本と出会い、新しい経験を持ち帰る『本と人をつなぐ書店』

大垣書店 麻布台ヒルズ店(麻布台)

  • 2025/03/24
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「緑に包まれ、人と人をつなぐ『広場』のような街」がコンセプトの麻布台ヒルズ。
住居、オフィス、商業施設、文化施設だけではなく、学校や病院などの都市機構が集まった、コンパクトシティとなっている。
 街に不可欠なものの一つが書店であると、出店が決まったのが、大垣書店だ。

大垣書店外観大垣書店外観。「OGAKI BOOKSTORE」と表記されたロゴは、海外の方が多く来店する麻布台ヒルズ店のみ。この店舗のために新たにデザインしたものだ

大垣書店は昭和17年に京都・北大路に第一号店を出店。以降京都を中心に、大阪や兵庫、滋賀県と関西圏をメインとして41店舗と躍進。
全国的に書店が減少する中、大垣書店は10年間で直営店を2倍に増やし、その成長力には業界内外から注目が集まっている。
 「地域に必要とされる書店でありつづけよう」がコンセプトの大垣書店は、各店舗の裁量に任せた売場づくりや、地域の人々の要望に応えニーズにあわせた品揃えが評判となり、地域に愛される店舗を展開している。その店舗づくりが大垣書店に白羽の矢が立った決め手だろうか。

「私どもに打診いただいた理由として、京都本店を見たデベロッパーの方が『本を真面目に、しっかりと売っているところが決め手となった』とのことでした。本だけで利益を上げることが難しい書店は、CDやカードゲーム、それがだめなら流行りの外国製化粧品…と、多方面に取り組む店が多いのです。この店のオープン来ていただいた他の書店の方から『なぜこんなに本を置いているの?』と驚かれましたけれど、そりゃ本屋ですから、当たり前ですよね」。
と、ユーモアを交えて話してくれたのは、麻布台ヒルズ店の店長、赤井良隆氏。

赤井氏書店向けセミナーなどで講師を務めたこともある、麻布台ヒルズ店・店長の赤井良隆氏は、話題豊富で聞き飽きない。書店の今後ありたい姿を穏やかに、でも情熱的に語ってくれた

赤井氏は大学を卒業後、全国展開の大手書店にて数年務めた後、出身地でもある京都に本拠地を置く大垣書店に入社。以降20年以上、烏丸からすま三条店、高槻店、四条店など多くの店舗オープニングに携わってきた、いわば新規店舗立ち上げのスペシャリストともいえる存在だ。
 関東にも系列店が数店舗あるものの、「大垣書店」ブランドでの東京進出は麻布台ヒルズ店が初となる。赤井氏を店長としてスタートさせたのだから、大垣書店の東京進出に対する思いの強さがわかるというものだ。

「オープンの一年ぐらい前から、何回もデベロッパーの方とミーティングを重ねましたが、『新しい街をつくるにあたって、地域にお住まいの方や、ワーカーの方々が集まれる場が欲しい。その場所を書店にしたい』という要望をいただきました」。
 本を中心に人と人をつなぐ場として、大垣書店では本に関連するイベントを定期的に開催しており、ギャラリー「NEUTRAL p.2」や、「DEN」などのスペースが用意されている。

ギャラリー展示の様子2月に開催された、陶芸家 アヤカ・タバラ氏の個展「記憶 memory」の展示風景。タバラ氏がセレクトした本と一緒に作品が展示され、連日多くの人で賑わった

「イベントで隣に座った人同士で話したり、一緒に楽しんだり。そこからコミュニティが広がるといいな、と思っておりましたが、実際にお友達になっている方たちもいらっしゃいます。イベントに参加した近隣にお住まいの方が、地域のコミュニティの人たちと知り合って仲間入りした、などという話を聞くと、人と人をつなぐという目的は達成できているのでは、と思っています」。

人と人をつなぐという点では、併設のカフェ「SLow Page(スローページ)」も一役買っている。
L字型のカウンター席のミニマムなカフェは、窓から入るやわらかい光が心地よく、隠れ家のような特別感がある。
 赤井氏曰く、ここではカウンターの絶妙な距離感のためか、ふと聞こえてくる隣の人の会話に自然と混じり、『いつの間にか友達になっている』お客様の姿が見られるそうだ。

カフェ外観現在3店ある「SLow Page」の中で、サイフォンコーヒーを楽しめるのは、麻布台ヒルズ店のみ。
まろやかで豊かな風味を、ぜひお試しあれ

「SLow Page」を取り仕切るのは、麻布台店・副店長の大垣交右おおがきこうすけ氏だ。流れるようにスムーズな動きで接客しつつ、店内はもちろん外の様子にも常に気を配っている。
大垣書店では、麻布台ヒルズ店で3店舗目となる「SLow Page」のほか、「&cafe(アンドカフェ)」ブランドで直営のカフェを書店店舗併設で展開している。
 「京都の店はよりカジュアルに、“パンとコーヒー”のような、京都の町喫茶のイメージですが、麻布台では限られたスペースで、ゆったりとコーヒーやお酒を楽しんでいただく空間となっております。こちらの店内ではカウンター8席のみですが、イベントが開催されていない時は隣のギャラリースペースでの飲食も可能です」。
 取材に訪れたこの日も、オフィスワーカーがランチタイムにテイクアウトしたカレーを楽しむ姿が見られた。

椅子が並ぶギャラリースペースイベントなどがない時は、このスペースで「SLow Page」で注文した料理などを楽しむことができる。テイクアウト用として利用できる時は、椅子と目印の看板が設置される。

「カレーは4種類を日替わりで提供しています。残業の時に10個ほどテイクアウトされる方や、昼食時に利用いただくオフィスワーカーの方も増えています」。
カレーのテイクアウトは電話での注文も可能なので、ぜひ活用したい。

お持ち帰りカレーの様子がわかる入口グリーンカレー、バターチキンカレー、パキスタンカレー、ビーフカレーの4種。SNSにローテーションが掲載されることもあるので、大垣書店のInstagramをフォローしてみよう

「この空間で『京都色』は出さず、シンプルな内装にしつらえていますが、敷板やテーブルの表面は京都の和紙職人が手がけており、店内で使っているグラスのほか、そちらの壁にある装飾は、京都のガラス職人が作ったものです。また、コーヒー豆は当社で焙煎したものを使用しています」。

店内内装やテーブルグラスや明かりのように光が灯る美しい装飾は、ガラス工芸作家・荒川尚也氏の作品。テーブルの天板と敷板は、和紙職人・ハタノ ワタル氏が手がけたもので、和紙ならではの表情と和紙とは思えない頑丈さに驚く

麻布台ヒルズ店名物の「サイフォンコーヒー」は、薫り高くなめらかな味わい。2杯分飲める量もうれしい。なお、隣のスペースで飲む際は、テイクアウト用のカップでの提供となる。
サイフォンコーヒーはデカフェタイプのものもあり、他にもアイスコーヒーや紅茶、ジュースなどのソフトドリンクが多彩に用意されている。

サイフォンコーヒーとカップカップは京都で活動する人気の陶芸家、東一仁氏、木下和美氏の作品が使われている

また、ウィスキーをはじめとする豊富なアルコールメニューが用意されており、バーとして使えるところも魅力のひとつだ。仕事終わりや休みの日に、本を片手にゆっくりとした時の流れを楽しむのも良いかもしれない。

最近、カフェを併設する書店が多く見受けられる。
「カフェを併設してほしいという要望は多くのデベロッパー様からいただきます。私どもでは、直営のカフェを出せる点が、強みですね」と語る、店長の赤井氏。
「イベント用のスペースが欲しいけれど、使用していない時間帯もある。このようにカフェとしても使うことができる空間の使い方は、他の店舗が入ると難しいですから」。

メインギャラリーでの展示会の様子「ねずみくんのチョッキ 〜ねずみくんとすごす冬〜」の展示風景。『ねずみくんへのメッセージ』コーナーなど、心温まる空間が広がっていた

店内にはギャラリースペース「NEUTRAL」が、p.1からp.4まで、4つある。
「p.1 MAIN GALLERY」では、定期的に展覧会が開催される。取材時は、「ねずみくんのチョッキ 〜ねずみくんとすごす冬〜」が展開されており、来店客が「あ、ねずみくんだ! なつかしい」とギャラリースペースに立ち寄っていた。

p.4 Ehon GALLERY「p.4 Ehon GALLERY」では、絵本にちなんだアートが楽しめるほか、椅子に座ってゆっくりと絵本を選ぶことができる。午後には絵本を楽しむ親子連れでにぎわう

「p.2 LIVE GALLERY」は、前出のカフェ横のイベントスペースだ。「p.4 Ehon GALLERY」は、絵本が並び、絵本の原画展などが開催される。
では「p.3 OPEN GALLERY」はどこだろう、と探していると、お客様に丁寧な本の説明をしている店員の後ろ姿が目に入った。
麻布台ヒルズ店で、ギャラリーやアートブックなどを担当している結城史音氏だ。

p.3 OPEN GALLERYと結城氏「僕はとにかく本が好きで、いろいろな人に本を読んでいただきたい。また、アートも好きなので、良い環境で仕事をさせてもらっています」と語る結城氏。「麻布台ヒルズ店には、いろいろな人が集まるので、アーティストの方にとってチャンスが広がると嬉しいですね」

祖父や叔父などまわりに画家が多く、アートが身近にある環境で育った結城氏は、知人の個展を手伝った経験などを買われて、麻布台ヒルズ店ではアートコーナーなどを担当している。
 ちなみに、「p.3 OPEN GALLERY」は、店舗全体をギャラリーと捉えた展示を意味しており、書店を本とアートを楽しむ空間としてほしいという思いを込めてネーミングしたそうだ。複数のアーティストによる展覧会で、気に入った作品を撮影・SNSに投稿する企画など、あらゆる試みが行われている。

「タダジュンの仕事展」取材の後日、メインギャラリーにて開催された「タダジュン 本の仕事展」の様子。
「タダさんの装丁画は本当にかっこいい。表紙に惹かれて本を買って、読んでみたら面白かったという経験は、ネット書店ではできないこと。そのような本との出会いを増やせるよう、取り組みたい」と、結城氏

「書店の中のギャラリーなので、メインギャラリーではなるべく書籍に関連させて、書籍の販売に結びつくものを展示していきたいという想いがあります。書籍をきちんと紹介して売り上げを出しつつ、一方で原画などをきちんと作品として展示し、アーティストの方にも喜んでいただく。絵本や書籍のイラストレーターの方には、自身の作品を多くの人に生で見ていただける機会があることを、とても喜んでいただいています。そういうことを大切に、出版社の方とギャラリーと作家さんと三方良しでやっていきたいです」。

アートブックコーナーアートブック専門のディストリビューター「twelvebooks」の協力のもと、美しいレイアウトのアートブックコーナーを形成することも結城氏の仕事の一つだ

大垣書店の特徴の一つは、アート関連の書籍が充実していることだ。
「森美術館で開催していた「ルイーズ・ブルジョワ展」や田名網敬一氏など、近隣の美術館で開催された展覧会に関するものも置いています。このコーナーは基本的には洋書のみを置いていますが、田名網さんには、生前こちらの店にご来店いただいたり、イベントを開催させていただいたりというご縁もありましたので、このコーナーに置かせていただいています。

アートコーナー近代美術、建築、写真などジャンルごとに分けられつつ、ゆるやかにつながる棚は、眺めているだけでインスピレーションが湧きそうだ。ゆとりのあるスペースで、本をゆっくり吟味できるよう工夫されている

「アートブックは海外の方がご購入される事が多く、50冊ほどまとめて買われた方もいらっしゃいました。ギャラリーごとや作品の系統によって分けておりますが、今後は伝わりやすさと見栄えの良さの両立がポイントとなりますね。お客様にはアートの知識が豊富な方が多く、そのような方のニーズにどれだけ応えることができるか。他の書店でも見かける書籍ばかりになると、『発見がない』と離れてしまうので、お店に来るたびに新しい発見を持ち帰っていただくよう工夫することも、今後の課題です」。

美術関連書コーナー美術関連書コーナーは、美術史や技術書、作品集のほか、バラエティー豊かな品揃えの和書が揃っている。このコーナーに限らず、おすすめの書籍には『OGAKI SELECT』の札が添えられている

アートブックコーナーから吹き抜けを挟んで反対側には、美術関連書が豊富に揃っており、アートブックとはまた違った楽しみ方ができる。
開催中の展覧会に関するものや写真集など、あらゆるニーズに応えてくれるので、展覧会の帰りに立ち寄るのも良いだろう。

ビジネス本コーナービジネス本のコーナーでも、ゆったりとした気持ちになるような心地よい照明も特徴だ

アート関連書に限らず、大垣書店では本が美しく見える。また、本が手に取りやすく選びやすい。
 「実は、照明にはとてもこだわっています。共有部分以外は天井照明を取付けておらず、棚の照明だけで照らしています。また什器はすべてオリジナルで、京都本店で使っているものをさらに改善して使いやすくしています。例えば棚板はすべて斜めになっていて角度がついているなど。その土地を見ながら、その土地で求められているものを汲み取った店づくりをしています」と、店長の赤井氏。

通し良い店内見通し良い店内は、開店直後には朝日が気持ち良く開放的。また、店内ではゆっくりと本を選ぶスペースが充実している

「店内は京都本店と同じ大きさですが、麻布台ヒルズ店は、なるべく見通しが良いように作っているので、在庫数に差が出ます。逆に、京都本店はあえて見通し悪く作っています。弊社会長が『迷路のようにしたかった』とのことで。本を探し回って思わぬ出会いがあるように、京都のせまい路地をイメージしているのです」。

大垣書店は、地域のニーズをくみ取った店舗づくりに評判が高い。そこで「東京と関西圏では、ニーズに差があるかの質問には、
 「ニーズというよりは人の違い、正確には人の量の違いです。圧倒的に人が多いので、可能性しか感じないですね。イベント一つ開催しても、麻布台だと人の集まり方が違います。たくさんの人がいて、いろんなニーズがあり、出版社さんもたくさんある。本を通じて、読者も出版社もアーティスト・作家も、皆で嬉しい思いをしたいし、本の文化を盛り上げ、本を中心として、読者や地域の人と結び付きたいです」。

玩具コーナーお子様と来店する方が多い麻布台ヒルズ店では、児童書や玩具も多数取り揃えている。
「大人向けの店舗が多い麻布台ヒルズで、お子様が楽しめるコンテンツを提供できるのは私たちの強み。そこを伸ばしていきたい」と、赤井氏

最後に、オープンから一年たって、今後麻布台ヒルズ店をどのように展開していきたいか尋ねると、
「書店が減っている昨今、麻布台ヒルズだからこそというだけではなく、本を読む人たちに来ていただける店にしていきたいです。今後、街に書店が増えていけるように、ちゃんと本が売れているから、経営が成り立っている状態にしたい。これは私たち書店があきらめてきたことなのです。なぜなら本は利益が少ないから。でも、それを成し遂げていかないと街から本屋がなくなり、本を読む人もいなくなってしまう。そうならないために、地元の人やワーカーの方たちのニーズをしっかりくみ取って、私たちが掲げている『地域に必要とされる書店でありつづけよう』という取り組みを、もっと地道に実直に、行っていきたいです」。

ビルのデベロッパーから大垣書店側にもう一つ、「本から知識や新しい体験・発想など、何かインスピレーションがわくような場所にしてほしい」という要望があったそうだ。
この取材中、店頭で出会った美術関連の本を購入した後の帰り道、新しい本との出会いにワクワクした気持ちが止まらなかった。これは書店で本を購入するからこそ、持ち帰ることができる体験だろう。

基本情報

名称 大垣書店 麻布台ヒルズ店
所在地 港区麻布台1-3-1 麻布台ヒルズ タワープラザ4F
電話番号 03-5570-1700
営業時間 11:00〜20:00
公式サイト https://www.books-ogaki.co.jp/

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。