箱の中の羊

息子を亡くした夫婦はヒューマノイドを迎える
是枝裕和監督のオリジナル脚本による
喪失から再生へと模索する人々の心の物語

  • 2026/05/26
  • イベント
  • シネマ
箱の中の羊©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

残された者たちの思いの先にあるものとは。日本映画では『万引き家族』以来、約8年ぶりのオリジナル脚本による是枝裕和監督の最新作。出演は、『海街diary』以来11年ぶりの是枝作品となる綾瀬はるか、『OUT』の大悟(千鳥)、オーディションにより抜擢され、本格的な演技は初となる纐リ里夢くわきりむ、清野菜名、寛一郎、柊木陽太、角田晃広、野呂佳代、星野真里、中島歩、余貴美子、田中泯、多彩なキャストが顔を揃える。息子を亡くして2年、建築家の音々おとねと工務店の二代目社長を務める健介の甲本夫婦は、息子・翔の姿をしたヒューマノイドを迎え入れる。もしも他界した人物とそっくりのヒューマノイドと、家族として一緒に暮らせるようになったなら──。“少し先の未来”を舞台に、喪失と向き合う家族の姿を描く物語である。

息子を亡くして2年、建築家の音々と工務店の二代目社長を務める健介の甲本夫婦は、息子・翔の姿をしたヒューマノイドを迎え入れることになる。彼が到着した日、音々は「おかえり」と駆け寄り喜び、健介は「いらっしゃい」としか言えず、戸惑いを隠せずにいた。そこから家族の時間が少しずつ動き始めるなか、本物の息子・翔と<彼>とのギャップに、波紋が静かに広がっていく。ほどなく予期せぬ事態が起こり、夫婦がそれぞれに抱く息子の死への想いが露わになっていく。

綾瀬はるか,纐リ里夢,大悟

是枝監督のオリジナル脚本による、喪失から再生へと模索する人々の心の軌跡を映す物語。タイトル『箱の中の羊』は、サン=テグジュペリの『星の王子さま』の一節に由来している。箱の中にいるはずの羊を思い描く、見えないものに対する想像力は、人間性の本質に関わるものだ。また劇中にヒューマノイドが登場するものの、この映画ではテクノロジーを礼賛も批判もしていない。是枝監督はこの物語でAIをどのように捉えているかについて、2026年5月17日(現地時間)にカンヌ国際映画祭で行われた公式会見にて、「今回の物語は親離れ、子離れの話を、AIと人間の関係にトレースしながら描いています」と語った。また監督はAIについて自分は詳しくないと話し、この映画の始まりのきっかけについて、同会見にてこのように話した。「技術が進歩してもなお残る最も人間らしいものはなんだろうか。それを観た方が観終わった後に辿っていけるような、そんな物語を書きたいなと思ったのがスタートでした」
 劇中で息子を亡くした夫婦はヒューマノイドを迎えたことをきっかけに、思いがけず浮かび上がってきた自分たちの心情と向き合うことになる。この物語の具体的な着想は監督が、生成AIを使って死者を蘇らせるビジネスに取り組む、中国の企業家の記事を読んだことだったという。そして監督は実際に中国に赴きその人物に会って直接話を聞き、その取り組みについて感じたこと、映画の軸につながったことについて、同会見にてこのように語った。「大変興味深く、これは利用する方がいると思う反面、その死者の存在を生きている人間が勝手に操作していいのかという倫理的な問いが自分の中に生まれました。ただそれが問われるのは、彼ではなく人間側だと思いました。最終的にその倫理観に大人が気づくという部分をひとつの縦軸にしようと考えました」

余貴美子,清野菜名,纐リ里夢,綾瀬はるか

建築家の甲本音々役は綾瀬はるかが、他界した息子・翔の姿のヒューマノイドを喜んで迎え、共に過ごすことで生気を取り戻しながらも、母親として複雑な感情を抱く姿を繊細に表現。綾瀬は撮影中に音々を演じることやこの物語について、「“少し先の未来”の物語ですが、夫婦の形や子供のこと、人と人の愛というのはずっと変わらない大事な部分だと感じながら演じています」とコメントしている。
 音々の夫で工務店タマケンの二代目社長・甲本健介役は千鳥の大悟が、ヒューマノイドの翔に戸惑いながらも徐々に受け入れようとする姿を素朴に。人間の翔とヒューマノイドの翔の二役は纐リ里夢が、子どもらしさと底知れない雰囲気の両面を漂わせている。音々の妹・亜利寿役は清野菜名が、タマケンの従業員・日高玄役は寛一郎が、ヒューマノイドの翔に接触する少年・今野詩季役は柊木陽太が、音々に新居の建設を依頼する羽野夫婦の夫・潤一役は東京03の角田晃広が、その妻・佳澄かすみ役は野呂佳代が、甲本夫婦が出会うヒューマノイドを息子に迎えた母親役は星野真里が、ヒューマノイドサービスを展開するRE birth社のエンジニア役は中島歩が、音々の母・西村信代役は余貴美子が、タマケンの熟練工・山縣昭男役は田中泯が、それぞれに演じている。
 監督は脚本が途中から変化していった理由について、このように語っている。「初めは家族の物語として脚本を書き始めましたが、夫婦の物語として着地したのは、綾瀬はるかさんと大悟さんが魅力的だったからです。撮影しながら、少しずつ夫婦のシーンが増えていき、自分でも当初は考えていなかったところへ導かれていきました」
 また監督は家族を描いているものの、テーマとしては違う意図があると語る。「あまり自分で今回はファミリードラマだと思って作っていたわけではないので、実は。家族という箱としては使いましたけれども。自分としては人間とヒューマノイドが出てくる話ですが、むしろ人間性ってなんだろうか、最後に残る人間らしさというのは何なんだろう、ということに向かって物語が進んでいくというようなことは考えていました」

最新AIはテクノロジーによる効率化が基本にあるものの、生成AI搭載のヒューマノイドが登場するこの映画は、フィルムで撮影されている。監督は今回もフィルムで撮影していることについて、自身の手法を例に挙げ、「いまだに原稿は手書きで、PCも一本指で打つような人間」であり、「単純に僕は指を動かさないと発想が出てこない」と話し、「身体性へのある種の信頼があります」とコメント。また撮影中に読んでいた建築家・西沢立衛氏の本に共感し、監督は映画制作についての考えを前述のカンヌ国際映画祭の公式会見にてこのように語った。「手作業を無駄ととらえず、人間がふんばっていくということが映画作りにおいても大事なのかなと思います。効率化は労働時間を短くするためには必要な部分ではあるのですが、その場その瞬間にしか生まれない奇跡もあると思っていて、そういう瞬間を求めて映画を作っています。人間の営みとして」

纐リ里夢,柊木陽太

大切な人を亡くした人間は、その喪失とどのように折り合いをつけていくのか。迷い、葛藤し、行きつ戻りつしながらも少しずつ受け入れて手放してゆく。グリーフワークの過程について、この作品は静かに問いかける。2026年5月16日(現地時間)に第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で公式上映された際には、9分間もの拍手と歓声のスタンディングオベーションが続いたという報道も。また是枝監督はこの映画がたどった制作の背景について、2026年5月11日に東京で行われた完成披露試写会にてこのように語った。「原案から立ち上げて作った映画は久しぶりで、自分の頭の中にあったことというよりも、その間に出会った方々との交流の中ででき上がった作品。自分で観てもとても豊かなものが映っているし、あの空気感の中でしか生まれなかったものを皆で作り上げる事ができたと実感しています」
 箱の中に何かがいる。それに思いを巡らせる想像力をもっていられたらと考える。効率や最適解を前提とするAIは、おそらく想像し続けることや、問いをもち続けることは理解できないだろう。目に見えないものについて考え続けることは、非効率をいとわない、感じることを自然に優先する人間の能力と言えるかもしれない。最後に、前述の完成披露試写会で是枝監督と綾瀬が伝えたメッセージをご紹介する。
 綾瀬「AIやヒューマノイドを題材にしていますが、喪失や愛情、家族とは?などを丁寧に描いた作品です。観終わった時にジワッと残るものがあると思います」
 是枝監督「目に見えない繋がりや目に見えないものの大切さを描きたい、ということが構想を練りながらわかってきて、久しぶりに『星の王子さま』を読み直しました。人間には本来、箱の中身に思いを巡らせる想像力があったはずなのに、今やすっかり失われてしまった。そんな人間の退化を尻目に、おそらくAIは人間を取り残していくのでしょう、子どもが親離れするときと同じように。今回の作品で、自分の視点は中庭に植えられたレモンの木の上にあって、そこから物語を少し引いて見ているような感覚でした。自分の中からこんな話が出てくるのかと驚くくらい、寓話的で思索的な作品になったのではないかと、今は感じています」

作品データ

公開 2026年5月29日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2026年 日本
上映時間 2:06
配給 東宝 ギャガ
英題 SHEEP IN THE BOX
監督・脚本・編集 是枝裕和
出演 綾瀬はるか
大悟(千鳥)
纐リ里夢
清野菜名
寛一郎
柊木陽太
角田晃広
野呂佳代
星野真里
中島歩
余貴美子
田中泯
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。