わたしに会うまでの1600キロ 試写会日記 毎週、あつた美希から映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ!傑作でも愚作でも、映画ってやっぱり素敵!!
わたしに会うまでの1600キロ

©2014 Twentieth Century Fox 

パシフィック・クレスト・トレイル1600キロを踏破した
女性の実話をリース・ウィザースプーン製作・主演で映画化
砂漠も雪山もひとりで越えて見出したものとは?

山歩きの経験もなくトレーニングもせず、衝動的にアメリカ西海岸の1600キロもの過酷な自然歩道を94日間かけて踏破した女性シェリル・スレイドの自伝的小説を映画化。製作・主演はリース・ウィザースプーン、共演は2006年の映画『インランド・エンパイア』のローラ・ダーンほか。監督は『ダラス・バイヤーズクラブ』のジャン=マルク・ヴァレ、脚本・製作総指揮は'09年の映画『17歳の肖像』のニック・ホーンビィ。
 さびれたモーテルの部屋で巨大なバックパックに荷物を詰め、重い荷物と暗い気持ちを抱えてシェリルは歩き出すが……。荒野あり雪山あり、極端な自分探しの旅へ飛び込んだ女性の実体験をもとにした作品である。

「バカなことをした」とシェリルはすでに後悔している。巨大なバックパックをかついで荒野を1人で歩き始めるも、荷物は重く、テントをはるのに何度も失敗し、コンロの燃料を間違えて冷たい粥しか食べられない。夜になれば経験したことのない真っ暗闇に囲まれて心細くなり、大好きな母を思い出しながら眠りにつき、翌朝にまた重い荷物と体と心をもって歩いてゆく。自然と自分しかないなかを淡々と歩き続け、自分に起きたこと、自分のしてきたことと向き合っていく。

メキシコ国境からカナダ国境まで、アメリカの西海岸を南北に縦断する、全長約4260kmの自然歩道パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)。そのうちの1600キロを94日間かけて踏破するシェリルの足跡を描く本作。日本の本州は弓状に全長約1300キロであり、比較すると砂漠あり雪山ありの1600キロがどれほどのことなのか改めて驚く。なぜこんな無謀なことに彼女は踏み出したのか。シングルマザーで自分と弟を育ててくれた愛情深い母を亡くし、深い喪失感から自分を見失い、すさんだ生活の末に結婚生活も破綻……という彼女の事情が、劇中で徐々に語られてゆく。
 原作者のシェリルは当時について語る。「94日間に渡ってPCTを歩くのは、肉体的にも精神的にもとても鍛えられたわ。あの時は母の死と離婚による喪失感と絶望感に襲われ、どうやって先へ進んでいいかわからなかった。トレイルでの経験は、あらゆる意味で、まさに1歩ずつ先へ進むことを教えてくれた」

ノンフィクションで雄大な自然と女性の1人旅、という概要だけ見ると似ている映画『奇跡の2000マイル』(2015年7月18日日本公開)とは、実際に観ると方向性がまったく異なっているとわかる。『奇跡の〜』は自然や土地、土地に生きる人々への敬意を尊重し、そこに寄り添う旅。時間と労を惜しまずに入念な準備をした上で行った、観ていると主人公とともに自分が自然の一部に近づく疑似体験をするかのような、ある種の芸術性を感じさせる作品で。
 本作は大自然へのチャレンジと、自分探しの成功体験を描き、「あなたにもできる」という親近感を伝えるようなイメージ。自然に生かされたというよりも、自分のやり方で自然に入り、わたしががんばったから完遂できた、“わたし讃歌”という感覚だ。
 正直、本作を観た筆者の個人的な感想は、「山や谷に向かってぶつけるのは思いと雄叫びだけで、物は投げない。自然に敬意を」。この映画では、自然をとらえた映像は美しいシーンが多くあるものの、主人公の自然への感謝と敬意が伝わってきにくく、すこし残念に感じられる面も。

リース・ウィザースプーン

シェリル役はリースが体当たりで熱演。本当に1600キロを歩いたわけではないものの、荷物が重そうに見えないのはよくないとのことから、約30キロのバックパックを背負って山道を駆け上がるシーンを何度も撮影したこともあったそう。ランチをとる時間がないときはお菓子でしのぎ、シャワーを浴びる時間がないときもあったとも。リースは語る。「予想した以上に肉体的にきつかった。でも、1日の終わりに何かをやり遂げたと思えたわ」
 またリースは、原作者のシェリルと撮影の前に長く一緒に過ごしたそう。シェリルはオレゴン州での撮影に立ち会ったそうで、その時のことをこのように語っている。「リースがつまずいて泣き出すシーンを4、5回撮り直すのを見ていたけれど、毎回一緒に泣いてしまったの。彼女は私自身だったから。でも、同時に彼女はリースでもあり、これこそが芸術の力だと思ったわ」
 回想シーンに登場するシェリルの母親ボビー役は、ローラ・ダーンが好演。明るく健気な表現が高く評価されている。ダーンは実際のボビーの在り方に打たれたとのこと。「最も感動したのは、夫からの虐待や貧しい生活、シングルマザーとしての子育てを苦難だと思っていないところよ。自分が犠牲になっているとはまったく思わず、人生をやり直すチャンスをつかんで喜んでいた。その点は女性として、強くインスパイアされたわ。シェリルの自伝を通して彼女に近付くことができて光栄よ」

そもそも企画のはじまりは、リースが原作本を出版される数ヶ月前に読み、映画化を熱望したとのこと。読んですぐにシェリル本人に電話し、感動したこと、多くの人の心に訴えるものだと伝えたそう。そして2012年にプロデューサーのブルーナ・パパンドレアとともに立ち上げた、自身の製作会社パシフィック・スタンダード・フィルムズを通して、自身の製作・主演で映画化することを2013年に発表したそうだ。

ローラ・ダーン

原作者のシェリル・ストレイドは、シラキューズ大学のフィクション・ライティング科でMFAを、ミネソタ大学から学士号を取得した人物。2012年に発表したこの映画の原作『Wild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trail』は、日刊紙「ボストン・グローブ」で2012年の最優秀ノンフィクション・ブックに選ばれ、世界各国で30言語以上に翻訳。司会やプロデューサーとして活躍するオプラ・ウィンフリーをはじめ多くの人々から支持されているそうだ。
 原作の魅力と脚本化について、脚本家のニック・ホーンビィは語る。「真摯で情熱的だが、決してユーモアを失わない。自己憐憫や自己嫌悪することなく、自分の仕出かした様々な失態を語る率直さが気に入った。彼女の楽天主義と、どんなに遠くて時間がかかろうとも光を見つけようとする決意が心地良かった。肝心なのは、痛みや喪失、孤独感の生々しさを見せることだった」

今夏は自然を旅する女性の映画を2本観て、とても私的なことを思い出した。スケールはまったくぜんぜん及ばないものの、実は筆者も20代の終わりに、編集さんのお誘いで熊野古道を歩いたことがあって。
 当時は熊野古道がまだ世界遺産に登録される以前で、信仰心のある人や神道や仏教において修行中の人、山歩きのベテランの人が行くような、知る人ぞ知る場所で。わたしたちも禊を行い、水を担いで歩いた。とても清々しい場所がたくさんあったことをよく覚えている。1日目はなんとか乗り切ったものの、2日目に体力のなさから仲間とはぐれて迷子になって。サポートしてくれていた親切な知人女性とともに山中を一晩中さまよい、明け方になんとか下山した、という情けなくも懐かしい、友人知人たちに感謝でいっぱいの思い出だ。

それで何を得たかというと……ひと皮とまではいかなくとも薄皮くらいはむけたかもしれないし、一言では表現しきれない大切な何かというのか。なんにせよ、やってみた者にしかわからないことがある。自然は大らかにいつでもただそこにあり、誰でも受け入れるし、与えられ受け取ったと感じる者もいれば傷つけられ奪われたと思う者もいて。
 この映画は「わたしは確かに掴み取った!」と高らかに宣言したアメリカ人女性の足跡をたどった作品である。

『わたしに会うまでの1600キロ』
2014年 アメリカ映画

データ

2015年8月21日更新

トーマス・サドスキー,リース・ウィザースプーン
オフィシャルサイト
『わたしに会うまでの1600キロ』

2015年8月28日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー


■2014年 アメリカ映画
■上映時間 1:56
■20世紀フォックス映画配給
■原題/『WILD』
■監督/ジャン=マルク・ヴァレ
■脚本/ニック・ホーンビィ
■原作/シェリル・ストレイド
■出演/リース・ウィザースプーン
ローラ・ダーン
トーマス・サドスキー




プロフィール
 
あつた美希 あつた美希
あつた美希
フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。