センチメンタル・バリュー

俳優である娘と映画監督の父が対立
家族を捨てた父を長女は許せないでいた
感情の流れと和解の可能性を繊細に描く

  • 2026/02/24
  • イベント
  • シネマ
センチメンタル・バリュー© 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

『わたしは最悪。』のヨアキム・トリアー監督とレナーテ・レインスヴェ主演の再タッグで、2025年の第78回カンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞した注目作。共演は、『DUNE/デューン』シリーズのスウェーデンの名優ステラン・スカルスガルド、ノルウェー出身でNetflixの『ビューティフル・ライフ』のインガ・イブスドッテル・リレオース、『プレデター バッドランド』のエル・ファニングほか。脚本はトリアー監督の長編劇映画6本すべてを監督と共同で執筆するノルウェー出身のエスキル・フォクトが手掛ける。俳優として活躍するノーラと、家庭を選び穏やかに暮らす歴史学者の妹アグネス。姉妹のもとに幼い頃に家族を捨てて以来、長らく音信不通だった映画監督の父グスタヴが現れる──。父を許せない姉、姉を応援し見守る妹、周囲の人々、そして長く家族を見つめ続けている家。さまざまな視点からこじれた父娘の関係と、支え合ってきた姉妹のつながり、表現者たちの和解の可能性を描いていく。繊細な感情の流れを優しく丁寧にとらえる家族のドラマである。

ノルウェーの首都オスロで俳優として活躍するノーラ・ボルグと、夫と息子と穏やかに暮らす歴史学者の妹アグネス。そこへ幼い頃に家族を捨てて以来、長らく音信不通だった映画監督の父グスタヴ・ボルグが現れる。それは15年ぶりの復帰となる新作映画の主演を娘に依頼するためだった。怒りと失望をいまだ抱えるノーラは、その申し出をきっぱりと拒絶する。ほどなくして、代役にはアメリカの人気若手スター、レイチェルが抜擢。さらに撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の実家であることを知り、ノーラの心に再び抑えきれない感情が芽生えていく──。

ステラン・スカルスガルド,レナーテ・レインスヴェ

父と長女のこじれた関係、姉妹の温かな深い絆、そして家系に受け継がれているもの、家が見つめ続けてきたもの。そうしたことを登場人物たちのさまざまな視点から描き、家族との、他者との、自分自身との和解の可能性について穏やかに示唆するかのようなストーリーだ。監督はこの映画の姉妹関係を通して、親密な人間関係における「自己表現の難しさ」を描くことを目指し、これが自身の作品に共通する主題だと語っている。「これは、私たちの他の作品でも共通して描いてきたテーマです。たとえば、“言葉にできない思いをどう伝えるか”とか、“親しい相手に、自分という存在をどう見てもらうか”といった問いですね」

父を許せないでいる俳優のノーラ・ボルグ役はレナーテ・レインスヴェが、舞台本番への極端な恐怖や人間関係について苦しむ人物として。レナーテはノーラというキャラクターについて、「ノーラは女優として、悲しみや不安をエネルギーに変えることはできても、他人と心を通わせるのが苦手なんです」と話し、ノーラの父親にまつわる思いをこのように語っている。「ノーラは父に深く傷つけられていますが、その悲しみを表に出せないんです」
 ノーラの妹で歴史学者のアグネス役はインガ・イブスドッテル・リレアースが、夫と息子と自身の家庭を築きながら姉と母を支え、父を気遣い、家族を結びつける存在として。インガはアグネスという人物について、このように語っている。「アグネスは家族の“仲介役”のような存在。母の看病をしながら、姉の心のケアまで担ってきました。時には自分自身を後回しにしてでも、家族の絆をつなぎとめようとしているんです」
 筆者が個人的に一番胸に響いたシーンは、後半で姉妹が2人だけで親密に話し、互いが大切な存在であることを改めて強く実感するあたたかいシーンだ。監督はこの作品の最初のテーマは姉妹として始まり、親子、家族全体の話に広がったと話し、自身が撮りたい映画の表現についてこのように語っている。「私は“親密さの映画”を撮りたいんです。人の顔にカメラを寄せて、人間の体験を誠実に描く。ノーラが象徴する混沌と、アグネスが体現する静けさ。この2人の対照的なキャラクターが、それぞれの人間らしさを物語ってくれるのです」
 家族の元を去ってから姉妹と疎遠になっていた映画監督の父グスタヴ・ボルグ役はステラン・スカルスガルドが、元妻(姉妹の母)が他界したのちに娘たちとつながりをもとうとする人物として。グスタヴがドーヴィル映画祭で出会うアメリカの若手女優レイチェル・ケンプ役はエル・ファニングが、それぞれに演じている。

ステラン・スカルスガルド,エル・ファニング

ノーラとアグネスを含むボルグ家の人々が代々暮らしてきた家が、登場人物のひとりのように描かれているのも興味深い。劇中では1930年代から現代までボルグ家の人々が自宅でどのように過ごしてきたかも描かれている。監督は自身も親となったことで、「一つの世代が次の世代に何を受け渡していくのか」という問いと向き合ったとも。映画監督として3世代目であるトリアー監督は自身の家族について、2025年12月26日付の「Euronews」の記事「Hope and the memory of a house: Joachim Trier on 'Sentimental Value'(希望と家の記憶:ヨアキム・トリアーが語る『センチメンタル・バリュー』)」にてこのように語っている。「祖父は映画監督(エリック・ロッヘン)で、両親は映画業界で働いていました。家族のなかでは、言葉にされずとも多くのことが受け継がれてきました」
 トリアー監督はこの映画で“家”が伝えることについて語る。「この物語には、“受け継がれる悲しみ”という感覚が根底に流れていて、私たちは“家”という空間を、時間、感情、そして許しの継承を探るための枠組みとして使いました。<中略>本作では、父グスタヴが、自覚のないまま子どもたちに何を“受け渡して”きたのかを見つめ直すことになります。それこそが映画の核であり、家という空間は観客にその問いを投げかけるための“装置”でもあるのです」
 また「Euronews」の記事では、監督が家族から継いでいる思いと、劇中でのグスタヴと姉妹たちの父娘関係について、このように語っている。「最初グスタヴは自己中心的で要求の多い父親のように見えますが、時が経つにつれて、彼の弱さや過去から受け継いだ傷が見えてきます。私は戦後3世代目です。祖父はナチス占領に抵抗しました。こうしたトラウマは世代から世代へと受け継がれています。グスタヴと子どもたちの背後には、こうした静かな継承が存在しているのです」

映画では音楽も印象的に使われている。監督は「今作のサウンドトラックには本当に誇りを持っています。素晴らしいアーティストの皆さんが参加してくれて、心から感謝しています」と話し、曲についてこのように解説。「映画の冒頭で使ったのは、テリー・キャリアーの “Dancing Girl” です。フォークとソウルが交じり合ったような曲で、この映画に非常に感情的なインスピレーションを与えてくれました。そしてラストシーンには、ラビ・シフレの “Cannock Chase” を選びました。どちらの楽曲にも、同じ音楽的な精神が通っているように感じたんです」
 冒頭に流れる「Dancing Girl」はアコースティックギターの音色がやわらかく響き、メランコリックなメロディと落ち着いたヴォーカルが調和し、映画の内省的な雰囲気を引き立てている。なかでも特に印象的なのは、1960年の映画『スパルタカス』の曲をジャズ・ミュージシャンのユセフ・ラティーフがカヴァーした「Love Theme From Spartacus」が、ノーラがランニング〜セラピー〜舞台の打ち合わせをする日常にゆったりと流れるとシーンだ。個人的に非常に好きで繰り返し聴いている曲がふいに流れるのはいつでも楽しいし、それが映画のシーンに自然に合っているのだからなおさらだ。

レナーテ・レインスヴェ,ほか

家族の対立と和解は映画やドラマでよく描かれているテーマのひとつであり、そこには共感と感動がある。ただこの映画での共感がとても繊細でオリジナルなものであることは、トリアー監督が現実における“和解”の解釈について、はっきりと理解し心を砕いているからなのかもしれない。2025年11月10日付の「IndieWire」の記事「Joachim Trier Tells Us He’d Never ‘Begged an Actor’ to Work with Him Before - Until ‘Mr. Cinema’ Stellan Skarsgård(ヨアキム・トリアーは、これまで「ミスター・シネマ」ステラン・スカルスガルドと仕事をするまで、俳優に「一緒に仕事をしてくれないかと頼んだ」ことは一度もなかったと語る)」にて、監督が“和解”について語る言葉には、個人の人間関係はもちろん、国家や民族の間など世界情勢にも通じることが深く根ざしていて心に染みるものがある。「それは『話し合いをして、お互いの気持ちを共有すれば、それですべてうまくいく』といった安っぽい言葉ではありません。それが人生だとも思いません。和解とは、全てに同意したり、受け入れてもらったりすることではなく、違いを十分に話し合い、相手の言葉に耳を傾け、『私たちは決して同意できないかもしれないけれど、私はあなたと平和を見つけられる』と言えるようになることです。そして、それこそが私がさまざまな意味で切望していることです」
 2026年3月15日(現地時間)に授賞式が開催される第98回アカデミー賞では、8部門で9ノミネート(作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞(エルとインガの2名)、助演男優賞、脚本賞、編集賞、国際長編映画賞)されたことも話題に。アート系インディペンデント作品であるノルウェー映画が、アメリカの権威ある映画賞で主要部門も含めて多数ノミネートされたことは、トリアー監督の世界観と実力がいかに支持されているかがよくわかる。大きな旋風ともいえるような動きのなか、トリアー監督はいたって落ち着いて自身が表現したいことにフォーカスしている。監督は自身がこれまでも描き、これからもずっと探求し続けていくことについて、2025年5月22日付の「Variety」の記事「Norwegian Director Joachim Trier Talks ‘Sentimental Value’: ‘People That Deny Emotions Make Terrible Choices’(ノルウェーのヨアキム・トリアー監督が『センチメンタル・バリュー』について語る:「感情を否定する人は、ひどい選択をする」)」にて、このように語っている。「ヒューマニズム映画という概念があります。今、世の中はそういう話題で持ちきりですが、私は敵対者について書くことはできません。他者を敵として描くことに興味がないのです。私が興味をもっているのは、なぜ人々が傷つけ合い、失望させてしまうのかという複雑な理由を理解することです。優しさにも興味があります。それは性格にも由来していると思います。私は外向的で好奇心旺盛で、人が本当に好きなんです。もし誰かがこのスタイルを“感情的すぎる”と思うとしても、気にしない。それが私なんです」

参考:「Euronews」、「IndieWire」、「Variety

作品データ

公開 2026年2月20日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2025年 ノルウェー
上映時間 2:13
配給 NOROSHI ギャガ
映倫区分 G
原題 SENTIMENTAL VALUE
監督・脚本 ヨアキム・トリアー
脚本 エスキル・フォクト
出演 レナーテ・レインスヴェ
ステラン・スカルスガルド
インガ・イブスドッテル・リッレオース
エル・ファニング
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。