六本木ヒルズ A/Dギャラリー
平面、立体、素材問わず作品を制作し、フリーの作家として国内外で活躍する、タカハシマホの個展が開催中。
本展のタイトル「ディア_フロム」は、手紙を意味したタイトルで、『アインシュタインの愛の手紙』に基づいている。
アルベルト・アインシュタインが娘に宛てたといわれる手紙の話は、真偽がわからず大きな論争を巻き起こしたが、それと同時に多くの人に感動を与え、タカハシにも「これをテーマに作品をつくりたい」というインスピレーションをもたらした。
今年は戦後80年という区切りでもあり、本展は愛をテーマに、平成生まれのまなざしから戦争を表現。戦後80年間、この国では戦争をせず、紡がれてきた愛に着目して制作したそうだ。
タカハシの祖父は特攻兵として志願したものの、出発直前で終戦を迎えたことにより自身が存在するという現実が、戦争と自身が切り離せないという意識を持つようになった根底にあるという。
また、社会科の教員として働いていた父も、タカハシが幼い頃から戦争について語り、映像も見せたそうだ。そのためか、話していると同じ年代の人よりも戦争を「遠い世界の話」と考えていないように感じられるが、子どもの頃は怖さを感じなかっただろうか。
「トラウマにもなりましたし、怖くて眠れないこともありました。この絵(《あいはちから》2025年)に描かれているオレンジ色の輪のようなモチーフは、昔の輪っかの蛍光灯を表しています。常夜灯のオレンジ色の光を見ると安心しますし、ついていないと眠れない。私にとって聖域のような安心のシンボルです」。
また、《あいはちから》に描かれた女の子がクマのぬいぐるみを抱いているのも、幼い頃にたくさんのぬいぐるみを枕元に置いて眠った記憶に基づく。教員だった両親が昼夜問わず不在がちだったタカハシにとって、安心と母性を象徴するモチーフだそう。
本展の作品には、安心と愛情と、少しの不安が混じり合っている。会場に入った瞬間、鮮やかな色と、かわいいモチーフに癒される一方、寂しいような気持ちも感じた。
タカハシが描く幼少期をモチーフにした、現代的な少女像「ANOKO(あのこ)」は、シンプルで情報量を少なくすることにより、見た者に考える余地を与え、自己を投影できるよう描いているという。
その話を聞きながら、寂しさを感じた幼い頃の記憶がよみがえり、作品を観た時に感じた気持ちはこれだったのか、と気がついた。まさに自己を投影するという体験を得ていたのだ。
タカハシといえば、金箔を使った作品が有名だが、本展では一点のみとなっており、油彩の作品がメインとなっている。
「金箔の作品を作り続けるうちに完成されつくしてきて、『今つくるものではない』という気持ちが起きました。今は鍛錬といいますか、自分の表現を広げる時だと思っています」。
2年ほど前から描いている油彩については、「なかなか絵具が乾かなかったり、上から重ねることができたり、描いていてとても楽しいです。制作は大変なのですが、どのような素材を使ったら、自分の表現したいものがより届きやすくなるのだろう、試したことのない表現がまだまだある、と考えると、とてもワクワクします」。
また、本展で見ることができるインスタレーションの下には、たくさんの封筒が置かれている。
『アインシュタインの愛の手紙』はフェイクだったとも言われているので、封筒の中身は空となっているが、表面のQRコードを読み込むとアインシュタインの手紙の文章が表示される仕掛けだ。
制作にあたり、交流のあるアーティストたちが無条件でキャンバスの余った部分を提供してくれたり、本展会場の外に展示されている木彫の作品は、今は亡き祖父の遠い親戚で、大工をしている人がくれたヒノキの木で制作したりなど、大きな愛が受け継がれているのを感じたそうだ。
「私の作品は、幼少期、戦争、平和、愛などを大きな軸としていますが、表現が変わりつつあります。その変化を面白いな、と思って観てもらえたら嬉しい。また、作品を観た人たちに愛をつないでいきたいです。これを観た人が愛について考えることが、平和の種をまくことだと思っています」。
【会期】4月25日(金)〜5月11日(日)※会期中無休
【時間】12:00〜20:00
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