスト・サイド・ストーリー©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』をモチーフにした傑作ミュージカルを、スティーブン・スピルバーグ監督が映画化。出演は、『ベイビー・ドライバー』のアンセル・エルゴート、約3万人のオーディションから選出された新人レイチェル・ゼグラー、1961年版の映画『ウエスト・サイド物語』でアニータを演じ、アカデミー賞助演女優賞を受賞したリタ・モレノほか。振付はニューヨーク・シティ・バレエの専任振付師で、トニー賞受賞経験のあるジャスティン・ペック、指揮はパリ・オペラ座の音楽監督グスターボ・ドゥダメル、脚本はスピルバーグと共にトニー賞とピューリッツァー賞の受賞経験があるトニー・クシュナーが手がける。1950年代のニューヨーク、プエルトリコ系移民のリーダーの妹マリアとヨーロッパ系移民のもとリーダーのトニーは、対立するグループと関りがある者同士と知りながら激しい恋に落ち……。情熱的に燃え上がる若い2人の恋を切なく、人種差別や分断による対立や混乱が招く悲劇を描く。作曲レナード・バーンスタイン、作詞スティーブン・ソンドハイムによる名曲の数々、生き生きとした躍動的なダンスを、一流のスタッフとキャストが新しい作品としてつくり上げた、上質なミュージカル映画である。

1950年代のニューヨーク、マンハッタンのウエスト・サイド。夢や自由、成功を求めて世界中から人々が集まっていた。しかし貧困や人種差別など社会への不満がくすぶり、若者たちはグループでの縄張り争いを繰り返している。なかでもヨーロッパ系移民の<ジェッツ>と、プエルトリコ系移民の<シャークス>は激しく対立。ジェッツのリーダーであるリフは、シャークスのリーダーのベルナルドに、決着をつけたいと申し出る。一方、ダンスパーティーで出会ったジェッツのもとリーダーのトニーと、シャークスのリーダーの妹マリアは強く惹かれ合い……。

アンセル・エルゴート,レイチェル・ゼグラー,ほか

主役2人をはじめ実力派のキャストたちによる名曲、キレのあるダンスで引きつけるミュージカル作品。原作のブロードウェイ・ミュージカル「ウエスト・サイド物語」は1957年に初演され、トニー賞2部門を受賞。1961年に映画化され、アカデミー賞にて作品賞・監督賞・助演女優賞・助演男優賞を含む10部門を受賞、日本では1961年12月の劇場公開から511日間のロングラン上映となったという、ほかにもさまざまな意味で伝説的な作品だ。名作の映画化のリメイクなら良くて当然、という向きもあるかもしれないが、そう簡単ではない。そうした作品だからこそ容易には触れられないものに手を入れる重圧を受けとめ、原作の舞台と前作の映画を尊重したうえで、また違う何かを打ち出すという大きな挑戦に、信念や誠実さ、強い創作意欲をもって真摯に取り組んだということがよく伝わってくる。スピルバーグは自身で手がける初めてのミュージカル映画となった本作への思い入れを語る。「私が挑むべきミュージカルをずっと探し続けていました。『ウエスト・サイド・ストーリー』のレコードを10歳の時に聞いて以来、頭から離れません。長年の夢が実現し、ついに映画化できたのです」

ヨーロッパ系移民のグループ<ジェッツ>のもとリーダーで、今はドラッグストアの店員をしているトニー役はアンセル・エルゴートがマリアに夢中になる青年として、プエルトリコ系移民の<シャークス>のリーダー、ベルナルドの妹マリア役はレイチェル・ゼグラーがトニーと共に生きようと決意する女性として共に好演。レイチェルは、オーディションに「Tonight」「I Feel Pretty」を歌ったビデオで応募し、30000人以上のなかからマリア役に選出されたとのこと。動画サイトには彼女がさまざまな曲を歌う姿をアップしており、21歳にして高い表現力をもつシンガーであることがわかる。すでにディズニーの実写版『白雪姫』の主演に決定というニュースもあり、「Someday My Prince Will Come」などをレイチェルが瑞々しい美声で歌うことも楽しみだ。
 トニーの親友でジェッツの現リーダー、リフ役はマイク・ファイストが、シャークスのリーダー、ベルナルド役はデヴィッド・アルヴァレスが、ベルナルドの恋人アニータ役はアリアナ・デボーズが、トニーが働くドラッグストアの店主ドクを亡くした未亡人バレンティーナ役はリタ・モレノが、それぞれに演じている。トニー賞受賞者といったブロードウェイで活躍している歌とダンスの実力で知られる面々が出演している。個人的には、打ちひしがれているアニータがジェッツのメンバーに襲われそうになるなか、ジェッツの女の子が「やめて」とかばおうとするところに胸を打たれた。思えば、悲哀の底にいるアニータに恋の逃避行の手伝いをさせるマリアは、ほかに誰もいないし“恋は盲目”となっているとはいえ残酷だ。ふと、以前に舞台や映画で『ウエスト・サイド・ストーリー』を観た時には、マリアやトニーたち若い世代の視点で、数日間のうちに次々と展開して悲劇に帰結する内容に圧倒されたものの、年を重ねた今はアニータやベルナルドたちの視点で観ていると気づいた。そして後年に観ればドクやバレンティーナの視点となるのだろう。観客がそうした変化を味わえることも、この物語にある普遍性なのだと実感した。

アリアナ・デボーズ,ほか

この映画のテーマで色濃く表現されているのは、悲劇の引き金となる分断だろう。スピルバーグ監督は本作の脚本づくりに5年かけて取り組み、人々の分断について改めて深く考えたと語る。「考えの異なる人々の間の分断は昔からあります。ミュージカルで描かれた1957年のシャークスとジェッツの分断よりも、私たちが直面している分断の方が深刻です。5年をかけた脚本づくりの過程で気づきました。分断は広がり、もはや人種間の隔たりは一部の人の問題ではなくなった。私たち皆が直面している問題なのです」
 マリア役のレイチェルは、ポーランド系の子孫である父とコロンビア人の母との間に生まれたアメリカ人であり、この作品のテーマについて彼女は語る。「この物語は明らかに社会で起きていることとずっと関連性を保っているわ。この映画には多くのメッセージがあると思うの。なかでも最も重要なもののひとつは、“私たちには居場所がある”ということ。本作で歌われる楽曲はただの希望の歌ではなく、大きな宣言だと思うわ」

作曲レナード・バーンスタイン、作詞スティーブン・ソンドハイムによる『ウエスト・サイド・ストーリー』の楽曲の数々は、何度聴いても胸に響くナンバーがそろっている。なかでもトニーとマリアが“今夜からあなたしか見えない”と歌う「Tonight」は、恋に落ちた若い2人の喜びを爽やかに表現。またアニータと仲間たちがアメリカを賛美するアップテンポのナンバー「America」は、迫力のダンスと相まって見ごたえのあるシーンとなっている。さらに、一目ぼれしたマリアを恋い慕うトニーのラブソング「Maria」、マリアが恋の熱にのぼせるままに甘い気分を歌う「I Feel Pretty」、オリジナルではトニーとマリアが“どこかに僕らの場所がある”と歌った「Somewhere」を、この映画ではバレンティーナが苦悩を滲ませ歌い上げている。これまでに多くのアーティストがカヴァーしてきた「Somewhere」を、トニーとマリアが未来を夢見る希望の歌ではなく、あえてリタ・モレノが演じる年老いた未亡人が祈るように切に歌うことを采配していること、またシャークスの青年たちがプエルトリコ自治連邦区の公式な歌「La Borinquena」を歌うことに監督の意図を感じる。スピルバーグ監督はこの作品の名曲への思いをこのようにコメントしている。「『ウエスト・サイド・ストーリー』のことをよく知らない若い人たちも、『Tonight』などの曲にはどこか馴染みがあると思う。そして多くの人たちが、偉大な作曲家・作詞家たちが何十年も前に、いかに素晴らしい作品を作り出したかを知ってくれるといいな」
 25歳の時に『ウエスト・サイド物語』の楽曲の作詞を担当した後、ピューリッツァー賞のミュージカル部門を受賞した『ジョージの恋人』など数々のミュージカル作品を手がけてきた作詞家であり作曲家のスティーブン・ソンドハイムは、全米公開前の2021年11月26日に他界。完成したこの映画を観たソンドハイムは、スタッフとキャストを讃えてこのようにコメントした。「素晴らしい作品でした。本当に幸せな時間を過ごせますのでぜひ皆様劇場に足を運んでください。全体に輝きとエネルギーがあり、新鮮に感じられます。スティーブン・スピルバーグ監督と脚本を担当したトニー・クシュナーは本当に作品を完璧に仕上げてくれました」
 そして2021年11月29日(現地時間)にニューヨークのウエスト・サイドで行われたワールドプレミアにて、スピルバーグ監督はソンドハイムを悼み、このようにコメントした。「ソンドハイムは、アメリカで最も偉大なソングライターの一人であり、天才的な作詞家・作曲家であり、これまでも最も輝かしいミュージカルドラマをいくつも生み出した、アメリカ文化における偉大な人物です。彼がいなくなるのはとても寂しいですが、彼は私たちに、愛することがどれほど偉大で必要なことなのかを教えてくれる作品群を残してくれましたし、これからも教えてくれるでしょう」

ウエスト・サイド・ストーリー

1961年の映画でも当時はアップテンポの歌とダンス、という評だったなか、よりスピーディで緩急のメリハリがあるのが2021年版の特徴。現代的なキレとセンスを感じさせる振付が格好良く、スリリングで臨場感のある群舞も華やかだ。古い名作のリメイクというと若い世代には微妙に思える場合もあるだろうが、この作品は充分に楽しめるはず。スピルバーグ監督はこの映画について、“私のキャリアの集大成”と話し、観客へのメッセージを語る。「これは僕が生涯ずっとやりたいことだったんだ。何十年間にも渡って、人々が愛し続けてきたこの楽曲を、僕たちの映画でも気に入ってくれるといいなと願っているよ」
 白人社会の視点から“米国最大のマイノリティー”といわれるヒスパニック(中南米系)は、これからマジョリティーとなっていくという予測がなされている。アメリカの人口動向について、2021年4月29日に米国シンクタンクのピュー・リサーチ・センターは、2065年にはアジア系は38%、ヒスパニック系は31%、アフリカ系は9%、白人は20%になる、という見通しを発表した。こうしたことを脅威と感じ、白人至上主義の人々は人種差別や排斥をしていくのだろうか。それよりも手を取り合っていく方が成熟した社会として成長し、はるかに合理的で発展が見込めると理解し行動する人たちがリードする世界へと向かっていくことを切に願う。分断が進む社会のなか、この映画『ウエスト・サイド・ストーリー』は人々にどのように響くのか。それは観た人それぞれにしかわからない。少なくとも、こうした結末は起きてほしくない、という祈りは伝わるのではないだろうか。最後に、スピルバーグ監督が簡潔かつ率直に語った『ウエスト・サイド・ストーリー』の魅力についてお伝えする。「あらゆる世代に訴えかける深い物語です。愛はどんな隔たりも埋めてくれます。時代を超えて何度でもこの物語を思い出すことでしょう」

参考:「日本貿易振興機構(JETRO)

作品データ

公開 2022年2月11日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて公開
制作年/制作国 2021年 アメリカ
上映時間 2:37
配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題 WEST SIDE STORY
製作・監督 スティーブン・スピルバーグ
脚本 トニー・クシュナー
作曲 レナード・バーンスタイン
作詞 スティーブン・ソンドハイム
振付 ジャスティン・ペック
指揮 グスターボ・ドゥダメル
出演 アンセル・エルゴート
レイチェル・ゼグラー
アリアナ・デボーズ
マイク・ファイスト
デビット・アルヴァレズ
リタ・モレノ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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