カンヌ脚本賞、ゴールデングローブ主演女優賞受賞作
監督の意図と女優2人の熱演による強烈な表現で
女性の葛藤と苦悩をホラーとして映像化した異色作
“女性の美と老い”というデリケートなテーマを女性監督と女優が一丸となり、今も昔も女性に重くのしかかるプレッシャーへの抗議を、ホラー映画という形で世界に解き放つ異色作。出演は、本作により高く再評価されている『チャーリーズ・エンジェル/フルスロットル』のデミ・ムーア、『憐れみの3章』のマーガレット・クアリー、『エデンより彼方に』のデニス・クエイドほか。監督・脚本は『REVENGE リベンジ』のコラリー・ファルジャが手がける。50歳の元人気女優エリザベスは容姿の衰えから仕事が減少し、謎の再生医療“サブスタンス”に手を出すが……。エリザベスはなぜ“美に執着”せざるを得ないのか、プレッシャーと成功への渇望、そして狂気へ――。SF要素ありのホラーでスリラーでセクシーなサスペンス、監督の強い意図と女優たちの熱演が合致した強烈な作品である。
50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベスは、プロデューサーのハーヴェイにレギュラー番組からの降板を言い渡される。容姿の衰えから仕事が減少、謎の再生医療“サブスタンス”に手を出す。その注射をするやいなや、エリザベスの背を破って現れたのはエリザベスの上位互換“スー”。若さと美貌に加え、エリザベスの経験を持つスーはたちまちスターダムを駆け上がっていく。一つの精神をシェアするふたりには【一週間ごとに入れ替わらなければならない】という絶対的なルールがあった。しかし、スーが次第にルールを破りはじめ……。
大人の女性には特に考えさせられる異色作。冒頭の映像からラストにつながる感覚も面白い。「“美と若さ”への執着」がひとつのテーマとなされていて、それだけのSF要素ありのホラーでスリラーでセクシーなサスペンスというエンタメ作品として楽しむのも、それはそれでありだと思う。ただ個人的には、そんな安易なB級感を味わうだけではもったいない、と言える。この物語では、エリザベスが“美と若さ”に執着せざるを得ないのはなぜなのか、という社会的な背景と重圧を明示し、そこに対する女性の葛藤と苦悩(今も昔も連綿と受け継がれ続けている負の状況)をエンタメとして落とし込んでいるから、破天荒なSFながら噛みごたえに芯があるのだ。ファルジャ監督はこの映画の制作のきっかけについて、「自身が映画界で女性として長年経験してきたことを題材にしています」と話し、このように説明している。「『REVENGE リベンジ』で監督デビューした時、40歳だった私は『もう終わり、自分に価値がない、映画界に居場所がない』と感じました。それはとても強力な負のオーラでした。まだ人生半ばも過ぎていないのに、なぜこれほどまで年をとることに不安を抱くのかを考え始めました」
そこで考えるなか、社会には女性の外見や年齢について不安を煽るようなことが多く、「女性は人生の各段階で常に、『自分は完璧じゃない、何か問題がある』と感じざるを得ないことが多々あるのだとファルジャ監督は改めて実感する。そして自身の理想の外見を手に入れる、存在価値のために過激な行為へと仕向けていくような状況に対して、監督はこのように考えた、ときっぱり語る。「私は、そこから自分を解放させたいと考えました。このような社会的規範が作る“心の檻”に囚われてしまう原因は何なのか。なぜそこからの脱出がこれほど難しいのか。そのわけを理解するためにも、広い視野を持ちたいと思いました」
オスカー受賞経験のある50歳の女優エリザベス役はデミ・ムーアが、人気と容姿の衰えを恐れ、若さや成功への執着、嫉妬や焦燥や混乱や迷走といった痛々しく不安定な感情をむきだしに、まさに体当たりで表現。デミは脚本の内容に強く惹かれたと語る。「脚本はデリケートな題材を独特な方法で掘り下げて描いたとても興味深いものでした。自分自身との関係や映画界との関係、自分の体との関係、そして自己価値、さらに他人に与える影響力という、とても身近で深いテーマを投げかけていたのです」
謎の再生医療“サブスタンス”によってエリザベスの中から現れる上位互換の“スー”役はマーガレット・クアリーが、美しい顔とボディ、野心と経験のすべてを備える光輝く存在として。
マーガレットは、デミとすぐに打ち解けた、いつも私に気を配ってくれたと感謝し、「彼女がこの作品で受けている高い評価を嬉しく思っています。これはデミの映画でもあります。彼女がとんでもない演技をする近くにいられて最高でした」とコメント。この映画について、このように語っている。「視覚的インパクトが印象に残る作品で、逃げ出せない感覚にさせます。攻撃的でさえあるかもしれません。長い間その世界にいるのは大変でしたが、素晴らしい作品になりました」
そしていけすかないテレビプロデューサー、ハーヴェイ役はデニス・クエイドが、悪名高きハーヴェイ・ワインスタインさながらの女性に対するストレートな悪辣さを軽妙に表現している。
デミとマーガレットは非常に相性が良かったそうで、2人とも互いに敬意をもち気遣い合いながら演じられたとのこと。ファルジャ監督も2人の相性の良さを予想以上だったと話し、“映画の魔法がかかった”とコメントしている。またエリザベスのキャラクターは、年齢を重ねてからエアロビクス番組に出演していた実在の女優ジェーン・フォンダから着想を得たそうだ。
主な登場人物はエリザベス、スー、ハーヴェイの3人のみ、プラス「サブスタンス」という概念であり、戯曲のような心理サスペンスの要素も。そして観る側をなかなかの勢いで追い込んでくる。ファルジャ監督は暴力とユーモアという要素について語る。「ユーモアは映画にとって重要な要素で、観客を楽しませながら、話したいことを伝えるすばらしい方法です。暴力自体は嫌いだけど、暴力という手段を表現に使うことは好きです。<中略>私にとっての喜びとは、過剰なほど大げさで、何に対しても尻込みしないことです。現実的で暴力的な撮影でも、頭ひとつ抜け出すと別の何かが生まれると思っています。それはトラウマを植え付けるようなものではなく、象徴的なものであり、想像力をかき立てるものです。見る人の感情を揺さぶって、心に残すことができる。そんなパワーにすることができると思います」
この作品は、第77回カンヌ国際映画祭にて脚本賞を、第82回ゴールデングローブ賞(ミュージカル・コメディ部門)にてムーアが主演女優賞を、第97回アカデミー賞にてメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞するなど、さまざまな映画賞を受賞していることも話題に。ゴールデングローブ賞の受賞コメントで監督とデミが伝えた話は、胸に響くものがある。機会と興味がもしあればぜひ全文を読んでほしい。ここでは一部を抜粋してご紹介する。
ファルジャ監督「私は40代に突入しようとしていた頃、もう人を喜ばせることも、価値のある人間だと思われることも、愛されることも、人の目に留まることも、人の関心の対象になることもないと思い込み、自分の人生が終わってしまったと絶望感に苛まれました。ある年齢に達したら価値がなくなるなんて、くだらない考えが私の頭の中にも芽生え、頭を占領していったのです。全くナンセンスだと思いませんか? そこで、本作の脚本を書こうと思い立ちました。この現実に立ち向かいたかったのです。本作は、『これを吹っ飛ばす時が来た』と宣言しています。」
またデミはこの映画の面白さと魅力について、このように語っている。「スリル満点でホラーに求められる要素がすべて詰まっているので、このジャンルのファンにとっては桁違いに強烈な体験になると思います。また、深みがあり、考えさせられる作品に興味がある方にとっても、同様にとても興味深い作品になると思います。この作品が御覧になった人にとって自身を見つめ直す、いいきっかけになればと思います。その時には、ありのままの自分を肯定し、感謝の気持ちを持ってほしいです」
デミはこの映画での演技が高く評価されゴールデングローブ賞の主演女優賞受賞などのほか、初めてアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、本国アメリカのメディアでは「デミッセンス」(デミ・ムーアのルネッサンス)という造語が用いられ劇的な再評価を受けていて。こうしたデミ本人のストーリー込みで、この映画は大人の女性に響くものがあるといえる。
この映画について、筆者は観ると決めてはいたものの、気持ちがざわついてなかなか「よし観よう」とならずにギリギリでようやく観て。もともとホラーをあまり観ないこともあり、好きか嫌いかというと好みでは決してない。ただ、今の自分の年齢だからこそ書けることがあるとわかった。個人的にこの映画には、ストーリーの根幹に女性に限らず、性別や年齢に関わりなく、自分の嫌いな自分、自身が認めたくない/認められない自分を受け入れる、自己受容というテーマがあるように思った。それは『サンダーボルツ*』でも感じたことだ。よく言われる“自分自身との戦い、自分のライバルは自分”ということとは方向性が異なり、自分でダメだと思い込んでいる自分、自身で嫌っている自分を無意識のうちに自分で潰そうとする自己破壊、混乱や破滅や破綻に向かう、危険な方向性のことも含めて。対外的に見せている自分の良い面だけでなく、すべてを受け入れることの難しさ、ダメだと思い込んでいる自分を自身で攻撃し消滅させたいと考えてしまう危うさ。これは誰にでも起こりうることで、筆者にもある。『サブスタンス』ではそうした破綻を、『サンダーボルツ*』では周囲のサポートにより自己受容を成し遂げるさまが表現されているように感じられ、現代的で多くの人に身近なテーマを描いていることに親しみを感じた。
最後に、ファルジャ監督がこの映画に込めた思いとメッセージについて、ゴールデングローブ賞の受賞コメントより一部抜粋でご紹介する。「この作品を描くにあたり、過剰さを追求することで、私の内に存在する“モンスター”を解き放ちたいと思いました。<中略>そのため、非常に生々しい描写を用いました。同時に、最高に面白おかしくもある映画にもしました。世間にあるルールがいかにばかばかしいものであるかを示すには、風刺が最もパワフルな武器であると確信しているからです。これは、今の時代にぴったりと合った作品です。この映画が言わんとしていることは、最終的には、解放なのです。解放は、人に力と励ましを与えるものです」
またデミは同賞の受賞スピーチにて、驚きと感激と感謝と共に、自身のエピソードとして、30年前にあるプロデューサーから、「あなたは“ポップコーン女優”だ」と言われたとコメント。大金を稼ぐ成功する映画には出られるが、俳優として認められない、という内容を信じ、受け入れてしまったことで自身が蝕まれ、数年前にはもうこれで終わり、やるべきことは十分にやったかも、と思いつめたとも。この続きとしてデミが語った内容に、筆者は特に彼女のファンではないものの、「よかったね、デミ」と思いがけず涙がにじんだ。彼女が剥き出して挑んだエリザベスの演技への敬意と、デミ本人の人生から湧き出る言葉にリアルな共感があるからだ。デミは語る。「どん底にいた時、魔法のように大胆で勇敢で型破りで、とてつもない脚本が私のところに舞い込んできたのです。それが今回の『サブスタンス』です。宇宙が私に『あなたはまだ終わっていない』と告げたのです」。そして監督と共演のマーガレットや周囲の人々に感謝を伝え、このように締め括った。「最後に、この映画が伝えていると思うことを一つだけお伝えしたいと思います。それは、自分が十分に賢くない、十分に綺麗じゃない、十分に痩せていない、十分に成功していない、要するに、十分に足りない、と感じる瞬間についてです。ある女性が私にこう言いました。『覚えておいて、あなたは決して十分にはなれない。でも、物差しを下ろせば、自分の価値を知ることができる』と。だから今日、私はこれを、自分の完全性、そして私を突き動かしている愛の証として、そして、自分が愛することをしているという贈り物、自分にも居場所があると思い出させてもらったことへの感謝として、祝福したいと思います。本当にありがとうございました」
公開 | 2025年5月16日より日本公開 |
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制作年/制作国 | 2025年 アメリカ |
上映時間 | 2:22 |
配給 | ギャガ |
映倫区分 | R-15+ |
原題 | The Substance |
監督・脚本 | コラリー・ファルジャ |
出演 | デミ・ムーア マーガレット・クアリー デニス・クエイド |
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