Dear Stranger/ディア・ストレンジャー

夫婦の絆は息子の誘拐事件で激しく揺らぎ……
全編ニューヨークの撮影で真利子哲也監督が描く
日・台・米合作によるヒューマンサスペンス

  • 2025/09/17
  • イベント
  • シネマ
Dear Stranger/ディア・ストレンジャー©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

『ディストラクション・ベイビーズ』『宮本から君へ』の真利子哲也監督が、幼い息子の誘拐事件をきっかけに関係が激しく揺らいでいく夫婦の顛末を描く。出演は『ドライブ・マイ・カー』の西島秀俊、『薄氷の殺人』『鵞鳥湖の夜』などの台湾人俳優グイ・ルンメイほか。ニューヨークで暮らす日本人の賢治とアジア系アメリカ人の妻ジェーンは、仕事や育児など余裕のない日々を過ごすなか、幼い息子が誘拐され殺人事件へと発展し……。異なる文化的背景をもつ夫婦、日常の中で積み重なるストレス、互いに触れないようにしていた秘密などが、思いがけない事件により一気にあふれていく。2人が目指していた“幸せな家族”は再生されるのか。多国籍のスタッフとキャストにより全編ニューヨークで撮影された、日本・台湾・アメリカの合作によるヒューマンサスペンスである。

ニューヨークの片隅で暮らす夫婦。日本人である夫の賢治は廃墟の研究家で助教授だが、大学でのポジションが危うい。台湾系アメリカ人の妻ジェーンは、老いた父のかわりに地域密着型ストアを切り盛りしているが、本当はライフワークの人形演劇に専念したいと思っている。幼い息子カイの育児に賢治は協力的だが、ジェーンは慌ただしく過ぎてゆく日々の中で不満を募らせていた。そんなある日、カイが行方不明になり、殺人事件へと発展。夫妻は警察からそれぞれに事情聴取を受ける。この事件をきっかけに、2人が互いに口に出さずにいた本音や秘密が露呈、夫婦間の溝が深まり関係が悪化。共に触れないようにしてきたある秘密に向き合うことになり……。

グイ・ルンメイ,西島秀俊,ほか

ニューヨークを舞台に、子どもの誘拐事件により激しくゆらいでいく夫婦の顛末を描く。お互いを思い合う穏やかな夫婦が、激しく不満や怒りをぶつけ合うさまは生々しく、観客としてみていてもしんどいものがある。2人はどこへむかっていくのか、家族として再生していけるのか――。真利子監督はこの映画のテーマについて、「仕事に没頭すること、恋に落ちること、家族をもつこと── そんな日常を緊張状態に晒された夫婦が、目を背けていた秘密と向き合う物語です」とコメント。そしてこの企画の着想について、自身が2019年3月から1年間、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員としてボストンに滞在中に感じたことや考えていたことから始まったと語る。「日本から離れた生活の中で、自分のアイデンティティの曖昧さや、新たなコミュニティに溶け込むことの難しさを感じながら、それまでごく当たり前にあった人間関係の複雑さを意識するようになった」
 日本人の夫とアジア系アメリカ人の妻、という文化的背景が異なる夫婦を描くこの映画では、スタッフも多国籍のメンバーが参加。監督はたくさんの意欲的なスタッフたちとこの映画への思いをこのように話している。「ニューヨークでいいスタッフたちと出会えました。トライ・アンド・エラーを重ねながら、言語や文化の壁を乗り越えてひとつのものに向かう姿勢は“言語を超えた理解とは何か?”という映画のテーマを、リアルに体験する機会となりました。混沌とするこの街で、今だからこそ撮るべき映画を撮れたと思っています」

グイ・ルンメイ,西島秀俊

ニューヨークの大学で建築の研究をしている日本人の助教授・賢治役は西島秀俊が、震災の記憶により最新の建築よりも廃墟に強く引き付けられている人物として。賢治というキャラクターを演じることについて、西島氏を筆者が取材した「CREA WEB」の2025年9月12日の記事にて、「複雑なものを抱えたキャラクターを自分の経験も重ねながら掘り下げていきたいと思いました」とコメント。そしてこの映画のテーマについて、同記事でこのように語っている。「かすかな希望と救いがある、という感覚でした。僕たちは、この日常がずっと続くと思って生きていますが、実際には日常というものはとても脆く、新型コロナや震災の時のように、何かの拍子に崩れてしまうことがある。この映画でも、やっと理解し合えたと思った矢先に、日常が再び崩れ去る出来事が描かれています。そういった外からの災厄みたいなものに直面した時に、どうやって人生や日常を立て直すか。それは現代においてとても重要なテーマなのではないかと感じました」
 賢治の妻で人形劇団で監督・演出・脚本家を務めるアートディレクターであるジェーン役はグイ・ルンメイが、父の介護や子育てのために自身の活動をセーブしていることから、不満を募らせている女性として。ジェーンは人形劇により自身の内面世界をのびのびと抽象的に表現していて。賢治が街中で白昼夢のように大きな人形と出会うシーンはダークファンタジーのような不思議な余韻がある。グイ・ルンメイは最初に脚本を読んだ時のことについて、「独特の気品があり、さまざまな象徴や哲学的な要素を通して、人間の在り方を静かに暗示しているように感じました」と語っている。
 そして監督は西島とグイ・ルンメイを讃え、観客へのメッセージと共に2025年6月に東京で行われた完成報告会見にてこのように語った。「アメリカという地で、西島さんもルンメイさんも素晴らしい演技でやりきってくれました。不思議なことに観る人の立場によって印象が変わる映画なので、観た人と一緒に語り合ってくれると嬉しいです。自分の中でもラストが震える映画になっていますのでどうぞお楽しみください」
 劇中ではジェーンと賢治が中国語と日本語で激しく口論するシーンが印象的だ。このシーンについて真利子監督は、「これまでは肉体と肉体がぶつかり合う直接的な暴力を描いてきましたが、今回は“ことばの応酬”というものを描きたかった」とコメント。監督はここで描きたかったことについて、2025年9月2日に行われた試写会後のトークイベントにてこのように語った。「賢治は掃除の話などなんてことないことを言っているのに対し、ジェーンは夫婦の関係性の話をしている。そこに賢治の在り方、ジェーンの在り方がある。ただ口論するとはいえ、大事にしていたのは、相手を貶めようとしているのではなく、お互いを思い合っているからこそ、傷つけたくないからこそ、夫婦の“秘密”には触れない。どちらがいい悪いではなく、そこで生じるズレのようなものを描きたいと思いました」

西島秀俊,グイ・ルンメイ,ほか

撮影はニューヨークのブルックリンを中心に、チャイナタウンやハーレムなど、多くの人々のリアルな日常がより感じられるエリアにて。廃墟となったもと劇場は、マンハッタンの西ハーレムエリアの最北端にある“ハミルトン・ハイツ”といわれるエリアにある建物で、夫婦の住まいはブルックリンの港町レッドフックにある赤煉瓦のアパートなどで撮影された。西島はニューヨークでの撮影について、「CREA WEB」にてこのように語った。「ロケーションが印象深いですね。ニューヨークといってもマンハッタンのようなきらびやかなイメージがあるところではなく、ブルックリンやクイーンズといった場所で撮影しています。古いチャイナタウンがあったりするような、歴史と生活感のある場所です。僕の役は移民でもあるので、実際にそうした人たちが懸命に生きてきた場所で撮影できたことは、幸運でした」

「愛とは何か?わかり合いたいからこそ悩み、滑稽なほど不器用でも真摯に生きていく。運命に翻弄される彼らの結末にご期待ください」(真利子監督)
 この映画はフランスや台湾をはじめ、世界各国で配給。ある夫婦の不和とその顛末を描くこの物語は、異なる背景をもつ人と人が本当にわかりあうことは可能なのか、と問いかけているかのようだ。これは国籍や人種に関わらず誰もが感じている問いのひとつではないだろうか。西島とグイ・ルンメイ、真利子監督は観客へのメッセージを、2025年9月12日に東京で行われた初日舞台挨拶にてこのように伝えた。
 西島「深い愛情は必ず試される瞬間があると思います。悩みや苦しみを乗り越えた先にまた新しい試練が訪れる。そんな経験をしている方にこそ、この映画を観てほしいです。ラストに残るわずかな光や希望を感じてもらえたら嬉しいです」
 グイ・ルンメイ「この映画は私の人生の中でも、素晴らしい思い出と経験を残してくれました。皆さんも本作を観ていろんな考えを持って、生活の中で素晴らしい反応を起こしてくれることを期待しています」
 真利子監督「ようやくこの場所に辿り着けたという心境です。本作はやるべきことを丁寧にやった映画。ラストシーンでは皆さん思うところがそれぞれあると思いますが、答えは1つではなく、何かが間違っているわけでもない。映画を観た後に誰かと喋って楽しめる経験にしていただけたらいいなと思います」

参考:「CREA WEB

作品データ

公開 2025年9月12日公開よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2025年 日本・台湾・アメリカ合作
上映時間 2:18
配給 東映
英題 Dear Stranger
監督・脚本 真利子哲也
出演 西島秀俊
グイ・ルンメイ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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