港区界隈の個性派 博物館
史跡 江戸城外堀跡石垣
諸大名が力を結集した江戸時代265年の礎に触れる 史跡 江戸城外堀跡石垣

文部科学省や霞が関ビルなどが建ち並ぶ霞が関コモンゲート。行政や経済の中枢としてワーカーの姿が途切れることがないこの地に、徳川幕府の府城として日本最大規模を誇った江戸城の外堀が眠る。2008年の文部科学省庁舎の新庁舎落成に合わせて、敷地内の外堀跡石垣が展示公開。意外な歴史スポットとなっている。

江戸の城下町を取り囲む広大な外堀の石垣は、寛永13年(1636年)に、家康の代から続いた江戸城整備の総仕上げとして三代将軍徳川家光が命じたもの。いわゆる天下普請(幕府が全国の諸大名に行わせた土木工事)の一つだ。60家の大名を6組に分け、それぞれ区域を分担し、現在のほぼ外堀通りに相当する全長14kmを積み上げた。関東では石垣に相応しい花崗岩が採掘できないため、遥か伊豆から石を船で運んだという。また、八重洲は湿地、神田は山、溜池は沼地であったため、台地と低地の高低差を利用していたという。

一番総合的なのは地下展示室。銀座線「虎ノ門」駅から11番出口の庁舎連絡通路を進むと、案内板が見えてくる。石垣解説や外堀の水位を説明したパネル、素材となった花崗岩の標本があり、奥のオープンエアに堂々とした石垣がそびえる。どれも60〜80cm四方に切断されたものがきれいに乱積みされる姿は美しい。規格に沿って粗く切った石と間詰石で固定していく“打込みハギ”という築石技法だ。虎ノ門から溜池までの区間は、岡山藩(池田家)を頭とする組が担当し、この石垣は佐伯藩毛利家(大分県佐伯市)が築いている。工事区域の分担は大名の石高によって分かれ、区分けを示すために刻印が彫られた。

文部省の新旧庁舎の間にある石垣は摂津三田藩九鬼家が担当。対面には、石垣発掘調査の報告が詳細に綴られている。アネックス前の石垣、虎の門三井ビルの櫓台跡も併せてたどれば、歴史のパズルを組み立てるような面白さも。庁舎や近隣のビルに仕事で出かけたワーカーが帰りにふらりと見ていくのもうなずける。今も変わらぬ行政の中枢で、かつての礎に触れて過去を顧み、未来へと思いをつなげてみたい。

    史跡 江戸城外堀跡石垣(霞ヶ関)
  • 千代田区霞が関3-2-2
    文部科学省構内 [MAP]
    ※地下展示室は銀座線「虎ノ門駅」11番出口付近
  • 文化庁記念物課
    03-5253-4111
  • 千代田線「霞ヶ関駅」徒歩5分
    銀座線「虎ノ門駅」直結
  • webサイト
江戸城外堀跡地下展示室
外堀水位の表示
地下展示室からの眺め
矢穴や藩の刻印
霞が関コモンゲートアネックス前歩道の石垣
文部科学省新庁舎と旧文部省庁舎の中庭
ラウンジ前の石垣
発掘調査報告のパネル
虎の門三井ビル前の櫓台跡

2013年6月取材/2013年7月更新