綾野剛主演、実話をもとに三池崇史監督が映画化
教師による児童への体罰事件の真相を描く
エンタメ性で引きつけ、事実と経緯を問うドラマ
教育現場で約20年前に実際に起きた出来事を伝え、第六回新潮ドキュメント賞を受賞した福田ますみのルポルタージュ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』を、『怪物の木こり』『初恋』の三池崇史監督が映画化。出演は、『ヤクザと家族 The Family』『カラオケ行こ!』の綾野剛、『蛇の道』の柴咲コウ、『怪物の木こり』の亀梨和也、木村文乃、大倉孝二、迫田孝也、光石研、北村一輝、小林薫ほか実力派が顔を揃える。20年前、日本で初めて教師による児童への虐めが認定された体罰事件が報道された。担当教輸は“史上最悪の殺人教師”と呼ばれ停職処分になるが、彼は民事裁判の法廷で「体罰をしていない」と完全否認する。教師を訴えた母親の目線、教師の目線、双方の視点による供述、関係者の記憶、過熱していく報道、当事者とその家族、さまざまな視点から出来事を見つめていく。実話をもとに、教育現場における差別や偏見による不適切な指導、過剰な要求を繰り返すモンスターペアレント、責任回避に終始する教育機関、片方の取材に偏った報道、当事者のみならず周囲にまで及んでゆく歪んだ影響などをテーマにセンシティブな内容を描く。緊迫感あるストーリーで引きつけ、教育現場の問題のみならず、観る側に物事の捉え方や考え方について投げかけるドラマである。
2003年、希望ヶ丘小学校の教諭・薮下誠一は、保護者・氷室律子に児童・氷室拓翔への体罰で告発された。体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。これを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦が“実名報道”に踏み切る。過激な言葉で飾られた記事は、瞬く間に世の中を震撼させ、薮下はマスコミの標的となった。誹謗中傷、裏切り、停職、壊れていく日常。次から次へと底なしの絶望が薮下をすり潰していく。一方、律子を擁護する声は多く、“550人もの大弁護団”が結成され、前代未聞の民事訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を切望し、確信していたのだが、法廷で薮下の口から語られたのは「すべて事実無根の“でっちあげ”」という完全否認だった。
映画の冒頭は観ていて胸が締め付けられるような気分の悪くなる内容から始まり、これがなかなかの長さで続く(観始めたのを少し後悔するくらいに)。教師は横柄な態度で生徒の自宅の家庭訪問をし、差別的な発言で生徒を貶めて親を困惑させ、学校や帰り道で少年をターゲットに執拗に肉体的・精神的に攻め立て、いじめの標的にする。小さな子どもを先生という絶対的な立場の大人がいじめ抜くという非常に気が重くなる内容だ。しかしそれは生徒の母・律子の一方的な供述を再現する内容であり、その後、教師・薮下の供述による内容で家庭訪問や学校生活の映像が描かれていくと、冒頭のそれとはまったく違っていることがわかる。ひとつの状況について、極端に異なる内容に、観る側も困惑しながら、教師・藪下が巻き込まれてゆく状況を見つめてゆく、という展開だ。三池監督はバイオレンスやホラー作品などで人間と社会の影を映してきたことから、実話をもとに人間の恐さを描く内容について、「こういうのがやってみたかった!」と話し、積極的に取り組んでいったそうだ。また綾野はこの作品の見ごたえと監督の演出について、このように語っている。「エンタメとルポルタージュの共存、共演者と芝居の総当たり戦。毎シーン呼吸を忘れるほどの魂の揺らぎ、各部署のとてつもない胆力。三池崇史監督の祈りを道標に、ただただ魅了された現場でした。ぜひ劇場で目撃していただけたら幸いです」
希望ヶ丘小学校4年3組の担任であり、児童に凄惨な体罰をした“史上最悪の殺人教師”と報道された小学校教諭・薮下誠一役は綾野剛が、周囲に気圧され迷走していく人物として。三池監督は藪下のキャラクターについて、「薮下は翻弄されているだけ。なかなかいないタイプの主人公だからこそ面白い」とコメント。綾野は役作りの際に、原作者・福田氏と面会し丁寧に作り上げていったことについてこのように語っている。「伝え方や受け取り方、状況や感覚次第 で印象が変わるという点では、表現過多が可能な役でしたので、配分などにとても気を配りました。声や佇まい、姿勢や思考で変化をつけようとすると、丁寧ではありますが、時にステレオタイプな表現になり別の人格が生まれてしまいます。ですから、ベースはセリフを信じることでした。全く違う書かれ方をしているセリフを、同じ声で読むことで、その強度は十分に伝わる。同じ人間だから基本的な仕草や笑い方は変わらない。同じ笑い方でも状況や視点が変われば残酷にも穏やかにも弱々しくも見える。あくまでも一人の人間としての表現を目指しました」
息子に体罰をしたと薮下を訴える母親・氷室律子役は柴咲コウが、冒頭では息子を守る子ども思いの母親という印象から、身勝手で得体の知れない人物へとどんどん変化してゆくさまを強靭に。薮下から体罰を受けたという少年・氷室拓翔役は三浦綺羅が、薮下の体罰事件を顔写真付きで実名報道する週刊春報の記者・鳴海三千彦役は亀梨和也が、藪下の妻・希美役は木村文乃が、550人もの大弁護団を率いる律子側の敏腕弁護士・大和紀夫役は北村一輝が、薮下の弁護を唯一引き受けた弁護士・湯上谷年雄役は小林薫が、希望ヶ丘小学校の校長・段田重春役は光石研が、同学校の教頭・都築役は大倉孝二が、氷室拓翔の診断を担当した大学病院の精神科教授・前村義文役は小澤征悦が、律子の夫・氷室拓馬役は迫田孝也が、週刊誌記者・鳴海の上司で薮下の実名報道を許諾した「週刊春報」編集長・堂前役は嶋政宏が、拓翔のクラスメイトで山添純也の母親・山添夏美役は安藤玉恵が、それぞれに演じている。
見どころのひとつは、法廷で律子と藪下がそれぞれの供述をするところ。事実が徐々に明らかになってゆくさまが描かれていく。小林薫が演じる、薮下を弁護する町弁・湯上谷の役はこの映画の救いであり、裁判において薮下を冷静に弁護し、人情と経験値をもって感情的に揺れ動く薮下を支え、「懲戒処分の取り消し」の申し立てをともに10年続けるという姿は感動的だ。また、いかにも三池監督作品という劇的な見どころは、藪下と記者・鳴海が対峙し言い合いをする土砂降りのシーン。14年ぶりに共演する綾野と亀梨によるこのシーンは、役者同士でもセリフが聞こえないほどの雨量をホース3本分の放水で行うテストをしていたなか、本番直前に天候が一気に急変して横殴りの豪雨になり、本物の雨で撮影。ドラマティックに出来過ぎの映画的シーンで、雨は本物の雨と暴風というのが面白い(観ていて「雨風強すぎで大袈裟かも」と筆者も思ったくらい)。
綾野は多面性のある作品の内容について、「あらゆることはそんなに単純じゃなくて、角度によって全部違う」と話し、充実の俳優陣との共演について、「芝居合戦というよりはノーガードの撃ち合いのよう」だったと語っている。
福田ますみの原作『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』は、第六回新潮ドキュメント賞を受賞。2009年に発表されたこのルポルタージュでは、裁判の第一審までを執筆。読者から「その後が知りたい」という声が多く寄せられたことから、福田氏はその後の控訴審の経過を追い始め、その内容を新潮社のホームページ(単行本の紹介ページの下の欄)にて、「『でっちあげ』事件、その後」として4回に渡り2007年5月〜2013年3月まで長文の報告を追記。教諭が申し立てていた「懲戒処分の取り消し」の行方を含めて丁寧に伝えている。映画では原作の内容に加え、この追記の経緯も描かれているのが特徴だ。三池監督は原作を尊重して制作したこの映画のテーマについて語る。「この映画は、現実に起こった事件に基づいている。さらに正確に言うと、ジャーナリスト・福田ますみ氏による渾身のルポルタージュ『でっちあげ』を核にして作り上げたエンターテインメント。“殺人教師”にでっちあげられた男の、怒りと恐怖、そして、哀しみに包まれた人生の記録です。余計な演出をできるだけ排除し、冷静に作り上げたつもりです。ですから、この恐怖は本物です。何よりも恐ろしいのは、人ごとではなく明日、あなたの身に起こるかもしれない人災であるということ。被害者にも、いや加害者にも、あなたはそのどちらにもなり得るのです」
福田氏は読者から実際にあった感想を交え、映画化への思いをこのように語っている。「『よくこんなリアリティゼロの下手な小説を書くな。いくら小説だからって、もう少し現実にありそうなストーリーを考えろよ。えっ、これほんとうにあったこと?マジか!』。ある読者が、拙著を読んで寄せた感想である。そう、これは真実の物語だ。細部にまでこだわった迫力の映像が、学校現場で起きたありえない狂気を、そしてそこから増幅された社会の狂気をリアルに描いている。主人公が、たまりにたまった怒りを爆発させるシーン、綾野剛さんの鬼気迫る演技は鳥肌ものだ。観客にとっては、あっというまの129分だろう」
実話に基づく本作が映すのは、ただの過去ではない。私たちの身近で、いつでも再び起こり得ることだ。個人の尊厳が踏みにじられていった事実を描くこの映画により、無実の教師が偏見と誤解によって追い詰められ、断罪された事実を知ること。こうした経緯を改めて共有することにより、同じ過ちを二度と繰り返さないための問いかけとなるのではないだろうか。
参考:「新潮社」
公開 | 2025年6月27日より全国公開 |
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制作年/制作国 | 2025年 日本 |
上映時間 | 2:09 |
配給 | 東映 |
監督 | 三池崇史 |
原作 | 福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫刊) |
脚本 | 森ハヤシ |
出演 | 綾野剛 柴咲コウ 亀梨和也 大倉孝二 小澤征悦 嶋政宏 迫田孝也 安藤玉恵 美村里江 峯村リエ 東野絢香 飯田基祐 三浦綺羅 木村文乃 光石研 北村一輝 小林薫 |
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