ANORA アノーラ

映画賞を多数受賞のインディペンデント映画
シンデレラストーリーとシビアな現実、
格差と虚無を、ある女性に起きた顛末として描く

  • 2025/03/10
  • イベント
  • シネマ

※本記事は映画本編のネタバレを含みます。未鑑賞の場合はご注意ください。

ANORA アノーラ©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

第97回アカデミー賞にて作品賞や監督賞など最多5部門、第77回カンヌ国際映画祭にてパルムドール(最高賞)を受賞した話題作。出演は、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のマイキー・マディソン、「ロシアのティモシー・シャラメ」と呼ばれ本作が英語劇初挑戦のマーク・エイデルシュテイン、『コンパートメントNo.6』のユーリー・ボリソフ、ショーン・ベイカー監督作品の常連であり長年の友人でもあるカレン・カラグリアン、俳優やコメディアンや製作者として活動するヴァチェ・トヴマシアンほか。監督・シナリオ・製作・編集は『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』のショーン・ベイカーが手がける。ニューヨークのブルックリンでストリップダンサーをしながら暮らすアノーラは、職場のクラブでロシアの富豪の御曹司イヴァンと出会う。彼に気に入られたアノーラは彼が帰国するまでの7日間、1万5千ドルで“契約彼女”となるが……。シンデレラストーリーとシビアな現実、アメリカ国内におけるロシア系コミュニティのしがらみなどの要素に、ユーモアやエンターテインメント性を交えつつ。格差と虚無について、ひとりの女性に起きた劇的な顛末として描くドラマである。

ニューヨークのブルックリンでストリップダンサーをしながら暮らすアノーラは、職場のクラブでロシア人の富豪の御曹司イヴァンと出会う。イヴァンは、祖母の影響でロシア語が少し話せるアノーラを気に入り、ロシアに帰国するまでの7日間、1万5千ドルで“契約彼女”にならないかと提案しアノーラが合意。パーティーに買い物、贅沢三昧の日々を過ごすなかプライベートジェットでラスベガスへ。そこでイヴァンはアノーラに衝動的にプロポーズし、24時間営業の教会で結婚。2人がハッピーに浮かれて過ごすなか、ロシアにいるイヴァンの両親は息子が娼婦と結婚したと噂を聞き激怒して結婚に猛反対。アメリカでのイヴァンの見張り役であるアルメニア人の司祭トロスと、実行部隊のイゴールとガルニクをイヴァンの邸宅へと送り込むが……。

マイキー・マディソン,マーク・エイデルシュテイン,ほか

数々の映画賞を受賞している話題作。物語はシンデレラストーリー→ 逃走と追跡劇→ 生身の人間ドラマと、ドラマティックに展開していく。シンプルに観ると、前半にある生々しい性描写の繰り返しがこんなに必要? という疑問がまずくるかもしれない(筆者もそう思ったし、不快感がまったくないとは言えない)。ただ資料などを読み、背景やカルチャーについて意識すると見えてくるものがある。独立系の作品を製作し続けているベイカー監督はこれまでに、『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の話』(12)、『タンジェリン』、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17)、『レッド・ロケット』(21)など、半数の作品でセックス・ワーカーを描いている。特徴は批判や利用するのではなく、実際に生きている人々として見つめていることだ。アノーラ役を迷いなくすぐに引き受けたというマイキーは語る。「ショーンは、セックス・ワークの汚名を返上すること、コミュニティの境界にいる人々の物語を語ることに自分のキャリアを捧げています。そしてそのやり方がとても誠実なのです。それにユーモアもある。彼は暗い主題をたくさん扱いますが、それを軽々とやってのけ、しかもユーモアを入れ込む。だから私はショーンを完全に信用していますし、彼なら真の協力者になってくれると分かっていたのです」
 ベイカー監督はさまざまな映画賞を受賞していることについて、2025年1月23日付の「Gold Derby」の記事「Quadruple Oscar nominee Sean Baker thought ‘Anora’ would be too ‘divisive’ for awards(アカデミー賞4部門ノミネートのショーン・ベイカーは『アノーラ』は受賞には“賛否両論”すぎると考えていた)」にて、アカデミー賞にて6部門にノミネート(個人としては4部門)された段階で、「実はまだ実感が湧かない。信じられない。こんな小さなインディーズ映画にこんなことが起こるなんて、本当に衝撃だ」と話し、このように考えていたと同媒体に語っている。「題材のせいで、脚本を書いているときからずっと、この映画は賛否両論の分かれる映画で、(メジャーな映画賞では)議論にすら加われないと思っていた」

ユーリー・ボリソフ

ストリップダンサーのアニーことアノーラ役はマイキーが、負けん気の強い現代的な女性として。シナリオ執筆やリサーチなど制作段階から本作に関わり、英語のブライトンビーチやブルックリンのなまりやロシア語を練習し、ポールダンスでセクシーに踊るためにさまざまなエクササイズをして体力もつけていったそうだ。ベイカー監督はマイキーを賞賛して語る。「マイキーは全部の過程に関わっていた。シナリオ執筆だけじゃなく、リサーチや展開に関してもだ。彼女にコンサルタントを紹介すると、彼女はクラブでリサーチして、ダンサーのスキルや生き方に全身で入り込んだ。でも彼女が人間として、変幻自在なアーティストとして映画にもたらしたものは、彼女にしかできないことで、だからキャラクターはこんなにも美しく、また感動的な生命を得ることができたんだ」
 アニーに夢中になるお調子者のロシア新興財閥の息子イヴァン役はマーク・エイデルシュテインが軽妙に。2人の結婚を阻止しようと、イヴァンの両親が息子の結婚を阻止すべく送り込むアルメニア人の司祭トロス役はカレン・カラグリアンが、実力行使部隊のひとりイゴール役はユーリー・ボリソフが、トロスの腹心ガルニク役はヴァチェ・トヴマシアンが、それぞれに演じている。ところでラスト近く、イヴァンの父親が大笑いするシーンはいろいろな解釈があるものの、筆者はアノーラの無力さや状況が何も変わらないことを蔑むことよりも、強権的で支配的な母親に夫も息子も誰ひとり何も言えないし逆らえないなか、彼らが見下すアノーラが一矢を報いたことへの痛快さ、もしかしたら生涯で1度きりだろう、この母親が一瞬でもやりこめられて怯むという貴重な珍場面がツボに入り、皮肉な大笑いとなったのだと考えている。
 またイゴールという登場人物はこの物語における、希望や救いとまではいかなくとも、良心のようなある種の真っ当さがあり、後半のダークな展開で拠りどころとなるような、ホッとする存在となっている。ベイカー監督は脚本の執筆にあたり主要なキャストをあて書きしたこと、イゴールを演じたユーリーについてこのように語っている。「トロスをカレンに、アニーをマイキーにあて書きしたように、イゴールのキャラクターも、ユーリーを念頭において書いたんだ。ユーリーは予想もしなかったような人間的な深みと、感情の幅広さをキャラクターに与えてくれた。セットでもすばらしいアイデアを出してくれて、おかげで映画はよりいいものになった。彼のアーティストとしての才能と寛大さに感謝している」
 多様な俳優たちの共演と監督の挑戦について、ガルニク役のトヴマシアンは語る。「この映画の中でショーンが、三つの文化(アメリカ、ロシア、アルメニア)を交ぜ合わせ、完全に異なる背景を持つ俳優たちと共闘するのを見るのは楽しい経験でした。こんなに違う背景を持つ俳優たちと仕事をするのは大変なのですが、ショーンはそれぞれから最大限のものを引き出すことができたのです。彼は俳優たちの間にシナジーを生み出し、それはこの映画にとって良いことでした」

劇中では、マンハッタンの紳士クラブ、イヴァンのアメリカの居宅であるブルックリンの海岸そばの屋敷、ラスベガスの高級ホテルのペントハウス、そして追跡劇となってからはブライトンビーチ、コニーアイランド、マンハッタンと夜の街を駆けてゆく。ブライトンビーチの有名なレストランやビリヤード場、ビデオゲームセンターなどで撮影した時はゲリラ撮影の手法により、街の人々がいるなかでドキュメンタリーさながらに撮影したとも。ベイカー監督は35ミリフィルムによる撮影について語る。「もともと70年代の映画に影響を受けているんだ。ハリウッドのニュー・シネマだけでなく、同じころのイタリアやスペイン、日本の映画にもね。スタイルにおいても、感受性においても。<中略>要するに、70年代のアメリカ映画にはなかった物語に、洗練されたルックをもたらしたかった」
 撮影監督のドリュー・ダニエルズは、「ショーンの35ミリフィルム、アナモルフィック・レンズで撮るというアイデアにわくわくした」と話し、着想を得た映画について語る。「ニューヨークやブルックリンの路上撮影では、その場の光を使って撮影した。撮影監督オーウェン・ロイズマンが『サブウェイ・パニック』(74)や『フレンチ・コネクション』(71)を撮った時のような方向性を目指した。イタリア映画からはズームの使い方を借用し、ジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』(63)からは色の使い方、構図にインスピレーションを得た」

マーク・エイデルシュテイン,マイキー・マディソン,ほか

2025年3月に授賞式が行われた第97回アカデミー賞では、マイキーの主演女優賞を含む5部門を受賞、作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞の4部門をベイカー監督が受賞。アカデミー賞にて個人が1作品で4部門を受賞するのは歴代最多、史上初となった。今年のアカデミー賞は『アノーラ』をはじめ『ブルータリスト』『Flow』などインディペンデント映画の受賞が多く、格差や差別、多様性などを主題とする作品が高い評価を得た。各国のインディペンデント映画の製作者たちに予算がつき、若手のスタッフやキャストによる作品に、これから大きな規模の映画を自由に撮る可能性が広がっていくのは良いことだと考えられる。今は映画を観ることが自宅でのサブスクなどいろいろな方法があり、より大勢がたくさんの作品と出会う機会が広がっている流れについて、個人的にそれが悪いこととは考えていない。ただ映画というカルチャーを応援してもらえたら嬉しいという意味で、ベイカー監督がアカデミー賞の受賞スピーチにて、配給会社には映画の劇場公開を優先してほしい、映画はなるべく映画館で観よう、と呼びかけた思いに共感する人も少なくないのではないだろうか。そして監督は同スピーチにて、自身の受賞への感謝と共にこのように語った。「若手の映画監督やインディペンデント映画の製作者たちが受賞することで、次の製作に予算がつく、次世代の育成につながっていく」
 最後に、ベイカー監督とマイキーが語る観客へのメッセージをお伝えする。
 マイキー「何も期待せずに映画を観に行くのは、とても素敵なことだと思う。私は予告編をあまり見ないで映画を観に行きますが、その方が興奮度が高まる。だから、映画から何を感じ取るかは観客に委ねられているのだと常々思っている。私が願うのは、監督も言うように映画を楽しんでもらうこと。キャラクターを楽しみ笑ってもらえると嬉しいし、会話、コミュニケーションのきっかけになればと思う」
 ベイカー監督「自分でも、非常に深刻でセンシティブな題材を扱っていると認識している。でも映画はエンターテインメントであることも常に意識している。観客にはとにかく楽しんでもらいたい。みなさんをワイルドな旅にいざないたいと心から思う。だから僕が望むのは、観客に楽しんでもらうのと同時に、映画が扱う題材について議論してもらうこと。その両方を願っている」

作品データ

公開 2025年2月28日より全国ロードショー
制作年/制作国 2024年 アメリカ
上映時間 2:19
配給 ビターズ・エンド
映倫区分 R18+
原題 ANORA
監督・脚本・編集・製作 ショーン・ベイカー
出演 マイキー・マディソン
マーク・エイデルシュテイン
ユーリー・ボリソフ
カレン・カラグリアン
ヴァチェ・トヴマシアン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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