ザ・ルーム・ネクスト・ドア

ペドロ・アルモドバル監督がオスカー俳優2人と共に
最期の日を迎える者と寄り添う親友との数日間を描く
死を前に、静かに生ききるさまを映しゆく対話劇

  • 2025/02/10
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ザ・ルーム・ネクスト・ドア©2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
©El Deseo. Photo by Iglesias Más.

『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』のペドロ・アルモドバル監督による最新作。出演はオスカー女優のふたり、『フィクサー』のティルダ・スウィントン、『アリスのままで』のジュリアン・ムーアほか。病に侵され安楽死を望むもと戦場ジャーナリストのマーサと、その最期に寄り添う友人の作家イングリット。2人が過ごす数日間を描く。マーサの望みは何か、イングリットはその希望をどのように受け入れるのか、最期に寄り添うこととは。2024年の第81回ベネチア国際映画祭にて、最高賞である金獅子賞を受賞。アメリカの作家シーグリッド・ヌーネスの2020年の小説『What Are You Going Through』を原作に、独自の感性で構成されている。アルモドバル監督の死に向き合うひとつの考えが示唆されている、シリアスな物語である。

アメリカ、ニューヨーク。小説家のイングリッドはある日、若い頃に同じ雑誌社で一緒に働いていた旧友で、何年も音信不通だったもと戦場ジャーナリストのマーサが末期ガンで入院していると知る。病院を訪れてマーサと再会したイングリットは、会っていない時間を埋めるように病室で語らう日々を過ごす。その後、治療を拒み自らの意志で安楽死を望むマーサは、人の気配を感じながら最期を迎えたいと願い、“その日”が来る時に隣の部屋にいてほしいとイングリッドに頼む。ショックを受けながらも悩んだ末に、彼女の最期に寄り添うと決めたイングリッドは、マーサが借りた森の中の小さな家で暮らし始める。

ジュリアン・ムーア,ティルダ・スウィントン

ほぼティルダとジュリアンの会話がメインとなっている対話劇のような作品。病に侵され安楽死を望むマーサと彼女に寄り添うイングリットの最期の日々を描く。これまで母国スペイン語で映画を制作してきたアルモドバルが、初めて長編映画を全編英語で撮影したことも話題となっている。死という重厚なテーマながら、アルモドバル監督のスタイルであるカラフルなファッションやモダンなインテリア、鮮やかな映像が瑞々しく美しい。アルモドバルは「IndieWire」の2024年10月3日の記事「‘The Room Next Door’: How Pedro Almodovar Wrangled Formal Spanish Into His First English-Language Feature(『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』:ペドロ・アルモドバル監督が初の英語長編映画でいかにして正式なスペイン語を扱ったか)」にて、「死について語ると、メロドラマに陥りがちだ。私はそうしたくなかった」とコメント。そしてこの映画のジャンルについて、死というテーマを描くことについてアルモドバルは語る。「この物語があてはまる最も近いジャンルはメロドラマになるだろう。しかし、感傷的なメロドラマ風にならないように、感情を抑えた作品にするように努めた。死というテーマを大きく扱っているが、陰気でむごい作品にはしたくなかった。本作は、マーサというキャラクターと、“森の中の家”にいる2人の女性を守る自然の力がもたらす光と生命力にあふれている」

末期ガンを患い安楽死を望むもと戦場ジャーナリストのマーサ役はティルダが、強い意志をもつ女性として。マーサの最期に寄り添う友人の作家イングリット役はジュリアンが、悩んだ末にマーサの希望を受け入れ最期の時までずっとそばに居るさまを誠実に表現。性別について触れることは時代にそぐわないだろうものの、男性監督が女性キャラクターをメインとする物語を描くと違和感を感じることもままある。しかしアルモドバルはこの映画を含めて女性を主人公にしている作品も多く、いつもとても自然だ。それは人としての尊厳や生き方にフォーカスし、心から女性を尊重し共感しているのが伝わってくるからだとわかる。アルモドバルはマーサとイングリットのキャラクターについて、「Vanity Fair」の2024年12月6日の記事「Pedro Almodovar’s Cinematic Journey: “Of the 23 Films I Have Made, There Are Only Two That I Don’t Like at All”(ペドロ・アルモドバルの映画の旅:『私が作った23本の映画の中で、まったく気に入らないのはたった2本だけ』)」にて、このように語っている。「私は女性キャラクターにとても親しみを感じ、彼女たちは私の世界の一部になった。こうした女性たちを含むアメリカ社会の一部を分析しようとしているわけではない。これは何よりも2人の素晴らしい女性キャラクターが登場する映画だ。彼女たちは、私が80年代半ばにニューヨークで出会った多くの女性たちと同じような女性なんだ」
 そしてアルモドバルはティルダとジュリアンを讃え、「私にとって幸運なことに、彼女たちはマーサ役とイングリッド役として圧巻の演技を披露してくれた」と話し、このように語っている。「2人の女優の巧みな演技が光っている。ティルダ・スウィントンが大げさにも単調にもならずに、長い独白で死の苦悶を伝えられるのは、彼女を見つめ、じっくりと話を聞くジュリアン・ムーアのショットと交互に映し出されるからだ。無言でも目と耳で表現ができるのは大女優の証である」
 また「Vanity Fair」では、主演女優に恋をしながら撮影した映画はこれまでの23本のうち2本だけ、『ボルベール』のペネロペ・クルスと、この映画のティルダであると説明。ティルダへの情熱から撮影したことにより、「私の強い思いが、おそらくキャラクターと映画そのものに反映されている」と語っている。
 そのほかの登場人物として、若い頃にマーサとイングリット2人と関係をもっていた昔の恋人ダミアン・カニングハム役はジョン・タトゥーロが、昔気質で攻撃的な刑事フラナリー役はアレッサンドロ・ニボラが、それぞれに演じている。

ティルダ・スウィントン,ジュリアン・ムーア

「ドアを開けて寝るけれど もしドアが閉まっていたら私はもうこの世にはいない」(マーサ)。劇中のマーサの選択は、安楽死とその合法化の是非に関するアルモドバルの思いを表現しているといえる。スペインは2021年にヨーロッパで4番目に安楽死を合法化した国となり、あらゆる形態の安楽死幇助が合法となっている11カ国のうちのひとつだという。実際には、反対する人々の介入により安楽死を望む人物にそれが提供されない場合があるとも。安楽死が合法ではないイギリスのメディア「The Guardian」は2024年9月2日の記事「Pedro Almodovar: ‘There should be the possibility to have euthanasia all over the world’(ペドロ・アルモドバル:「世界中で安楽死が可能になるべきだ」)」にて、「この映画は安楽死を支持している」というアルモドバル監督のヴェネチア映画祭の記者会見でのコメントを紹介している。また同紙は、ティルダとジュリアンが語ったこの映画への思いを伝えている。
 ティルダ「この映画が描いているもののひとつは、自己決定、つまり自分の人生、生きること、死ぬことを自分の手で決めるという決断です。この映画は勝利についてだと思います。進化が私たちをどこへ導くにせよ、進化の必然性を信じています」
 ジュリアン「ペドロの映画にはとてつもない生命力があります。そして、私たち全員がそれに反応するのです。まるで、これらの映画を見ていると、すべての人の心臓の鼓動が聞こえるかのようです」
 またアルモドバルはこの映画の大切なメッセージについて、「Vanity Fair」でこのように語っている。「私にとって、愛はこの映画の主なメッセージです。特に今日、世界はどこでも二極化しています。スペインだけの問題ではありません。毎日テレビやメディアでヘイトスピーチが飛び交っています。憎しみは最悪の感情です。憎しみがあれば民主主義はあり得ません。これは、フランス、イタリア、イギリスなどヨーロッパの社会が直面している問題のひとつです。一方、友情には、恋愛が抱える複雑さや問題がなく、恋愛は短命になりがちです。最良の場合、恋愛は深い友情につながることがあります。現実には、私たちは愛とは正反対の世界に生きています。私たちはそのことを考えるべきです」
 劇中では、数本の映画に関わる会話がある。『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』、ロッセリーニ監督の『イタリア旅行』など。後半にはオマージュとなっているセリフとシーンがあるので、意識して観るのも楽しいだろう。

ジュリアン・ムーア,ティルダ・スウィントン

「私は長いキャリアを積んできましたが、これからもずっと続くことを願っています」(アルモドバル「Vanity Fair」の記事より)

現在75歳のアルモドバル監督は、すでに次回作の企画を進行中であると前述の「IndieWire」の記事にてコメント。次回作はスペインを舞台にした映画「Bitter Christmas(原題)」であり、すでに脚本を練っているという。内容については、「ジェンダーに関する悲劇的な喜劇になるだろう。喜劇の瞬間もあれば悲劇の瞬間もある」と話している。最後にアルモドバルが同メディアに語った、映画制作への思いをご紹介する。「新しいストーリーに接する必要がある。それらは私にとって新鮮な空気のようなものだ。だから今この瞬間も、将来作りたい新しいものについてメモを取っている。書いて、仕上げて、満足せず、待ち、仕事を続ける。だから、待たなければならない時があるんだ。まるで工場のように、さまざまな開発段階にあるものがある。それが私の主な娯楽であることもある。何もすることがない日曜日があれば、2年間触っていなかった物語を引っ張り出してきて、突然その物語について新しい発見をする。私が書いて映画を作るためだけに生きているということ、それも真実なんだ」

参考:「IndieWire」、「Vanity Fair」、「The Guardian

作品データ

公開 2025年1月31日より全国公開
制作年/制作国 2024年 スペイン
上映時間 1:47
配給 ワーナー・ブラザース映画
原題 The Room Next Door
監督・脚本 ペドロ・アルモドバル
原作 シーグリッド・ヌーネス『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(早川書房 刊行)
出演 ティルダ・スウィントン
ジュリアン・ムーア
ジョン・タトゥーロ
アレッサンドロ・ニボラ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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