カズオ・イシグロの小説を石川慶監督が映画化
長崎と英国、2つの時代、3人の女性たちを描く
静かな思いと郷愁がにじむヒューマンミステリー
ノーベル賞受賞作家カズオ・イシグロによる1982年の長編小説デビュー作品を映画化。出演は、『片思い世界』の広瀬すず、『この国の空』の二階堂ふみ、『沈黙のパレード』の吉田羊、『クレイヴン・ザ・ハンター』のカミラ・アイコ、『室井慎次 生き続ける者』の松下洸平、ドラマ「続・続・最後から二番目の恋」の三浦友和ほか。監督・脚本・編集は『愚行録』『ある男』の石川慶が手がける。日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後に長崎から渡英した母・悦子の半生を作品にしたいと考え、母に当時のことを問いかける──。1950年代の長崎と、1980年代のイギリス、2つの時代を生きる3人の女たちの姿を描く。フィクションによる記憶の継承につながる、日本、イギリス、ポーランドの3カ国共同製作によるヒューマンミステリーである。
日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後に長崎から渡英してきた母・悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。
1982年に発表し王立文学協会賞を受賞した同名の長編小説を映画化。原作者のカズオ・イシグロもエグゼクティブプロデューサーとして名を連ね、女性たちと日本を遠くから大切に愛おしむような目線や郷愁が感じられる作品だ。制作は日本の是枝裕和監督率いる制作会社・分福、映画やアニメなどを手がけるザフール、共同制作に黒澤明監督の映画をリメイクした『生きる LIVING』を手がけたイギリスのインディペンデントプロダクションNumber 9 Films、石川監督のポーランドの国立大学ウッチ映画大学時代の学友の制作会社で、『ガール・ウィズ・ニードル』などのLava Filmsが参加し、日本、イギリス、ポーランドの3カ国共同製作となっている。石川監督は製作陣からオファーを受けた時の思いについて、「カズオ・イシグロさんの小説は好きでずっと読んでいましたが、壮大な企画で戸惑う点もありました。でも、壮大だからこそ挑戦したいという気持ちの方が勝りました」とコメント。そして制作においてイシグロ氏とのさまざまな対話のなか、「原作に忖度はしないでほしい。あなたの映画を作りなさい」とあたたかな後押しを受けたとも。石川監督はイシグロ氏からの積極的なサポートとアドバイスへの感謝について、「『次世代の日本人の映像作家に映画化してもらいたいと思っていたので、すごくうれしかった』とカズオさんに言われて、非常に励みになりました。自分の身の丈に合わない作品ではないかという想いがどこかにあったのですが、カズオさんに背中を押していただきました」とコメント。そして石川監督は2025年8月20日に東京の日本外国特派員協会で行われた上映&記者会見にて、映画化への思いと戦後80年の公開について、このように語った。「今、戦後80年で、戦争を経験された方たちがどんどんいなくなっていくって考えたときに、自分たちのストーリーじゃないって逃げていたら、今までは記憶の話だったのに、これからは記録の話で歴史になっちゃうじゃないですか。でももっと小さな記憶の話として語り継ぐという意味でいうと、自分たちがやる必要があるなと思いました。この話で自分が勇気づけられたのは、カズオさんが遠くイギリスから長崎のことをイメージしながら書かれて、しかも英語で書かれていて、この距離感というのは自分たちとこのトピックの距離感とすごく近いと感じましたし、語り口もすごく現代的であったので、オールドジェネレーションの方たちのやり方をそのままトレースするんじゃなくて、自分たちのやり方でこの時代を語れるんじゃないかなと思ったことが、今回映画化に踏み切った大きなモチベーションでした」
イシグロ氏は石川監督について、2024年9月に行われたイギリスの撮影地でのインタビューにて、「石川監督が映画化を提案してくれたことに心から興味をかき立てられたのです。彼は日本の映画監督であり、脚本家でもある、まったく新しい世代のクリエイターです。しかも、この本が世に出たとき、彼はまだ幼い5歳の少年だったのです」とコメント。そして出版から40年以上経った小説が映画化されることへの思いも含め、このように語っている。「若い世代の日本の方がこの物語に興味を示してくれたことは、私にとって驚きであり喜びでした。そして何より、この物語が時代や世代を超えて受け継がれていくことに、小説家として深い感慨を覚えました。物語を紡ぐとき、私はいつも願っています。それが同じ時代を生きる読者だけでなく、異なる時代の誰かの心にも響き、届いてほしいと。昔語りの童話や古典文学のように、世代を超えて読み継がれ、受け手たちがそれぞれの時代に合わせて新たな解釈を加え、形を変えていく――それこそが物語の力であり、私が憧れる理想です」
1950年代の長崎で暮らす悦子役は広瀬すずが、純粋さと影をあわせもつ人物として。広瀬はこの映画について、2025年8月7日に東京で行われた完成披露舞台挨拶にて「ずっしりと受け取るものがある作品」とコメントしている。悦子が長崎で出会った不思議な女性・佐知子役は二階堂ふみがミステリアスに。二階堂は同完成披露舞台挨拶にて、佐知子役への思いをこのように語った。「キャラクター性を深く考える事も大切にしましたが、広島・長崎の原爆投下であったり、戦争体験者の方々が戦後どのような思いで暮らしていたのか、その後にどんな人生を歩まれたのか、その当事者意識を大切にしながら演じました」
悦子の夫で傷痍軍人である緒方二郎役は松下が、小学校の元校長である二郎の父・緒方誠二役は三浦友和が、うどん屋の藤原役は柴田理恵が、高校教師の松田重夫役は渡辺大知が、そしてニキの母親で1980年代のイギリスで暮らす悦子役は吉田羊が、悦子の次女であるニキ役はカミラ・アイコが、それぞれに演じている。吉田は英語のセリフで行われたイギリスでの撮影について、完成披露舞台挨拶にて、「お芝居以外で言葉を聞きとる大変さはありましたが、英語を浴びる環境はそのまま悦子が過ごしていた環境とリンクする。セリフが母国語ではないもどかしさはあったけれど、芝居において余計な事を考えずに済んだのは役者として幸せな時間でした」とコメントしている。
カズオ・イシグロ氏は1954年に長崎で生まれ、5歳の時に両親とともに英国に移住。1989年にイギリス最高の文学賞であるブッカー賞、2017年にノーベル文学賞を受賞し、著書は50カ国語以上に翻訳。『日の名残り』『わたしを離さないで』は映画化されている。文学への貢献により英国からナイト爵位を授与、フランスから芸術文化勲章シュヴァリエ、日本から旭日重光章を受章。黒澤明監督の映画をリメイクした2023年のイギリス映画『生きる LIVING』の脚本を執筆するなど、脚本家としても高い評価を得ている。
イシグロ氏は2024年のインタビューにて、同年のノーベル平和賞を広島長崎などの被爆者でつくる「日本被団協」が受賞したことについて、このように語っている。「長崎に生まれた身として、また被爆者の息子として(当時19歳だった私の母は、あの日長崎にいました)、2024年のノーベル平和賞が日本被団協に贈られたと聞いて、私は非常に嬉しく思いました。この素晴らしい団体を称えるということは、世界に二つの重要なメッセージを発信していると思います。ひとつは、核戦争が過去のいかなる時とも同様に、今日でも脅威であるという警告です。もうひとつは、平和と進歩を生み出すために憎しみや復讐心を捨て去ることの重要性を、日本被団協が強調しているということにあります。過去にノーベル賞を受賞した者として、また、この地球に住む一人の弱者として、私は日本被団協に心からのお祝いを申し上げるとともに、感謝と称賛の意を表します。今年のノーベル賞の決定は、この非常に価値ある受賞者に名誉をもたらすだけではなく、ノーベル賞そのものにも名誉をもたらすものだと感じています」
また同インタビューにて、イシグロ氏は自身が20代半ばで執筆した初の長編小説である原作について、5歳まで暮らしていた日本への記憶と思いから始まったことについて、「『遠い山なみの光』を書き始めた私の最初の動機は、この記憶と想像の入り混じった日本が全て消え去ってしまう前に、小説の中に再現することで守り、大切に取っておく、ということでした」とコメント。そして日本の映画監督から受けた影響について、このように語っている。「長崎は私が知っている唯一の“日本”でしたが、書き進めるうちに、幼い頃のこの美しい街の記憶と、大好きで繰り返し観ていた小津安二郎、黒澤明、成瀬巳喜男といった監督による戦後の日本映画からのイメージが混ざり合っていきました。『わたしを離さないで』や『日の名残り』で描かれたイギリスが私によって歪曲された架空の国であるように、この小説の日本は私が個人的に思い描く日本です」
また映画の脚本を練り上げるなか、イシグロ氏はさまざまに具体的な構成の変更や脚色などを提案。石川監督はイシグロ氏と何度か行われたシナリオミーティングについて、「メンターのような存在でした。様々なアドバイスをいただいて、非常に贅沢な時間を過ごしました」と話している。
石川監督は第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品の際、カンヌでイシグロ氏と一緒に上映を観た時のことを、日本外国特派員協会の質疑応答にてこのように嬉しそうに語った。「終わったときに『素晴らしかった』と固く握手していただいて、今でもその感触を覚えています」
そして広瀬は完成披露舞台挨拶にて、二階堂はカンヌ正式出品決定の際のコメントにて、このようにメッセージを伝えている。
広瀬「この作品を通して人の幸せ、平和を願うこと、人それぞれ見ている方向性は違うと思いますが、その中でも強く生きた女性たちの姿を大きなスクリーンで観ていただき楽しんでいただければ幸いです」
二階堂「この作品が日本に留まらず世界の方々に観て頂けること、とても嬉しく思います。あの時代と今を繋ぐ、素晴らしい作品です」
最後に、石川監督がこの映画のテーマについて、日本外国特派員協会にて伝えたメッセージをご紹介する。「この映画は原爆、長崎というのが大きなテーマとして中心にありますけど、反核だけじゃなくてジェンダー問題とかイミグレーションもあるし、戦後、おじいちゃんおばあちゃん世代が一生懸命戦って勝ち取ってきた日本の新しい価値についての映画だと自分は思っていて、そう思うと日本だけの問題じゃないし、なおかつ戦後、自分たちの親世代が勝ち取ってきた価値というのが今、危うくなっていると考えると、世界中いろんな人にしっかり響くと思うし、しっかり届けたいなという思いで映画を作りました」
公開 | 2025年9月5日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2025年 日本・イギリス・ポーランド |
上映時間 | 2:03 |
配給 | ギャガ |
英題 | A Pale View of Hills |
原作 | KOTAKE CREATE「遠い山なみの光」 |
原作 | カズオ・イシグロ 小野寺健訳『遠い山なみの光』(ハヤカワ文庫) |
監督・脚本・編集 | 石川慶 |
出演 | 広瀬すず 二階堂ふみ 吉田羊 カミラ・アイコ 柴田理恵 渡辺大知 鈴木碧桜 松下洸平 三浦友和 |
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