何度死んでも蘇るという未知の仕事に就いた男は
自分のコピーと共に権力者に逆襲を開始する
風刺の切れ味とユーモア、ドラマ性で引きつけるSF映画
韓国の映像作家ポン・ジュノによる、『パラサイト 半地下の家族』のオスカー受賞後初となる5年ぶりの最新作。出演は、『TENET テネット』のロバート・パティンソン、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』のナオミ・アッキー、『NOPE/ノープ』のスティーブン・ユアン、『ヘレディタリー/継承』のトニ・コレット、『アベンジャーズ/エンドゲーム』マーク・ラファロほか充実の顔合わせで。人生失敗だらけのミッキーは、何度でも生まれ変われる“夢の仕事(?)”に就くも、それは過酷な業務命令で次々と死んでは生き返る、究極の“死にゲー”だった。そんななかミッキーの前に手違いで自分のコピーが同時に現れ……。お人好しで気の弱いミッキー17と勝ち気でプライドの高いミッキー18の対立、出会いと愛、権力者の暴走、宇宙船での旅、未知の生物との遭遇。人体複製と異星への移住というSFをテーマにしつつも、階級格差や労働搾取、そこからの脱却を目指す人間の葛藤や奮起など現代に通じる人間の悲喜交々のストーリーで引きつける。仕組みについて問い、弱者を蹂躙する権力者たちに逆襲し、格差社会のどん底に堕ちた人間が自らを取り戻すべく立ち上がる姿を描くSF映画である。
人生失敗だらけのミッキーは、何度でも生まれ変われる“夢の仕事(?)”に就くも、それは身勝手な権力者たちの過酷すぎる業務命令で次々と死んでは生き返る任務、究極の“死にゲー”だった。地球から異星へ移住する業務を担うブラック企業のどん底で、ありとあらゆる方法で搾取され、死んでは生き返り続けるミッキー。恋人となった警備スタッフのナーシャと過ごす楽しい時間のみが救いだ。そして何度も死に、遂に17号となったミッキーの前に、ある日手違いで自分のコピーである18号が現れる。2人のミッキーは最初こそ揉めたものの、権力者たちに逆襲を開始する。
SFストーリーのなか、格差や搾取、権力者の欺瞞と蹂躙される人間の心情といった社会風刺、出会いと恋愛、諦めきっていた自分を自身で取り戻していくといった物語がドラマティックに描かれていくエンターテインメント作品。皮肉でブラックな笑いを誘うシーンも多く、軽妙なユーモアを交えて、観る者を引きつける内容となっている。原作はアメリカの作家エドワード・アシュトンによる2022年のSF小説『ミッキー7』(原作は「17」ではなく「7」)。映画化が決まったことにより、2023年には続編『Antimatter Blues』も発表されている。ジュノ監督は原作の魅力、映画化を決めた理由について語る。「原作小説のあらすじを読んだ瞬間に心を奪われました。そして、ページをめくるごとにどんどん引き込まれていきました。“人体複製(プリンティング)”という概念がとてもユニークだと思ったんです。クローンとは異なり、人間をまるで紙のように印刷する技術。この“人体複製”という言葉自体に、すでに悲劇性が宿っていると感じました。そこで、『もし自分が印刷される側の人間だったら、どんな気持ちだろう?』と考え始めました。するとその世界観にすっかり引き込まれてしまったのです」
また監督は原作の脚色について語る。「主人公のミッキー・バーンズというキャラクターにも強く惹かれました。原作でも彼は“ごく普通の人間”として描かれていますが、私はさらに“普通”にしたかった。もっと下層階級の人間にして、もっと“負け犬”感を強くしたいと思ったんです。そんなふうに、この物語を映画としてどう脚色するかのアイデアが次々に浮かびました。人体複製のコンセプト、そしてスーパーヒーローとはほど遠い主人公ミッキーの存在、そのすべてが私を魅了しました」
地球で旧友と一緒に始めた事業に失敗し、ギャングからの多額の負債と追手から逃れようと、異星に移住するためにとんでもない任務に就くミッキー役はロバートが、悲惨すぎて奇妙なユーモアにつながるような存在感と、17号と18号の2人になり変わっていく姿を表現。ロバートはジュノ監督の大ファンで一緒に仕事ができることにとても喜び、「今まで読んだ中で最もクレイジーな」脚本を読んだ時にはその多様な要素に驚き、「“スケールの大きさ”と“極めてニッチなユーモア”が共存していること。そして、最初は『こんな要素がどうやったら共存できるんだ?』と疑問に思うような展開があること。まるで脚本自体が挑戦状のように感じました(笑)」と楽しそうにコメント。ミッキーというキャラクターについては、自己肯定感の低い彼が自立していく物語でもあると話し、このように語っている。「ミッキーは、最初は少しおバカなキャラに見えるかもしれませんが、実際はかなり明確な願望を持っているんです。彼は純粋で、どこかナイーブなところがあります。そして、深い傷を抱えていて、そのトラウマをどうにか乗り越えようとしているのですが、他人から見るとそれがすごくおかしく映るんです。でも、彼にとってはまったくおかしなことではないんです」
ジュノ監督はロバートを称賛して語る。「ロバートは、自分の創造力を存分に発揮し、キャラクターに多くのニュアンスを加えてくれました。彼が持ち込んだアイデアの数々には、本当に驚かされました。特にミッキー18に関しては、私が想定していた枠をはるかに超え、新たな次元にまで引き上げてくれました。撮影中も、彼は即興で面白いセリフやシーンを生み出し、作品に新しいエネルギーを吹き込んでくれました。本当に感謝しています」
ロバートはお人好しで気の弱いミッキー17と勝ち気でプライドの高いミッキー18、2人の違いと関係性について語る。「ミッキー17は、自分が生きていることすらあまり意識していないような存在です。彼は状況を受け入れてしまっています。でも、ミッキー18は“生きたい!”という強い意志を持っていて、ミッキー17が自分を安売りしていることに我慢できません。そのおかげで、ミッキー17も自分の価値に気づかされるんです」
宇宙船の警備を担うミッキーの恋人ナーシャ役はナオミ・アッキーが、彼をひとりの人間として大切に愛する恋人として。政治家であり企業と信仰が一体化したような組織のメンバーであるケネス役はこれまでにない悪役を演じるマーク・ラファロが、ケネスを裏で操る彼の妻イルファ役はトニ・コレットが、幼い頃からともに孤児であるミッキーの旧友ティモ役はスティーブン・ユァンが、ナーシャの恋人と知りながらミッキーに言いよるカイ役はアナマリア・バルトロメイが、それぞれに演じている。
監督は劇中のキャラクターと映画のジャンルについて語る。「この映画の登場人物たちは、行くあてもなくさまよい、孤独を抱えています。家族もいない。けれど、そんな状況でも愛を見つける。ミッキーとナーシャの関係はまさにそういう物語です。この映画はSF でありながら、ふたりの愛の物語でもあるんです」
さまざまなジャンルの要素が生かされている手法について、ジュノ監督自身は特に意識していないと話し、脚本の執筆についてこのように朗らかに語っている。「脚本を書くときは、本能に従っているだけです。書き終えた後に『これはどんなジャンルの映画なんだろう?』って自分でも考えることがありますよ(笑)」
そして監督はこの映画で特に追求したテーマについて語る。「これまで私が扱ってきた要素もありますが、今回初めて“人間の愚かさ”をより深く掘り下げました。そして、その愚かさが、時に愛すべきものになるという視点です。私の作品は、よく“冷酷でシニカル”と言われます。でも、今回の映画は“温かみがある”と言われることが多いですね。年を取ったせいかもしれません(笑)。本作は、宇宙船で異星に向かうSF 映画ですが、登場人物はみんな“ちょっとおバカ”なんです(笑)。これがとても面白い。スペースオペラのようにレーザー銃を撃ち合う作品ではなく、“愚かな愛すべき人たち”の物語になっています」
ジュノ監督の作品に社会風刺が含まれていることについては、そのために映画をつくるわけではないし、映画がプロパガンダになってしまうのは避けたいと思っていると明言し、このように話している。「まずは美しくて楽しめる作品をつくることを大切にしています。『ミッキー17』もほかでもありません。ただ、ミッキーが置かれている状況や彼が受ける扱い自体が、ある種の政治的メッセージになっていると思います。これは“人間をどう扱い、どう尊重するか”に関わる問題です。特別に“政治的なレイヤー”を意図的に加えたわけではありません。でも、ミッキー17やミッキー18が経験する苦難を見ていると、自然と社会的な問題意識が湧いてくるのではないでしょうか」
筆者は子どもの頃からSFが好きで、たとえばクローン体で惑星の調査に復帰する宇宙エンジニアの話である萩尾望都氏のコミック『A-A'』がとても好きでよく読んでいて。楽しみにしていた『ミッキー17』を観て、前半ではミッキーが非道な死に様に遭い続ける姿に気圧されながらも、ラストの後味がよいのを嬉しく感じた。ポン・ジュノ監督のような深みのあるドラマを紡ぐ映像作家による良質なSF映画が、これからも制作されていくといいなと心から思う。監督と長い付き合いがあり、監督のファンでもあるという製作のチェ・ドゥホは、ジュノ監督の映画への考え方や信念についてこのように語っている。「彼は常に頭の中でたくさんのことを考えている人です。社会問題に対して非常に情熱を持っていますが、それを最も愉快で面白い表現方法を探っているのです。彼はよくこう言います。『私たちは物語を語っているんだ。観客に最高の体験を提供したい。劇場にいる間は楽しんで、笑って、泣いて、思い切り満喫してほしい。でも、家に帰る途中のバスやタクシーの中、あるいは寝る前にふと、映画の背景にある観念について考えてしまうような作品をつくりたい』と。私はそれが最高の映画の形だと思います。ただの娯楽作品ではなく、そこに深い考えが込められている映画ですね」
最後に、ジュノ監督が語る『ミッキー17』の魅力、笑顔で軽やかに語る観客へのメッセージをお伝えする。「この映画はSF ですが、同時にコメディでもあり、とても“人間らしい”物語です。観客には、この映画を純粋に楽しんでほしいと思っています。そして、映画を観終わった後に、『人間とは何か』『人間らしく生きるためには何が必要か』について、ほんの少しでも考えてもらえたら嬉しいですね。3 分くらいでいいので(笑)」
公開 | 2025年3月28日より公開 4D/Dolby Cinema®/ScreenX/IMAX® 同時公開 |
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制作年/制作国 | 2025年 アメリカ |
上映時間 | 2:17 |
配給 | ワーナー・ブラザース映画 |
映倫区分 | G |
原題 | MICKEY 17 |
監督・脚本 | ポン・ジュノ |
出演 | ロバート・パティンソン ナオミ・アッキー スティーブン・ユァン トニ・コレット マーク・ラファロ |
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