国宝

吉沢亮主演、吉田修一の小説を李相日監督が映画化
門外漢の少年が歌舞伎役者として開花するが……
努力と苦悶、混迷と再生、波乱の50年を描く一代記

  • 2025/06/10
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国宝©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

作家・吉田修一自身が歌舞伎の黒衣を3年間纏い、楽屋に入った経験をもとに書き上げた小説を、『悪人』『怒り』に次いで3度目のタッグとなる李相日監督が映画化。出演は、『キングダム』の吉沢亮、『正体』の横浜流星、『Fukushima 50』の渡辺謙、そして高畑充希、寺島しのぶ、田中泯、永瀬正敏、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、嶋田久作、宮澤エマほか。脚本はドラマ「最愛」の奥寺佐渡子、撮影は『アデル、ブルーは熱い色』のソフィアン・エル・ファニ、美術監督は『キル・ビル』の種田陽平が手がける。任侠の一門に生まれた喜久雄は、抗争で父を亡くした後、上方歌舞伎の名門の当主に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込むが……。門外漢の少年がゼロから成長し、同世代の少年と切磋琢磨していくなか、世襲の世界で異端とされながらも気迫と芸の力で生き抜いていく50年間を熱く映す。設定が実際には起こり得ない完全なるフィクションでありながら、ノンフィクションのような生々しい気迫が伝わってくる、絢爛かつドラマティックな一代記である。

後に国の宝となる男は、任侠の一門に生まれた。抗争によって父を亡くした喜久雄は、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介と出会う。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる二人はライバルとして互いに高め合い、芸に青春をささげていくなか、多くの出会いと別れが彼らの運命の歯車を狂わせてゆく。

横浜流星

“この世ならざる美しい顔をもつ”少年・喜久雄が歌舞伎の世界に飛び込み、さまざまな経験から成長してゆく波乱の50年を描く。映画の公式HPでは、歌舞伎にまつわる言葉や仕組み、化粧や衣装、背景や歴史などを簡潔に伝える「歌舞伎豆知識」、劇中に登場する演目のミニ解説「演目紹介」などが非常にわかりやすく説明されているため、映画を観る前後に読むとより深く物語を楽しむことができるだろう。そもそもは李監督が約15年前に「歌舞伎の女形を中心とした映画を撮りたい」と考え、リサーチなどをするもテーマとしての難しさを実感していたなか、吉田修一氏に歌舞伎の映画の話をしたとのこと。数年後、吉田氏が歌舞伎を題材にした新聞の連載小説をスタートし、その後に映画化の実現を慎重に模索していったそうだ。李監督は映画化に取り組む際、「芸に身を捧げ、人生を翻弄される多彩な登場人物たちが織りなす豪華絢爛な歌舞伎の世界観」と物語について話し、このように語った。「吉田さん渾身の作品を担う重圧に慄えが止まりません。小説刊行からの構想6年。言い換えれば、“覚悟“に要した年月です。決め手は、吉沢亮の存在。美しさと虚しさを併せ持つ妖艶なその存在感。役者として着実に成長し進化を遂げた今、まさに機が熟した宿命の出会いです。数多ある困難を超えた先に拡がる未知の世界に、関係者一同胸昂る思いです」
 そして李監督は2025年4月23日に東京で行われた完成報告会にて、「人間、やればできるもの」と笑顔で話し、この映画についてこのように語った。「『これができるのか?』という疑問をもっているだけでは、先に進めないですし、たとえ確信をもっていても、落とし穴があることもあります。本作は、この時代に生まれるべくして生まれた『非常に生命力の強い作品』だと感じています」

長崎で任侠の一門・立花家に生まれるも抗争で父を亡くし、上方歌舞伎の役者・花井半二郎に引き取られ花井東一郎となる喜久雄役は吉沢亮が、世襲の歌舞伎界で女形として頭角を現してゆく青年として。吉沢はまったくの門外漢から才能を開花させ、さまざまに翻弄されながらも芸道を生き抜いていく姿を熱演。李監督は「『国宝』の主人公・喜久雄を演じるのは吉沢亮しかいない」と確信し、最初からこの企画は吉沢亮ありき≠ナ始まったとコメント。吉沢は2025年4月23日に東京で行われた完成報告会にて、この役への強い思い入れをこのように語った。「撮影期間を含めて一年半、歌舞伎の稽古を続けて喜久雄役に向き合いました。一年半という期間、一つの役に向き合うのはなかなかできないことだと思います。どの作品も特別で、全力でやっていますが、この作品にかけた時間とエネルギー量は桁違いです。それだけのものを背負って現場に臨みました。確実に、今までの役者人生の集大成です。これまで培ったものをすべてぶつけた作品です」
 上方歌舞伎の名門の御曹司・花井半弥こと大垣俊介役は横浜流星が、喜久雄の親友・ライバルとして切磋琢磨していくなか徐々に葛藤を抱いてゆく人物として。喜久雄を引き取る上方歌舞伎の名門の当主で看板役者・花井半二郎役は渡辺謙が、半二郎の後妻であり俊介の実の母親・大垣幸子役は寺島しのぶが、ミナミのスナックで働きながら喜久雄を支える幼馴染・福田春江役は高畑充希が、歌舞伎役者・吾妻千五郎の娘で喜久雄を慕う彰子役は森七菜が、喜久雄が京都の花街で出会う芸妓・藤駒役は見上愛が、少年時代の喜久雄役は黒川想矢が、少年時代の俊介役は越山敬達が、歌舞伎の興行を手掛ける三友の社員・竹野役は三浦貴大が、歌舞伎の興行を手掛ける三友の社長・梅木役は嶋田久作が、喜久雄の父親で長崎・立花組組長・立花権五郎役は永瀬正敏が、権五郎の後妻で喜久雄の義母・立花マツ役は宮澤エマが、喜久雄と俊介に役者として大きな影響を与える当代一の女形で人間国宝の歌舞伎役者・小野川万菊役は田中泯が、それぞれに演じている。
 また歌舞伎指導は、人間国宝・四代目坂田藤十郎を父にもち、2019年に紫綬褒章を授与された中村鴈治郎が務める。映画には彰子の父親である歌舞伎役者で上方歌舞伎の当主・吾妻千五郎役で出演、吉田修一が『国宝』の執筆にあたり行った3年間の黒衣経験も、中村鴈治郎の元で培われたそうだ。この映画への思いを中村鴈治郎はこのように語っている。「ラッシュ版で吉沢亮さんを始め、彼らの歌舞伎のシーンを観た時に、その時の現場の状況を思い出し、とても感動しました。この映画を通して、歌舞伎を知らない方には、歌舞伎ってこういうものなのかと感じてほしいですし、歌舞伎を観たことのある方には違和感なく、作り事でもなく、自然に観ていただければ一番いいな、と思っています。そして、この作品をご覧になった方々が歌舞伎に興味を持っていただければ、こんなに嬉しいことはないです。吉沢亮さん、横浜流星さん、黒川想矢くん、越山敬達くん、田中泯さん、渡辺謙さんには本当によくやっていただいたと思っています。今は観客の皆さんに受け入れてほしいなと切に願っています」
 また主題歌は原摩利彦 feat. 井口理による「Luminance」であり、この映画の劇伴を手がける原摩利彦とKing Gnuの井口理とのタッグとなっている。

吉沢亮,横浜流星

李監督は歌舞伎の世界について、「芸を引き継いでいくにとどまらず、人間を繋いで──無形のものを時代を超えて残していくことに特殊性がある」と話し、女形に注目した理由について、映画公式HPのインタビューにてこのように語っている。「僕自身、最初に惹かれたのは女形で、それこそ『国宝』の原作にも書かれていますけど、何百年も前から男でも女でもなく、どことなく異形感というか…異質にして希有な存在であり続けていることが面白いなと感じたんです。それでいて、ものすごく品位のある色気と言いますか、ハッとさせられる色香を出せる。それは稽古を積み重ねてきたことで身体の中に生まれるものなのかは分かりません」
 またこの映画では、舞台で演じる演目のシーンで歌舞伎役者の吹き替えを立てていないことも特徴。李監督はその理由についてこのように語っている。「吹替を立てずに本来は歌舞伎役者ではない吉沢亮や横浜流星に挑んでもらったのは、『国宝』という小説をベースにした映画としては、まさしく内面的な到達点をめざすことを優先すべきだと思ったからなんです。そこに対する迷いは1ミリもなかったですし、喜久雄が生涯を通じて探し求めている景色≠ヘ、歌舞伎という極めて難しい題材に挑む吉沢亮の視線の先にも見えるのではないか─そんな想いを今は抱いていたりもするんですよね」
 吉沢は歌舞伎役者への敬意と自身で演じた重み、喜久雄として高みに食らいついていったことについて、前述の完成報告会にてこのように語った。「歌舞伎役者は、役者というつながりはありつつも、全く違う世界だと改めて感じました。我々役者は、人間の人生を演じて生きていきます。歌舞伎役者さんは、何百年も前の先人たちが積み上げてきた一つの芸を生きていきます。そこへの覚悟は、小さい頃から舞台に立って何十年も積み重ねて、ようやく形にしていくものだと思います。僕がそれを演じるのに、一年半では足元にも及ばないことは分かっていますし、技術的に足りない部分はたくさんあると思います。だからこそ、我々役者がやった意味があると思います。僕は喜久雄を通して、がむしゃらな精神や意地を感じました。そこが観ていただきたいポイントです」

吉田修一の原作『国宝』は2017年より朝日新聞にて連載、2019年の第69回芸術選奨文部科学大臣賞、第14回中央公論文芸賞を受賞。吉田氏は映画化に際し、このようにコメントしている。「『悪人』『怒り』、そして『国宝』へ。夢が叶う。三たび、信頼する李相日監督に自作を預けられる喜びにあふれている。そしてもう一つ、夢が叶う。『国宝』執筆中も書き終えてからも、ずっとあることを夢見ていた。無理は承知ながら、この稀代の女形・立花喜久雄の舞台を一度でいいからこの目で見てみたいと。その夢が叶う。吉沢亮という稀代の役者を迎えて」
 また吉田氏が完成した本編ラッシュを観て、「100年に1本の壮大な芸道映画」と評したこと、2025年のカンヌ国際映画祭にて監督週間部門に選出されたことについて、李監督は完成報告会でこのように語った。「(吉田氏が)ラッシュを観終わった後に非常に興奮された状態で、そのようなことをおっしゃっていました。それと『想像を超えてきた!』とぼそっと付け加えていただきました。吉田さんも『果たしてこの歌舞伎俳優ではない方々が、歌舞伎役者としての佇まいが生まれるのだろうか』と、どこかで思っていたのでしょう。でも、その杞憂はすべて吹き飛んだようで、ものすごく喜んでくださいました。カンヌの報告をした時も、誰よりも喜んでくださいました」

吉沢亮,横浜流星,ほか

任侠の一門に生まれながら、歌舞伎役者の家に引き取られ、芸道に捧げた人生50年の道行き。歌舞伎役者の物語であるものの、何かに打ち込むこと、努力と達成感、劣等感や焦り、苦悶や混迷、それでも岩に齧り付いても続けていくことについて、多くの人たちに響くものがあるだろう。吉沢は完成した映画を2回見たことについて、完成報告会でこのようにコメントした。「いろいろな思いがあって、一回だけではすべての思いが処理しきれず、二回観ました。『とにかくすごいものを観た!』という余韻がありました。カメラワークや、皆さんのお芝居、美術、ライティング、総合芸術、それぞれの素晴らしさがありました。本作は歌舞伎がテーマなので、観る前は難しい題材と思う方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。『純粋にエンターテインメントとして楽しめる、本当に最高な作品が生まれたなぁ』と思って、ホッとしています」
 また吉沢は観客へのメッセージをこのように伝えた。「この作品は本当にたくさんのスタッフの皆さん、キャストの皆さん、監督、そして吉田先生と、皆さんそれぞれの持っている、背負っているものを全員がぶつけ合って、どうにか生まれた至極のエンターテインメント作品だと思っています。いろいろと作品にかけた熱い想いを語らせていただきましたが、観てくださる皆さんには、ただただこの作品を楽しんでもらえたらうれしいです。そして、たくさんの方に観てもらえたら、すごく幸いです」
 そして李監督はカンヌ国際映画祭にて監督週間部門に選出されたことへの喜びと、観客へのメッセージを同完成報告会にてこのように伝えた。「カンヌ国際映画祭は非常に狭き門で、世界中でしのぎを削った作品が集まります。本作が、日本で大々的にエンターテインメント作品として皆さんに届くのと同時に、作品性も評価されて、同軸が揃った作品となったのはうれしく思います。歌舞伎という日本の伝統文化を題材にした作品なので、フランスの方もそうですが、皆さん歌舞伎にはそれぞれのイメージをお持ちだと思います。でも、本作を通してそういったイメージを新たに覆す映画体験をしてもらえたらうれしく思います」

作品データ

公開 2025年6月6日より全国東宝系にて公開
制作年/制作国 2025年 日本
上映時間 2:54
配給 東宝
原作 「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
脚本 奥寺佐渡子
監督 李相日
出演 吉沢亮
横浜流星
高畑充希
寺島しのぶ
森七菜
三浦貴大
見上愛
黒川想矢
越山敬達
永瀬正敏
嶋田久作
宮澤エマ
中村鴈治郎
田中泯
渡辺謙
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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