弁護士が女性としての人生を望む麻薬王の依頼を受諾
出会いと友情、贖罪と救済、愛と憎しみ、連帯と裏切り
思いがけないストーリーが展開してゆくエンタメ作
2024年の第77回カンヌ国際映画祭にて女優賞と審査員賞のW受賞、2025年の第97回アカデミー賞にて助演女優賞と歌曲賞を受賞した話題作。出演は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのゾーイ・サルダナ、カンヌ国際映画祭にてトランスジェンダーの俳優として初めて女優賞を受賞したカルラ・ソフィア・ガスコン、俳優や音楽活動などで人気のセレーナ・ゴメス、そして国際的に活躍するメキシコ出身のアドリアーナ・パスほか。監督・脚本は『ディーパンの闘い』でカンヌ映画祭のパルムドール(最高賞)、『ゴールデン・リバー』でヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞を受賞したフランスの映像作家ジャック・オーディアールが手がける。弁護士のリタは、メキシコの麻薬王マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。そして数年後2人はイギリスで再会し……。出会いと友情、生き方の選択、贖罪と救済、愛と憎しみ、連帯と裏切り。サスペンス、アクション、ミュージカル、ヒューマンドラマなどを取り入れ、思いがけないストーリーが展開してゆくエンターテインメント作品である。
優秀な弁護士であるリタは、能力を薄給でボスに利用され彼女自身は日陰の存在のまま不遇の日々を送っている。明らかに有罪の男たちが、金の力で裁判を動かし無罪放免となる現実にも怒りを募らせていた。そんななか、メキシコの麻薬王マニタスから莫大な謝礼と引き換えに、「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタの完璧な計画によりマニタスは姿を消し、新しい生き方へ向かうことに成功。それぞれの新たな人生がスタートした。それから4年後、イギリスに移住し新たな生活を送るリタの前に、実業家エミリア・ペレスとなったマニタスが現れる。リタに新たな頼みとして、亡きマニタスのいとこエミリアとして、妻と2人の子どもを呼び寄せたいともちかける。またマニタス時代に犯した罪に心を痛めるエミリアは、リタの協力のもと人々を救うための活動を開始。彼女たちの思いが絡み合い運命は思わぬ方向へと激しく展開してゆく。
内容や表現が高く評価され、数々の映画賞を受賞している作品。現代を生きる女性たちの生々しい感情の機微をミュージカルとして歌と踊りで訴えかけ、エンターテインメントとして構成している。迷いや憤りや苦悶といったダークな感情や、社会の風潮に対する反骨精神をミュージカルとして歌や振り付け、ジェスチャーで雄弁に伝える表現はユニークなパワーを感じさせる。個人的には『カラー・パープル』で人種差別に対する憤り、女性の人権が軽んじられていた1900年代初頭のアメリカ南部において女性たちが連帯し生き抜いていく力強さを、ミュージカルとして表現していることに揺さぶられた時と近いものを感じた。カンヌ国際映画祭の女優賞は通常1人の女優に授与されるものの今回は4人の俳優たちに贈られたこともニュースに。劇中では、72歳のフランス人男性であるオーディアール監督の脚本・監督により、トランスジェンダー女性の苦悶や悲哀や愛、性別と人種により不遇な扱いを受ける有能な女性弁護士の悔しさや憤り、仕事ひと筋できたことへの孤独感や複雑な思い、マニタスの妻は夫が“他界”しても麻薬王だった男の妻という立場にあり、それに対する重圧と反抗心、DV夫の恐怖から逃れエミリアと惹かれ合うメキシコ人女性の想い、という主に40代女性たちの生々しい感情のありようが繊細に表現されていることに驚く。立場も存在もまったく異なる4人ながら、それぞれに迷い、怒り、苦しみ、立ち上がり、人生を良い方向へ自分たちなりに生きようともがくさまに、どこか共感できるリアリティがあるのだ。フランス人のオーディアール監督はこれまでにも主人公がタミル語を話す『ディーパンの闘い』(15)、全編英語による『ゴールデン・リバー』(18)を手がけ、今回もスペイン語という外国語で制作した理由について、独特の持論を語っている。「フランス語だと文法や単語の選び方、句読点など、ほとんど意味がないような細部に注目しがちだ。代わりに、あまり得意ではない、あるいはほとんど話せない言語で制作を行うとき、映画のセリフと私とのつながりは完全に音楽的なものになるんだ」
音楽は『アネット』のクレモン・デュコルと、フランスの国民的シンガーのカミーユが担当。監督と共にこの映画音楽で目指したことについてこのように語っている。
カミーユ「私の人生はミュージカルそのものです。いつも歌っていますし、歌うことで多くのことが解決すると思っています。でも、ミュージカルがわざとらしく感じることも多いです。そのパターンを打破したかったし、監督も同じ考えでした。<中略>彼はショーとオフスクリーンの瞬間や、オペラと映画の調和を求めていました。これらの関係は、私が台詞と歌に求めるものに近いです。魅惑的な世界の再現を目指しました」
クレマン・デュコル「私たちは早い段階で、単なる歌で終わらせるべきではないという結論に達しました。それで、物語の語り部を担う楽曲を提供したいと考えたのです。だから、カミーユと私は、さまざまなシーンにおける出来事を把握し、それを歌に反映させることを目指しました」
有能な弁護士でありながら南米の男性優位社会で不遇な状況にあったリタ役はゾーイが、マニタスの依頼に戸惑いながらも引き受けてやり遂げるさまを凛々しく。冒頭の曲「El Alegato」や、後半でゾーイが赤いパンツスーツでカーラと歌い、アカデミー賞歌曲賞を受賞した曲「El Mal」などは特にみどころだ。ゾーイは脚本について、また出演を決めた時の思いについて語る。「まさに並外れていました。筋書きや登場人物も普通ではなく、登場人物たちはみんな、従来の枠にとらわれない生き方をしていました。歌を聞いたときには、さらにワクワクしました。そして、私にもできると、勇気を振り絞るしかありませんでした」
マニタスという男性の肉体から解放され本当の自分を取り戻したいと強く願い、全身の性別適合手術を受けて新たな人生を得たエミリア役は、自身もトランスジェンダー女性であることを公表し2018年に性別適合手術を受けたカルラ・ソフィア・ガスコンが複雑な心情を丁寧に表現。エミリア役に抜擢されたことやゾーイやセレーナら有名俳優との共演について、「20年前の自分が聞いたら絶対に信じなかったでしょう!そういう状況で臆さないために、彼女たちを姉妹のように、そして役柄として捉える」ようにしていたとも。そしてカルラはトランスジェンダー女性としてこの映画で伝えたいことについて、このように語っている。「まず、トランスやLGBTQI+コミュニティの闘士である以前に、私は自分自身を夢のために闘う者だと思っています。世界中で何千もの役者が、ほとんど空っぽの劇場のステージで必死に演じています。私もたった1人の観客を前に演じた経験があります。それはとても大変な仕事です。だから、何よりも夢を掴むための勇気と熱意、そして強さを伝えたいと思っています」
また麻薬王の夫に従い子育てにすべてを捧げてきた妻ジェシー役はセレーナが、恋愛し新たに自分の人生を始めたいと願うさまを率直に。セレーナは30代となった自身の現在と、ジェシーという人物への共感について語る。「今、私は多くの自己発見をしています。複雑で奇妙なこともありますが、時間とともに充実感を感じるようになり、すべてが良い方向に向かっています。知恵や自己認識がより深まったとも感じます。ジェシーには、何事にも熱心に取り組む姿勢に共感しました。彼女には安定した瞬間がなく、情熱であれ怒りであれ、演じていて楽しいキャラクターでした」
そして夫のDVに心身を傷つけられ、エミリアと惹かれ合うエピファニア役はアドリアーナ・パスが、ジェシーの恋人グスタボ役はエドガー・ラミレスが、マニタスに性別適合手術を施すワッセルマン医師役はマーク・イヴァニールが、それぞれに演じている。
ミュージカルシーンの振付を手がけた『サスペリア』のダミアン・ジャレは、これまでにない形でこの映画に関わったと語る。「これまでは、私は映画の振付師として台詞のないダンスシーンに集中していました。しかし、『エミリア・ペレス』では、音楽と台詞と振付が一体となってストーリーを語るのです。ボディランゲージは台詞を真似るわけではなく、文字通り説明するものでもありません。ですので、私は本当の目的にかなった、シーンに緊迫感と激しさをもたらす言語ともいえる動きを見つけなければなりませんでした」
ミュージカルシーンの多くは、場所をどんどん移りポーズをとるなど動きが激しく、ステディカムカメラで俳優たちを追って撮影するという躍動感ある映像に。カルラは「監督やスタッフには最初に、『私はシンガーでもダンサーでもない』と伝えました。でも幸いにも、撮影前に1年以上の準備期間があったので、猛特訓しました」と話し、マニタスの低い声とエミリアの高い声を使い分けるなど落ち着いた表現で、音楽活動でも知られるセレーナは歌もダンスも華やかに。そしてゾーイは前述の「El Mal」のミュージカルシーンで、ラップにより強い言葉で問いを訴えかけ、力強く歌い踊ったこと、このシーンの撮影について熱く語る。「(撮影には)何か月もかけました!1月に『El Mal』とあのシーンの準備を始め、6月に撮影した最後のシーンのひとつになりました。<中略>楽しさや驚き、恐怖、そして痛みもありました!撮影後は何日間も背中や肘、首をアイシングしていましたが、やり遂げました。あのシーンはすべて気に入っています!」
本作の制作はフランスのブランド、サンローランの映画制作部門サンローラン プロダクションが担当。クリエイティブ・ディレクターのアンソニー・ヴァカレロがラグジュアリーブランドとして初めて本格的な映画制作を行うことを発表した部門であり、これまでにウォン・カーウァイやペドロ・アルモドバル、ジャン=リュック・ゴダールなど各国の監督とのタッグによる作品を発表。『エミリア・ペレス』は長編第1作となった。2025年3月19日に東京で行われた監督来日上映イベントにて、オーディアール監督は『エミリア・ペレス』がカンヌ国際映画祭やゴールデングローブ賞、アカデミー賞など、世界中の映画祭で100を超える賞を受賞したことについて、「世界中でこれほど受け入れられ、成功を収めたことに大変驚いています」とコメント。また『エミリア・ペレス』が助演女優賞と歌曲賞の2部門を受賞した第97回アカデミー賞では、候補作品のなかで最多12部門13ノミネートとなり、“非英語映画歴代最多ノミネート”の記録を更新。ドミニカ共和国国籍の俳優として史上初のアカデミー賞を受賞したゾーイは授賞式のスピーチにて、家族や監督やスタッフや共演者などたくさんの人たちへの感謝と共に、自身のルーツを振り返り喜びと思いを伝えた。「私の祖母は、1961年にこの国にやってきました。私は移民の両親の誇り高き娘です。夢を抱え続け、一生懸命に仕事をしてきました。そして、ドミニカ共和国国籍で初めてアカデミー賞で受賞しましたが、これが最後ではないと信じています。私がこのような賞を手にすることができるということ、スペイン語で演じるという役割をもったこと、私の祖母は光栄に思ってくれると信じています。ありがとうございました」
またカルラは映画の公式資料のインタビューにて、トランスジェンダーの女性としての思いをこのように伝えた。「トランスジェンダーについては、否定されたり、一緒くたに決めつけられたり、笑いものにされたり、侮辱や憎悪を向けられることがなくなってほしいと願っています。私はある意味ラッキーでした。妻や家族のおかげで、自分の生活を続けながら性別移行ができたからです。しかし、職を失って生きるすべが売春しかないトランス女性もいます。誰もが陽の当たる場所で、そして何より普通に暮らせるようになることを願っています」
最後に、前述の来日上映イベントにてオーディアール監督が観客に伝えたメッセージをご紹介する。「この作品を撮影しながら、私自身も大いに楽しみました。観客の皆さんにも、ぜひ同じように楽しんでいただけると嬉しいです。映画のなかでは、非常に自立した女性たちが歌い、踊り、自由に生きる姿が描かれています」
公開 | 2025年3月28日より新宿ピカデリーほか全国公開 |
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制作年/制作国 | 2024年 フランス |
上映時間 | 2:13 |
配給 | ギャガ |
原題 | EmiliaPeréz |
監督・脚本 | ジャック・オーディアール |
制作 | サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ |
出演 | ゾーイ・サルダナ カルラ・ソフィア・ガスコン セレーナ・ゴメス アドリアーナ・パス |
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