1950年代の架空のヨーロッパを舞台に
インフラ計画と家族の再生の行方を描く
ウェス・アンダーソン“原点回帰”の最新作
原点回帰と高く評価されているウェス・アンダーソン監督・脚本・製作による最新作。出演は『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』のベニチオ・デル・トロ、ケイト・ウィンスレットの実の娘でありApple TV+の『バカニアーズ』のミア・スレアプレトン、『バービー』のマイケル・セラ、『アステロイド・シティ』のトム・ハンクス、『ジュラシック・ワールド/復活の大地』のスカーレット・ヨハンソン、『ドクター・ストレンジ』のベネディクト・カンバーバッチほか豪華キャストが集結。1950年代、6度の暗殺未遂から生き延びた大富豪ザ・ザ・コルダは自国のインフラを整備する大規模プロジェクト「フェニキア計画」の実現を目指しているが……。架空の某国を舞台に、大規模な事業に関わる出資者たちとの交渉、疎遠だった父娘の関係が変化していくさまを描く。個性的な人物を演じる主役クラスの俳優たちの共演、本物の美術品や一流メゾンのアイテムなど美しい映像を楽しみつつ、ウェス・アンダーソンらしい世界観や展開を堪能するドラマである。
舞台は1950年代、“現代の大独立国フェニキア”。6度の暗殺未遂から生き延びた大富豪ザ・ザ・コルダは、フェニキア全域のインフラを整備する大規模プロジェクト「フェニキア計画」の実現を目指していた。そんな中、とある妨害によって赤字が拡大、財政難に陥り、計画が脅かされることに。ザ・ザは離れて暮らす修道女見習いの一人娘リーズルを後継者に指名し、彼女を連れて旅に出る。目的は資金調達と計画推進、そしてリーズルの母の死の真相を追うこと。次々と現れる暗殺者や裏切り者をかわしながら、出資者たちと駆け引きを重ねるうちに、冷え切った父娘関係が変化していく。プロジェクトは成功するのか? リーズルの母を殺したのは誰か? そして、父と娘は「本当の家族」になれるのか──。
飛行機内で座っているだけの構図や屋敷内でザ・ザが入浴するシーンなど、なんてことない場面から直感的な面白さがじわじわくるウェス・アンダーソン監督の最新作。1950年代の架空のヨーロッパを舞台に、壮大すぎるインフラ構想と、複雑に絡み合う家族の物語を描く。ウェス・アンダーソン作品の『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)や『ダージリン急行』(2007)のように家族の再生を描き、原点回帰といわれている話題作だ。オリジナルの世界観に、主役クラスの大物俳優たち、ウェス・アンダーソン作品の常連俳優たちがアクの強いキャラクターとしてさまざまに登場するのがいつもながら楽しい。監督はザ・ザという人物について、常に利益や目的優先で状況次第で立場を即座に変え、「真実を守らねばならないという意識がほとんど欠如したタイプのビジネスマン」と説明。最初のアイデアについて、このように語っている。「物語の出発点は、オナシスやニアルコスといった1950年代のヨーロッパ人大富豪を題材に何かを作ろうというアイデアでした。アールパード・プレシュやカルースト・グルベンキアン、ジャンニ・アニェッリについての本も読みました」
そして父娘の物語となったこと、ザ・ザのキャラクターのモデルについて、自身の個人的なつながりが影響していると語る。「私自身に娘がいるということが、作品のテーマに影響を与えたかもしれません。それに父娘の側面には、妻のジュマンの父親でレバノン人実業家であるフアド・マアルーフと、妻や私が彼と接した経験が反映されていると思います。ある意味、彼が本作の原点と言ってもいい。ザ・ザの設定のいくつかは完全にフアドに由来しています」
大富豪ザ・ザ・コルダ役はベニチオ・デル・トロが、兵器、航空、インフラなどの産業を手がける国際的実業家で、賄賂や脱税といった悪事の噂がつきまとう人物として。ベニチオは、ザ・ザが終始出ずっぱりでセリフが多いため「大変すぎる役」と話しつつも、この映画の脚本について“エレガント”と称し、「読むのが非常に楽しかった」とも。劇中では父娘の関係が変化していくなか、ザ・ザ自身も大きく変わっていき、その相関する変遷が味わい深い。ベニチオはザ・ザというキャラクターとこの物語の気に入っているところについてこのように語っている。「私は楽観的に、どんな人にも善の心があると信じたい。確かに全く良心を持たない人もいて、それは避けようがありません。でもほとんどの人には希望があると思います。どんなに遅くなろうが何歳だろうが関係ありません。埋め合わせできる可能性があるんです。期待していたような形ではないかもしれませんが、チャンスは来ます」
監督はザ・ザの心情の変化がモノクロのシーンでユニークに表現されていることについて語る。「こうした夢想はザ・ザの頭に起きていることを表現しています。遅ればせながらリーズルの父親になりたいと望んだことで、彼は思いがけず自身の人生を見つめ直さざるを得なくなるんです」
監督はアイデアの段階からベニチオにオファーし、脚本を当て書きしたことについて熱く語る。「ベニチオが演じている姿を想像しながら書くことが、私にとって重要でした。そもそもベニチオ・デル・トロに当て書きすることを想定して作った映画なんです。<中略>そしてかなり初期から2人で作品に取り組み始めました。脚本が15ページできた段階でもう彼に見せましたし、制作においてベニチオが関わっていない過程はないほどです」
ザ・ザの莫大な財産の相続者候補である一人娘リーズル役はミア・スレアプレトンが、母親を亡くして5歳で修道院に入り父親と6年ぶりに再会する人物として。監督は「ミアがキャスティングされた瞬間、リーズルが完成しました」とコメント。ミアはアメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダの何百人という俳優からオーディションで選出。電車に乗っている時にその知らせが届き、ミアは驚きと嬉しさのあまりその場に座り込んで少し泣いたという。そして3ヶ月の撮影期間は「毎日が頬をつねりたくなるような夢の時間」だったとも。オスロから来たザ・ザの家庭教師ビョルン役はマイケル・セラが飄々と。ベニチオ、ミア、マイケルの主演3人は監督と共に撮影前にスタジオでリハーサルを行ったそうだ。
「フェニキア計画」への出資者の1人、鉄道王リーランド役はトム・ハンクスが、リーランドの兄弟である65歳の実業家レーガン役はブライアン・クランストンが、第7代南西独立フェニキア国王陛下領で山脈鉄道トンネルの建設を監督しているファルーク王子役はリズ・アーメッドが、ギャングの親分であり生真面目でジャズに精通するナイトクラブのオーナー、マルセイユ・ボブ役はマチュー・アマルリックが、弱きを助け衛生的な排水処理施設の構築を推進するためにはテロも辞さない大陸間過激派自由民兵団ジャングル部隊のリーダー、セルヒオ役はリチャード・アイオアディが、アメリカ人の海運王でニューアーク・シンジケートの親分マーティ役はジェフリー・ライトが、ザ・ザのいとこ(正確には、はとこ)ヒルダ・サスマン=コルダ役はスカーレット・ヨハンソンが、ある疑惑のあるザ・ザの異母兄弟ヌバル役はベネディクト・カンバーバッチが、ザ・ザの事業の監視(と妨害)という秘密のお役所仕事を政府から担うアメリカ人でコードネーム“エクスカリバー”役はルパート・フレンドが、聖ローマカトリック使徒教会の代表でリーズルの宗教的指導者である修道院長役はホープ・デイヴィスが、それぞれに演じている。さらにウェス作品の常連であるウィレム・デフォー、ビル・マーレイも出演している。劇中でザ・ザを取り巻く海運王や王子、鉄道王といった個性的なキーマンたちも、監督の妻の父親フアド・マアルーフの周囲の人々から着想を得ているという。
この映画の見どころのひとつは、本物の美術品や宝石がインテリアやファッションとして使用されていることだ。美術品・骨董品・自然標本の収集をしているザ・ザのコレクションとして、通常の映画ではありえないレベルの作品がさらっと登場している。リーズルのベッドの上に飾られている絵画は、ピエール=オーギュスト・ルノワールが甥を描いた《青い服の子供(エドモン・ルノワール)》。この作品は以前にグレタ・ガルボが所有し、ニューヨークのイーストリバーにある彼女のアパートに何年も飾られていたという。さらにルネ・マグリットの《赤道》も劇中に登場する。監督はアートキュレーターのジャスパー・シャープと共に、実在の収集家たちを参考にコレクションを考えたとのこと。「貸与を取りつけるのは一筋縄ではいかなかった」(シャープ)そうだが、実現にこぎつけたという。監督は語る。「これまで多くの作品ではオリジナルでアートを作ってきました。でも今作では最初に『実物を使ってみよう』と思ったんです。ルノワールはナーマド・コレクションから、マグリットはピーチ・コレクションから、そのほかの作品はハンブルク美術館から提供を受けました。シュルレアリスムの作品や写真、抽象表現主義の作品、14世紀の木彫品などがちりばめられています」
さらにリーズルが身につけている“世俗的なロザリオ”はカルティエ、リュックはプラダ、宝石をあしらったコーンパイプはダンヒルなど、一流メゾンが映画のためにオリジナルのアイテムを提供。その経緯について監督は語る。「いくつかの小道具は外部に特注しようと考えました。ザ・ザがリーズルに何かあげるならカルティエに作らせるだろうと思って、同社に頼んだら引き受けてくれましたし、プラダはカギとなるアイテムのリュックを快く作ってくれました。ザ・ザが持っていそうだと思ったんです。宝石で飾られたコーンパイプはダンヒル製です。短剣は、金属で独自のアート作品を制作している友人のハルミ・クロソフスカ・ド・ローラに依頼し、素晴らしい品を提供してもらいました」
成功や達成、勝つことの意義とは。それはなんのためなのか。自らの信念や本能のままに突き進み、6度の暗殺未遂を生き延びた大富豪ザ・ザ・コルダは、自身が思い描いた「フェニキア計画」が動き出すなか、改めて真剣に考えることになる。アンダーソン監督は、ザ・ザが見出していくことについて語る。「成功は重要だが相手を負かすことは本質ではないと、ザ・ザは謙虚さを身に着けるにつれて知っていきます。負かされる必要はありませんが、かといって負かすことを最優先にする必要もないんです」
そしてベニチオはこのストーリーをとても気に入っている理由について、このように語っている。「自分が勝つ側にいるか負ける側にいるかなんてどうでもいい。大切なのは家族や友人であり、何かをしようという情熱が死なないことです。最終的に彼は正しい選択をしますが、別人になったわけじゃありません。彼にはずっとそういう面があったんです」
参考:「Artsy」
公開 | 2025年9月19日よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2025年 アメリカ・ドイツ |
上映時間 | 1:42 |
配給 | パルコ ユニバーサル映画 |
原題 | The Phoenician Scheme |
監督・脚本・製作 | ウェス・アンダーソン |
原案 | ウェス・アンダーソン、ロマン・コッポラ |
出演 | ベニチオ・デル・トロ ミア・スレアプレトン マイケル・セラ リズ・アーメッド トム・ハンクス ブライアン・クランストン マチュー・アマルリック リチャード・アイオアディ ジェフリー・ライト スカーレット・ヨハンソン ベネディクト・カンバーバッチ ルパート・フレンド ホープ・デイヴィス |
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