パラレル・マザーズ

ペドロ・アルモドバル監督×ペネロペ・クルス主演の最新作
同じ日に母となった2人がたどる思いがけない出来事を描く
ある史実への切実な思いもくっきりと響かせる人間ドラマ

  • 2022/10/11
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ペドロ・アルモドバル監督と主演ペネロペ・クルスのタッグによる最新作。共演は、本作が長編映画2作目である若手俳優のミレナ・スミット、『アマドール』のイスラエル・エレハルデ、『マシニスト』のアイタナ・サンチェス=ギヨンほか。予想外の妊娠ながらもシングルマザーになると決めたフォトグラファーのジャニスと17歳のアナは、臨月に入院した病院で知り合い、打ち解ける。2人とも無事に出産し、退院後はそれぞれに暮らしていたが……。同日に出産した母たちに起こる思いがけない出来事と、その後の再会、ジャニスがスペイン内戦で犠牲になった曽祖父の遺骨を取り戻すことについて。母であり娘でありひとりの女性である、スペイン人としてのジャニスの目線から、迷いや苦悩、誇りや喜びを描いていく。現代の女性たちのストーリーと共に、アルモドバル監督の史実への思いがくっきりと響く人間ドラマである。

2016年、スペインの首都マドリード。フォトグラファーのジャニスと17歳のアナは、臨月で入院した病院で知り合う。共に予想外の妊娠で、シングルマザーになることを決意していた2人は、同じ日に女の子を出産。再会を誓い合って退院する。その後、ジャニスのもとに愛娘セシリアの父親である元恋人の法人類学者アルトゥロが訪ねてくるも、見た目の特徴から「自分の子とは思えない」と告げられる。後日にジャニスは思い切ってDNA検査を受けると、セシリアが実子ではないと判明。アナの娘と取り違えられたのではないかと疑うが、葛藤の末にジャニスはこの秘密を封印し、セシリアと共に生きていくことを選ぶ。1年後、アナと偶然に再会したジャニスは、アナの娘が亡くなったと知り……。

アルモドバル監督が自身のテーマとして描き続けている“母”の新たな物語。同じ日に母となった2人がたどる思いがけないつながり、ジャニスが祖母から遺言で託された“曽祖父の遺骨を取り戻すこと”について描いていく。監督はこの作品について、「この物語でそもそも描きたかったのは、ジャニスの苦悩であり、彼女とアナ、そして娘たちの物語であり、ジャニスが生きる道徳的ジレンマだ」とコメント。そして主人公のジャニスの「複雑さと意思の強さに私は魅了されている」と話し、自身の2011年の映画『私が生きる肌』を例としてあげ、ジャニスというキャラクターと今回の脚本の執筆についてこのように語った。「執筆の道半ば、キャラクターが命を得ると、作家の手から離れて生き始める時がある。そういう時、書き手は公証人か触媒としてキャラクターの為に仕えるしかなくなる。それは脚本の“妊娠期間”の一部で、いつも第二稿か第三稿を書いている時に起き、私を支配する。執筆のプロセスにおけるこの部分はとても謎めいていて、とても説明が難しい。ジャニスを書いていて、それは起きた。彼女の置かれた状況は、私がこれまで書いてきたどのキャラクターよりも、困難なものだ(『私が生きる肌』のエレナ・アナヤとは並ぶだろう)」

シングルマザーとして愛娘セシリアを育てるジャニス役はペネロペが、思いがけない事実に向き合い、愛娘と生きていくために心を砕く女性として。17歳で妊娠し不安を訴えながらも、出産後は母親として娘アニータをかわいがり懸命に世話をしたアナ役は、ミレナ・スミットが素直で率直な女性として。ジャニスの恋人となる法人類学者のアルトゥロ役はイスラエル・エレハルデが、女優としてようやく主役をつかんだアナの母親テレサ役はアイタナ・サンチェス=ギヨンが、ジャニスの同郷の幼なじみで仕事仲間でもあるエレナ役はロッシ・デ・パルマが、ジャニスのおばのブリヒダ役はフリエタ・セラーノが、それぞれに演じている。アルモドバル監督は複雑な出来事を描くこの作品において、ペネロペについては「真の名演技」、ミレナについては「偉大な新発見」と話し、役者たちの熱演をこのように称えている。「ミレナ・スミットにとって長編映画出演はこれで2作目だが、カメラの前で彼女がすることのすべてには圧倒的な真実が宿っている。ジャニスという旋風のような役を生きるペネロペ・クルスを常に目の前にして芝居をして、食われずにいることはとても難しいことだ。だけどミレナは完璧な対照として、その純粋さ、無垢さでジャニスの闇を引き立たせた。私にはミレナの素晴らしい将来が見える。フリエタ・セラーノとロッシ・デ・パルマがキャスティングを完璧なものにした。彼女たちの出演時間は短いが、魅力に溢れている」
 また劇中では、ジャニス・ジョプリンの「サマータイム」や、マイルス・デイビスの「枯葉」などの名曲が印象的に使用されている。

この映画ではスペインの史実について、監督の思いが表現されているのも特徴だ。劇中でジャニスは、スペイン内戦時にフランコ政権によって殺害され、内戦の戦没者と一緒に共同墓地に埋葬されているジャニスの曽祖父を含む10数人の人々の遺骨を発掘し、各家族のもとに遺骨を引き渡し、家族の墓地に埋葬し直すことを目指して、“歴史記憶を回復する会”のメンバーである法人類学者のアルトゥロに依頼をしている。映画の後半でジャニスとアルトゥロが遺族に、亡くなった家族の特徴や持ち物などについてヒアリングするシーンにある遺族の証言は、すべて事実に基づいているという。実際に、現在のスペイン政府から共同墓地の状況の調査報告を請け負った法人類学者のフランコ・エクセベリアによると、こうした発掘調査においてベストを尽くしても身元を明らかにできるのは全体の遺体の1/4とのこと。国連の報告官アリエル・ダリツキーが2013年にスペインを訪れ、孫やひ孫達の代になってようやく初めて、先祖の墓を開いて彼らに敬意を表すことを求めていることに驚いた、といったことについてもアルモドバルは言及している。フランコ政権時代の共同墓地を映画の“重要なテーマ”のひとつとしたことについて、アルモドバルは語る。「私はこのテーマを細心の注意を払って扱った。私は歴史の恨みを晴らしたいわけではなく、被害者の遺族として、愛する者の名を墓石に刻み、彼らの尊厳を守ることのできる場所に埋葬し、敬意を表す以外のことは何も求めていない。墓地の発掘を求めているのが既に彼らのひ孫の代になっている今、それはスペイン社会が死者に対してすぐにでも果たすべき責任だ」

アルモドバル作品の魅力は、監督自身が私的な内面を深く掘り下げ、世界共通の意識にアクセスするような深い共感を引き出す感覚や、独特の生命力を感じさせる人物描写、鮮やかな色彩感覚やモダンな美術やインテリアといったスタイリッシュなデザイン性、スペインの役者を中心とするスペイン語の会話や表現、伝統的な家族のつながりを色濃く描くところなど、さまざまにある。今回の作品ではそれに加えて、スペインの国家や民族としての歴史を見つめ、事実を次世代に伝えていくこと、遺族への敬意を尊重するために何ができるかを示唆している。作品としての厚みや深度がより増したこの作品は、ワールドプレミアとなった2021年の第78回ヴェネツィア国際映画祭にてペネロペが最優秀女優賞を受賞した。
 また『パラレル・マザーズ』と同じ映画館にて、アルモドバル監督初の英語短編作品である『ヒューマン・ボイス』が同時公開。1930年に初演されたジャン・コクトーの戯曲『La Voix humaine(邦題:人間の声)』をアルモドバル監督・脚本により自由に翻案し、ティルダ・スウィントンが一人芝居で引きつける内容となっている。元恋人に別れを告げられた1人の女性が電話で話すという憂鬱なストーリーながら、部屋のモダンなインテリアやティルダのスタイリングが格好良い。『パラレル・マザーズ』ではアナがMiuMiuのジャージを着るなどカジュアルで現代的な着こなしをしているのに対し、『ヒューマン・ボイス』ではシャネルやロエベなど一流メゾンのバッグが小物として登場し、モード系やエレガントなファッションなどをティルダが次々と着こなしている。『ヒューマン・ボイス』は30分の短編(特別料金800円均一)での上映なので、スキマ時間にちょっと寄って観るのもいいだろう。そしてアルモドバルは現在、新作『A Manual for Cleaning Woman』『Strange Way Of Life』などの撮影を控えているとのこと。スペインを代表する映画作家アルモドバルの作品を、世界中のファンと共に筆者も楽しみにしている。

作品データ

公開 2022年11月3日よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほかにて公開
制作年/制作国 2021年 スペイン・フランス
上映時間 2:03
配給 キノフィルムズ
原題 MADRES PARALELAS
監督・脚本 ペドロ・アルモドバル
出演 ペネロペ・クルス
ミレナ・スミット
イスラエル・エレハルデ
アイタナ・サンチェス=ギヨン
ロッシ・デ・パルマ
フリエタ・セラーノ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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