雪の花 ―ともに在りて―

ある医師の史実を伝える物語を小泉堯史監督が映画化
天然痘から人々を救うべく種痘の普及を目指す
信念のもとひたむきに行動する姿を映す人間ドラマ

  • 2025/01/20
  • イベント
  • シネマ
雪の花 ―ともに在りて―©2025 映画「雪の花」製作委員会

種痘(天然痘の予防接種)の普及に尽力した実在の町医者・笠原良策の史実をもとに吉村昭が執筆した1988年の歴史小説を、『雨あがる』『峠 最後のサムライ』の小泉堯史監督が映画化。出演は、『スオミの話をしよう』の松坂桃李、『カラオケ行こ!』の芳根京子、『PERFECT DAYS』の役所広司、『Dr.コトー診療所』の吉岡秀隆ほか。江戸時代末期、疱瘡(天然痘)によって多くの人命が奪われていくなか、福井藩の町医者・笠原良策は人々を救う方法を見つけようと懸命に考え、模索し行動してゆく。周囲から理解や協力を得ることに非常に苦労し、種痘の苗を福井に持ち込むことの困難、私財をなげうって種痘の普及に取り組む良策と、彼を支える妻・千穂の姿が描かれてゆく。信念をもつ実直な医師が人々を救うために行動した経緯を丁寧に映す、清廉な人間ドラマである。

江戸時代末期の日本。疱瘡(天然痘)が猛威を振るい、多くの人々の命を奪っていた。福井藩の町医者で漢方医の笠原良策は、患者を救いたくとも何もできない自分に無力感を抱くなか、人々を救う方法を見つけようと、京都の蘭方医・日野鼎哉に教えを請う。そこで異国では種痘(予防接種)という方法があると知るが、そのためには「種痘の苗」を海外から取り寄せる必要があり、幕府の許可も必要。実現は困難であるなか、良策は諦めずに説明と行動をし続け、やがて藩、そして幕府をも巻き込んでいく――。

松坂桃李,ほか

記録文学や歴史文学の書き手として知られる吉村昭の小説を、小泉監督が映画化。小泉監督にとって映画の題材を選ぶ基準ひとつが、「その(登場)人物に会ってみたいかどうか」であり、医師・笠原良策にそう感じたという。また小泉監督は、「手がけた作品が公開されるまでは、次の作品のことは考えられない」ことから、『峠 最後のサムライ』の伊藤伴雄プロデューサーと、同作の監督助手を務めた齋藤雄仁が、『雪の花』の脚本作業を先に進め、『峠〜』の公開後に小泉監督が合流し、シナリオを練り上げていくという製作の経緯があった。脚本の執筆について小泉監督は、「実在のお医者さんのお話ですから、当時の資料なども綿密に調べました」と話し、映画としてのイメージをこのように語った。「実際には約20年間の出来事ですが、映画ではもっと短い期間の話にし、良策の若者としての生きる姿を想像しながら、言葉の一つ一つを大事にシナリオ化しました。見終わった後に爽やかな気持ちで、映画館を後にしてもらいたい。希望を抱いていただけたら嬉しい。それが感じられる作品にしようと思っています」

当時の死に至る病・疱瘡から人々を救おうと尽力する福井藩の町医者・笠原良策役は松坂桃李が、信念のもと行動する実直な医師として。松坂は良策の役作りについて、第37回東京国際映画祭で2025年11月2日に行われた舞台挨拶にて、このように語った。「いろんな資料を読んで、それを時間をかけてゆっくり身体の中に入れて現場に入りました。小泉監督のもとで良策を生きることは難しいことでもありましたが、いろんな人たちの手を借りてこの役をまっとうすることができました」
 良策を前向きに励まし支える妻・千穂役は芳根京子が、意外な一面をもつしっかり者として。太鼓を叩くシーンは、芳根本人が実際に演奏。撮影開始の約3カ月前から練習を重ね、まったくの初心者だったところから特訓して上達。劇中では芳根がワンシーンワンカットで、太鼓の演奏を3分以上演奏する力強いシーンとなっている。芳根は『峠 最後のサムライ』に続いて小泉監督作品への出演が2度目となること、役作りの準備をしっかり行なったことについて語る。「小泉堯史組に参加するのは2度目だったのですが、千穂という素晴らしい役に呼んでいただけてとても光栄でした。と同時に、自分に務まるのかすごく不安でしたが、小泉監督から優しさと強さを大切にしてほしいと導いていただきました。今回は殺陣や太鼓、調薬など撮影前から毎日必死に役作りを準備してきましたが、時間をかけた分より丁寧に演じられたと思います」
 また映画『居眠り磐音』以来、松坂と芳根が再び夫婦役で共演したことについて、芳根は前述の舞台挨拶にてスーツ姿の松坂を見ながら、「前回も時代劇で和装の松坂さんを見慣れてしまっているので、今日が逆に新鮮というか(笑)」と笑顔で話し、松坂は冗談を交えて、「前作は結婚する約束まではしていたのですができなかったので、今回無事結婚することができてよかったです!(笑)」とやはり笑顔で語った。そして小泉監督は同舞台挨拶にて、松坂と芳根の共演についてこのように称えた。「本当に素晴らしかったです。歴史上の人物を演じるということはその時代に対する想像力が必要になるのですが、それをきちんと持ってその人物たちを演じてくれました。現場で2人を見ることが本当に楽しかった」
 良策が教えを請う京都の蘭方医・日野鼎哉役は役所広司が、良策が懇意にしている大聖寺藩の町医者・大武了玄役は吉岡秀隆が、福井藩の藩医・半井元冲役は三浦貴大が、福井藩の側用人・中根雪江役は益岡徹が、鼎哉の門人・桐山元中役は沖原一生が、鼎哉の息子・日野桂州役は坂東龍汰が、鼎哉の娘・お愛役は新井美羽が、百姓の与平役は宇野祥平が、与平の娘・はつ役は三木理紗子が、大庄屋の主人役は山本學が、それぞれに演じている。

三浦貴大,役所広司,松坂桃李,ほか

撮影は、福井や滋賀、京都撮影所にて。夫妻が暮らす笠原家のシーンは、江戸時代に建てられた武家住宅、福井県大野市の市指定文化財である旧田村家にて。蘭方医・日野鼎哉の屋敷のシーンは同市の武家屋敷・旧内山家にて。このふたつの場所は映像のロケとしては初めて使われた。そして峠を越えた後のシーンは福井県越前市の旧谷口家住宅にて、良策が何度も歩く道は琵琶湖のほとりの松林にて、太鼓を叩くシーンは滋賀県近江八幡市の奥石神社にて撮影。小泉監督は時代劇を作るのに撮影場所は重要だと語る。「今の時代、予算的にも技術的にも、時代劇のセットを新たに作るのは難しい。でも、いいロケーションが見つかりさえすれば、セットではなかなか生み出せない重み、リアリティを出すことができます。撮影可能な場所で、かつ俳優さんが演じやすい場所を探すのはなかなか難しいんですが、今回もスタッフが頑張ってくれました」
 また室内のセットや道具は美術・装飾部が、日本初のくすりに関する資料館である内藤記念くすり博物館などを取材し、当時の道具を探したり、資料をもとに精巧につくったりするなどして用意。良策が生薬を粉末状にするための道具・薬研(やげん)を使うシーンで使われている道具は、実は黒澤明監督作品『赤ひげ』で使用されたものである、というから興味深い。小泉監督は、黒澤明監督に脚本作り、準備、撮影、仕上げまですべてを師事し、映画のさまざまな手法を学び、黒澤監督の遺作の脚本「雨あがる」で監督デビューした“黒澤明監督の最後の弟子”であることは周知の通り。そうしたつながりから今回の映画のシーンのために、黒澤家に保管されている貴重な道具を借りて撮影したそうだ。
 そして「フィルム撮影のリズムが好きなんです」という小泉監督作品の撮影はすべてフィルムであり、基本的にワンシーンワンカットで行われる。今回の映画でもアクションや太鼓の演奏シーンなどもワンシーンワンカットで撮影、そうしたこだわりについて小泉監督は、「俳優さんの芝居を、途中で切るのは好きじゃないんですよ」と理由をあげる。そして黒澤監督からの影響でもあると語っている。「自然な感情の流れを切ってしまうのはよくない。それは黒澤明さんがそういう撮り方でしたからね。スタッフも黒澤組でやってきたスタッフですし、僕にはその方法が合っている。カメラが常時2台はありますから、編集でカットは細かく割れますし、一番慣れている方法でやっているということです」

松坂桃李,ほか

ひとりの医師が人々を救うために私財を投じて天然痘の予防に取り組んだ実話を軸に、巡りゆく日本の季節の美しい映像と共に、人間の尊厳と医療の本質について静かに問いかけるかのような物語。小泉監督は医師・笠原良策への思い、この映画に投影されている哲学についてこのように語っている。「江戸末期、福井に生きた町医者・笠原良策に、無私の美しい精神を感じます。努力を積み重ね、勇気を持ち、己を捨てて誠実に働く良策の姿は永遠に価値ある歴史を生み、現在に生きる私たちの心に強く働きかけてくれます。歴史は決して進歩するものではありません。歴史は自然と共に、いつも同じものと戦っているのです。今や品位をあえて失わせようとする文化が消費と手を結び、勝手気ままに振る舞っています。それによって破壊されるのは、道義的な美しさです。言葉や行いの立派さは、美しさがあればこそ、時の移り変わりに、耐えることができるといいます」
 そして松坂は、前述の舞台挨拶にて観客にこのようにメッセージを伝えた。「この作品のなかで描かれている愛や絆は、コロナの時代を経験した今だからこそ皆様に刺さるものだと実感しています。小泉監督の作品は画と音も本当に素晴らしくて、まるで自分もスクリーンに映し出された自然の中にいるかのような、そういう惹き込まれ方をします。ぜひ皆さん『雪の中 ―ともに在りて―』に惹き込まれてください!」

作品データ

公開 2025年1月24日より全国公開
制作年/制作国 2024年 日本
上映時間 1:57
配給 松竹
監督 小泉堯史
脚本 齋藤雄仁
音楽 加古
原作 吉村昭「雪の花」(新潮文庫刊)
出演 松坂桃李
芳根京子
三浦貴大
宇野祥平
沖原一生
坂東龍汰
三木理紗子
新井美羽
串田和美
矢島健一
渡辺哲
益岡徹
山本學
吉岡秀隆
役所広司
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。