デッドマンズ・ワイヤー

異様な籠城事件をヴァン・サント監督が映画化
追い詰められた男と人質の顛末を
冷静な視点で描くクライム・スリラー

  • 2026/07/27
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デッドマンズ・ワイヤー© 2025 Starlight Digital Ventures, LLC. All Rights Reserved.

1970年代のアメリカで実際に起きた異様な立てこもり事件をもとに、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『ミルク』『エレファント』などのガス・ヴァン・サント監督が映画化。出演は、『IT/イット』シリーズのビル・スカルスガルド、Netflix「ストレンジャー・シングス」シリーズのデイカー・モンゴメリー、『シンシン/SING SING』のコールマン・ドミンゴ、『ゴッドファーザー』シリーズのアル・パチーノほか。インディアナポリスに住む中年の独身男性トニーは、不動産投資会社に財産を騙し取られたとして、同社の社長の息子で役員のディックを人質に取り立てこもる――。裏切られ踏み躙られたというトニーの強い恨み、自身に起きたことを社会に広く伝え、謝罪と補償を得ることへの強い執着、不在だった社長の代わりに巻き込まれた息子ディック、命懸けの緊張感のなかでわずかに通じ合うような奇妙な瞬間、そして事件の顛末とは。人質と自分の首をワイヤーとショットガンで固定して63時間も籠城した実話をもとに、事件の経緯を冷静な視点で描いてゆく、クライム・スリラーである。

1977年2月、真冬のインディアナポリス。トニー・キリシスは財産を騙し取られたとして、不動産ローン会社メリディアン・モーゲージ社に押し入り、社長の息子で役員のディック・ホールを人質に取り立てこもりを開始。自分の首と人質の首にショットガンをワイヤーで固定、ヘタに動けば自動発砲される“デッドマンズ・ワイヤー”という装置を使い、同社からの謝罪や補償を訴えた。地元警察が全く身動きを取れない中、トニーは自分の訴えを広めるために地元ラジオ局に電話出演、犯行現場にメディアを招き入れTV生中継を要求するなど前代未聞の行動に出る。

アル・パチーノ

追い詰められた人間の叫びを描く、ガス・ヴァン・サント監督の最新作。人質と自分の首にワイヤーでショットガンをつなぎ、人質が離れようとしたり犯人に危害が加えられたりすると、自動で引き金が引かれ発砲される仕掛けの“デッドマンズ・ワイヤー”。この仕掛けにより警察がうかつに近づけず、籠城が長時間続く異様な状況の中、現場では何が起きていたのか。監督は脚本を読んだ時に当時の911通報で録音されたトニー本人の肉声を聞き、冗談を言ったり癇癪を起こしたりしながら早口で状況を伝える声を聞いて、その存在に強く引き込まれたという(2025年10月25日の「Variety」の記事「Gus Van Sant on His Comeback Film ‘Dead Man’s Wire,’ the Unintentional Movies He’s Made and Why He Still Thinks About River Phoenix All the Time(ガス・ヴァン・サント監督が復帰作『デッドマンズ・ワイヤー』、意図せずして作り上げてしまった映画、そしてなぜ今でもリバー・フェニックスのことを考えてしまうのかについて語る)」より)。トニーの孤独と混乱、そして怒りと衝動。その切実さは、事件を単なる犯罪とは言い切れない複雑さにつながっている。

立てこもり事件を起こしたトニー・キリシス役はビル・スカルスガルドが、非道なことをしながらも、人質の家族にお詫びをするなど、不安定な心理をもてあますかのような姿を緊張感とともに表現。監督とビルはトニーについて、単なる狂人ではなく、やさしさがあり、欠点が多く、いつも動揺し、母親を思い出して泣き、抱えきれない怒りがある、どこにでもいる人とまったく同じだという。またビルは自分より30cm背が低くギリシャ系アメリカ人であるトニーを、スウェーデン人の自分が演じることはどうなのかとも感じたものの、監督が見た目の違いにこだわらないと知り、出演を決めたとのこと。俳優の休止期間を早めに切り上げてもトニー役を引き受けたこと、そしてこの役の手応えについて、ビルは2025年12月16日付の「The Hollywood Reporter」の記事「Why Bill Skarsgard Cut His Acting Break Short for ‘Dead Man’s Wire’(ビル・スカルスガルドが『デッドマンズ・ワイヤー』のために俳優業の休止期間を短縮した理由)」にて、このように語った。「とても複雑で、面白くて、ダイナミックな役柄に恵まれた。アメリカではこれまでやったことのないタイプの演技が求められたんだ」
 不動産ローン会社メリディアン・モーゲージ社の社長の息子で、人質となるディック・ホール役はデイカー・モンゴメリーが、事件を担当するグレイブル刑事役はケイリー・エルウィスが、事件を追う地元TV 局のレポーターのリンダ役はマイハラが、不動産ローン会社社長のM・L・ホール役はアル・パチーノが、それぞれに演じている。
 なかでもトニーが大ファンで信頼している、地元ラジオ局の人気DJ フレッド・テンプル役はコールマン・ドミンゴがいい味わいで表現。彼のシーンには穏やかな雰囲気と魅力的な音楽があり、ホッとひと息つけるように構成されている。監督は前述の「Variety」の記事にて、「実はあのキャラクターは映画『ウォリアーズ』(1979)のDJをモデルにしたんです。脚本にもそう書いてありました」とコメントしている。

コールマン・ドミンゴ

劇中には、ロバータ・フラックの「Compared to What」をはじめクールなジャズやファンク、ソウルなどの楽曲から、映画『明日に向って撃て!』の挿入歌として有名なB・J・トーマスの「Raindrops Keep Fallin' On My Head(雨にぬれても)」までさまざまな曲が流れてくる。なかでも印象的なのはバリー・ホワイトの「Never, Never Gonna Give Ya Up」だ。この曲はさまざまな映画で何度も流れ、そのたびに惹きつける。ラブソングに潜むどこか不穏で濃厚な旋律は不思議とどんなストーリーにもよくなじみ、物語の輪郭を際立たせている。

この“デッドマンズ・ワイヤー”事件は、2024年12月にニューヨークのマンハッタンで起きた殺人事件と比較されることがある。医療保険会社ユナイテッドヘルスケアのCEO、ブライアン・トンプソンが射殺され、当時27歳だったルイージ・マンジョーネが逮捕された事件だ。トニーの行動は、当時の社会において“弱者の反撃”とも“危険な暴力”とも映り、人により受けとめ方が大きく割れていた。そしてマンジョーネの事件でも、人々の間でこうした2つの解釈がなされている。
 この映画の制作は2024年11月にはすでに始まっており、撮影を進めるなかでマンジョーネの事件が起きたことについて、ビルは前述の「The Hollywood Reporter」の記事にてこのように語った。「世界の不安定さや制度への信頼の喪失といった点で、私たちが今経験していることには、あの時代と多くの共通点があります。弱者は踏みにじられ、それに不満を抱いているのです」
 そして監督はキャストとスタッフへの謝意とともに、観客へのメッセージについてこのように語っている。「制作期間中に世界情勢が急速に変化していく中で、物語と現実の出来事との間に不穏な共通点があることに気づきました。そのことが、この作品を“時代性のあるもの”であると同時に観客に不安を与えるものにもしています。本作が過度な苦痛を与えることのないよう願っていますが、我々が生きている時代そのものが深く不安定である以上、ある程度の居心地の悪さは避けられないのかもしれません。この映画の基となった実在の人々の物語に感謝するとともに、本作に力強い命を吹き込んでくれた、素晴らしいキャストとスタッフに心から感謝します」

マイハラ,ほか

この映画が伝えているのは事件そのものよりも、追い詰められた無力な個人が声を上げる手段として、極端な暴力につながってしまう構造だ。ヴァン・サント監督は「Variety」の記事にて、自身のこれまでの作品も含め、実在の人物や事件を題材にすることについてこのように語った。「私の映画の多くは、フィクション作品であっても、現実世界の出来事、つまりニュース記事やコラムなどを基にしています。『ドラッグストア・カウボーイ』『エレファント』『ラストデイズ』もすべて、そういった衝動から生まれた作品です。テレビでよくあるような“実録犯罪ドキュメンタリー”ではありませんが、人がなぜ特定の行動をとるのか、つまり犯罪の背後にある疑問を描いています」
 トニー・キリシスが自身の思いを訴えたラジオとテレビ生中継は、現代のSNSでの告発に近いものがある。制度への信頼が揺らぎ、正規のルートでは声が届かないと感じたとき、人は極端な手段によってでも承認を求めてしまうことがある。その心情はメディア環境がどれほど変化しても消えないものなのかもしれない。
 ヴァン・サント監督による7年ぶりの長編映画となった本作。監督は次回作について、「アイデアは山ほどある」と「Variety」でコメント。「デジタルファイルにはアイデアがぎっしり詰まっています。『ミルク』のように、実現までに何十年もかかるものもあるでしょう。でも、アイデアはそこにあり、待っているのです」
 次はどのファイルが開かれるのか。誰かにとっての"なぜ"という衝動を、監督はまたスクリーンに映し出すのだろう。

参考:「Variety」、「The Hollywood Reporter

作品データ

公開 2026年7月17日より全国公開
制作年/制作国 2026年 アメリカ
上映時間 1:45
配給 KADOKAWA
原題 Dead Man's Wire
監督 ガス・ヴァン・サント
脚本 オースティン・コロドニー
音楽 ダニー・エルフマン
出演 ビル・スカルスガルド
デイカー・モンゴメリー
ケイリー・エルウィス
マイハラ
コールマン・ドミンゴ
アル・パチーノ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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