ストレイト・ストーリー(4Kリマスター)

デヴィッド・リンチ監督が実話をもとに映画化
時速8kmのトラクターで560km先の兄に会いにいく
73歳の挑戦と道のりを描く温かなロードムービー

  • 2025/12/23
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ストレイト・ストーリー(4Kリマスター)©1999 - STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY - Tous Droits Reserves

デヴィッド・リンチ監督作のなかでも趣が異なる作品として知られる1999年の『ストレイト・ストーリー』が、4Kリマスターで再上映。出演は、『ミザリー』のリチャード・ファーンズワース、『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』のシシー・スペイセク、『ラッキー』でリンチと共演したハリー・ディーン・スタントンほか。脚本は実際にあった出来事をもとに、リンチの長年のパートナーであるメアリー・スウィーニーがジョン・ローチと共に取材を重ねて共同で執筆。73歳のアルヴィンのもとに兄ライルが心臓発作で倒れたと知らせが入る。アルヴィンは仲違いをしていた兄に会いに行こうと、時速8kmのトラクターで560km先のウィスコンシン州マウント・ザイオンを目指して出発する。アメリカ中西部の自然を背景に、アルヴィンが時速8kmでゆっくりと進むなかさまざまな人たちと出会い対話してゆくさまを描く。老いるということ、後悔、そして和解をゆったりと映す、人肌の温もりのあるロードムービーである。

73歳のアルヴィン・ストレイトは、アメリカのアイオワ州ローレンスで娘のローズと2人で暮らしている。ある日、家で転倒し、医者から治療して歩く時は歩行器を使うように助言されるも拒絶。2本の杖を使うことだけを受け入れてさっさと帰宅する。その後、仲違いをして長らく口もきいていなかった、76歳の兄のライルが心臓発作で倒れたという知らせが入る。ライルが暮らすウィスコンシン州マウント・ザイオンまでは560km。車であれば一日の距離だが、運転免許証を持っていない。しかし、自分の力で会いに行くと決めたアルヴィンは周囲の反対に耳も貸さず、時速8kmのトラクターに乗り、ひとりで旅に出る。

リチャード・ファーンズワース,ウィレイ・ハーカー

2025年1月15日に他界したデヴィッド・リンチ監督にとって、自分で脚本を執筆していない唯一の長編映画であり、あたたかな人情味のある物語という異色作。リンチ作品といえば、時にはダークなサスペンスであり、時には耽美的な散文詩のようであり、不穏で妖しく幻想的で不気味なホラーやスリラー、意味深なアート映画の風情、独特のテンポや間の取り方、ユーモアなどが魅力となっていて。そうしたいつものリンチ作品とは異なるタイプののどかな作品だ。25年前の日本公開当時、筆者もいつものリンチ作品とはまったく違うアプローチに大いに驚きながらも、劇中にあるシニカルなユーモアやさまざまな人との交流、過去についての後悔と告白、そして兄との再会までしみじみと味わったことを思い出す。リンチのインタビュー動画「DAVID LYNCH ARCHIVES THE STRAIGHT STORY - INTERVIEWS」(YouTubeで公開)にて、彼はこの映画について、「これは私にとっていつもとはちょっと違う映画です。でも脚本に心を動かされたんだ」とコメント。そして「私にとって一番実験的な映画である」理由について、リンチが「Le Journal du cinema」でのインタビューで語る映像「David Lynch talks about The Straight story」(YouTubeで公開)にて、このように語っている。「これはとても小さくてシンプルでピュアな物語だ。ある意味ではそういうほうが作るのが難しい。進行していく要素が少ないからね。ひとつひとつの要素がより重要になるし、ちょうどよいバランスになければならない。<中略>だから私は、これが自分のいちばん実験的な映画だと言っている。これほど少ない要素で一直線に進んでいくなかで、アクションとリアクションの実験がずっと続いていたからね」

73歳のアルヴィン・ストレイト役はリチャード・ファーンズワースが、マイペースで頑固な老人として。リンチはリチャードを「この役を演じるために生まれてきた」と讃え、「THE STRAIGHT STORY - INTERVIEWS」でこのように語っている。「これは老いについての物語であり、ひとりの男の人生の物語だ。リチャード・ファーンズワースは、私がこれまで会った中でも最も特別な人物のひとり。とても多くのものが、ものすごく深い内側から出てくる。あんなものは見たことがない。とても特別な人だ。ひとつの単語、ひとつの文、あらゆるものに対して、幾重にも、幾重にも、幾重にも、層を与える。<中略>脚本を通じて、私たちは“普通の男”の人生を知る。彼が何をくぐり抜けてきたのか、それは多くの人たちと似ているんだ」
 アルヴィンと2人で暮らす娘のローズ役はシシー・スペイセクが、仲違いを長い間しているアルヴィンの76歳の兄のライル役はハリー・ディーン・スタントンが、アルヴィンに中古のトラクターを売るディーラーのトム役はエヴェレット・マッギルが、アルヴィンが道中で出会う家出少女役はアナスタシア・ウェッブが、道中でトラクターが故障した際にアルヴィンをサポートするダニー役はジェームズ・ケイドが、ダニーの友人でアルヴィンを飲みに誘うヴァーリン役はウィレイ・ハーカーが、自動車修理工の双子役はクリス・ファーレイが、アルヴィンが駐車した墓所で話をする神父役はジョン・ローダンが、それぞれに演じている。
 個人的にはアルヴィンが道中で出会う、同じ道を車で運転中に、気をつけているのに7週間で13頭の鹿を轢いてしまった女性が「どうしてなの!?」と大声で嘆き、その後にアルヴィンが淡々とたくましく対処するさまが妙にツボで、ふとした時にあのシーンが蘇ることが今でもしばしばある。そういう巡り合わせの不運ってあるよね、という奇妙な共感と、命を無駄にしない=供養、誰かにとっての不運も誰かにとっては恵みになり得る、というのが良きだなと。たとえば自分にとってついてないなと感じるようなことがあったとしても、それが誰かの励みやツキにつながるのであれば、まだ少しは救われる、というような感覚だ。

シシー・スペイセク

73歳のアルヴィン・ストレイトは実在の人物であり(1996年に他界)、長く仲違いしていた兄が心臓発作で倒れたと知り、560kmの道のりを時速8kmのトラクターに乗って会いに行ったことは実話である。この話が1994年8月25日のニューヨークタイムズ紙に掲載され、この記事に、リンチ作品の編集を手がけ、公私にわたるパートナーだったメアリー・スウィーニーが大いに感動。スウィーニーはジョン・ローチと共にアルヴィンが進んだ道のりを実際に行き、アルヴィンの家族や旅で出会った人たちに話を聞いて共同で脚本を執筆。リンチはこの話を映画にするなんて絶対にないと思っていたものの、脚本を気に入って映画化を決めたという。スウィーニーは語る。「とても面白い話です。アメリカ的で意志が強く、やり抜く決意のある人物の話だと思いました。その“強情さ”が、本当に私の心をつかんだ。魅力的で心が温まるものがあったんです。純粋に直感で好きだなと。どこが人を惹きつけるのかをうまく言葉にできない。だけどこの話をすると、誰もがものすごく面白いと感じて、どこか奇妙に鼓舞されるようなところがある。とにかくただとても良い物語だと思ったんです」
 共同脚本のローチは、スウィーニーと共にアメリカ中西部の出身であることから、登場人物たちにとても親しみがあったと「STRAIGHT STORY - INTERVIEWS」で語っている。「正直に言うと、メアリーと私がこの物語を書くのは難しくありませんでした。書いている最中、私たちは互いの文章の続きを言い合っているような感じでした。いったん取材をして、行動の流れをアウトライン化すると、脚本はとても早く書き上がった。<中略>私たちはこの地域の出身なので、こういう人たちを知っているんです」

撮影はアメリカのアイオワ州とウィスコンシン州で時系列に行われた。撮影監督は『エレファント・マン』(80)や『デューン/砂の惑星』(84)を手がけた、当時80歳のフレディ・フランシスで、リンチから電話で依頼がきたから快諾したとのこと。リンチはフランシスについて「STRAIGHT STORY - INTERVIEWS」で、大好きな素晴らしい撮影監督で、とにかく“しっくりくる”とコメント。そして同インタビューにて、リンチは撮影で大変だったことや興味深く感じたことなどについてこのように語っている。「これは私がこれまでいた世界とは、まったく違う独特の世界です。収穫の季節にこの地域を訪れて、私は今クルーのみんなと一緒にそれを体験している。穏やかに見えても、ものすごく多くのことが起きているんだ。天気はいつも急激に変わるし、虫がたくさんいる。この前なんて、私たちはテントウムシだらけになったし、別のロケ地では何百万という小さなバッファロー・ノミに覆われた。つまり自然と相対する人間、ほとんどの場合が自然と共存する人間、という感じです。この地域では目に見えないところで、たくさんのことが起きているんです」

リチャード・ファーンズワース

73歳のアルヴィン・ストレイトが心臓発作で倒れた兄に会いにいくため、560kmの道のりを時速8kmのトラクターに乗って進んでいく実話をもとにした物語。日本公開から26年後の2026年に再びスクリーンで観ることができる。公開日の2026年1月9日には、リンチ最後の2006年の長編映画『インランド・エンパイア』4Kリマスターも同日公開。リンチの他界から1年となる2026年1月、4Kリマスターで鮮やかに蘇るリンチの世界をスクリーンで改めて体感できるチャンスだ。
 昨日Netflixでリンチが手がけた最後の短編「ジャックは一体何をした?(2017年、原題:What did jack do?)」を観て、面白いひとだなと改めてしみじみと。人を食ったようなスタンスながら軽妙でスタイリッシュでじわじわとにじみでるユーモアがあって、やっぱり単純にとっても好みの作品なのだ。一幕仕立てでモノクロのノワール調で、リンチ本人が刑事、猿の容疑者ジャック、列車の待合室で世間話から尋問となり、リンチと猿の丁々発止のやりとりでことわざなどを引用しつつ、切れ者の刑事とのらりくらりとかわそうとするヤクザ者の勢いのある感じが表現されていて、関係者のニワトリやオランウータンについて真顔で問い詰めていくのも可笑しい。こちらも機会があれば観てみると楽しいだろう。
 リンチは『ストレイト・ストーリー』について「David Lynch talks about The Straight story」にて、「僕は脚本に恋をした」とコメント。そして「STRAIGHT STORY - INTERVIEWS」にて、「次に何をやるか分からない。でも何かに恋をして進んでいくんだ」とも。最後に、リンチが同インタビューにて語った映画撮影への熱い思いをお伝えする。「私は撮影が大好きです。あらゆる側面が好きです。撮影に疲れ始めたら別の作業に入っていく。その別の作業に疲れたら、また別の作業に入っていく。それは素晴らしいプロセスです」

作品データ

公開 2026年1月9日より全国ロードショー
制作年/制作国 1999年 アメリカ
上映時間 1:51
配給 鈴正、weber CINEMA CLUB
原題 The Straight Story
監督 デヴィッド・リンチ
製作・脚本・編集 メアリー・スウィーニー
共同脚本 ジョン・ローチ
撮影 フレディ・フランシス
美術 ジャック・フィスク
衣裳 パトリシア・ノリス
音楽 アンジェロ・バタラメンティ
出演 リチャード・ファーンズワース
シシー・スペイセク
ハリー・ディーン・スタントン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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