泉屋博古館東京(六本木1-5-1)
展覧会システムを最大限に利用して画名を高めるも美術史から零れ落ちた、尾竹三兄弟を東京で初めて紹介する大回顧展が開催。初公開作品17点を含む出品の80点を東京で観ることができる、またとない機会だ。
新潟県に生まれた尾竹越堂(おたけ・えつどう 1868〜1931年)、竹坡(ちくは 1878〜1936年)、国観(こっかん 1880〜1945年)の三兄弟は、明治から昭和にかけて、文部省美術展覧会(文展)をはじめとした様々な展覧会での成功により、「展覧会芸術の申し子」として活躍した日本画家。
「当時は横山大観と肩を並べるほど売れっ子であった」(泉屋博古館東京 主任学芸員 椎野晃史氏)というが、現在では研究者の中でも見たことのある作品は限られているそうだ。
「彼らがなぜ歴史に埋もれたのか、一番大きな原因は、当時の美術界で一番発言力のあった岡倉天心と喧嘩したことにある。明治41年の展覧会が始まって3日後の懇親会で審査員の選出を巡って口論となり、翌日には退会、出品していた作品も撤去。4日間展示され、その後世の中には出てこなかった、いわく付きであり幻の作品が、国観の《絵踏》です。絵の内容に物語があり、群像41人を一つの画面に納めるのは非常に大変で、画家の力量が窺えます。」と椎野氏が語る作品は、通期で会場ロビーに飾られている。
「明治42年の第3回文展で国観が二等賞を取った《油断》、翌年に竹坡が二等賞を受賞した《おとづれ》はそれぞれの代表作といえる作品(いずれも前期展示)。文展で入選するだけでもとても大変ですが、国観は初出品で最高賞を(当時一等賞は空席のため、実質最高賞)取得。この時にもう一点受賞したのが、重要文化財に指定されている菱田春草の《落葉》です。」(椎野氏)
《油断》は急な襲撃の知らせを受け慌てふためく武人たちを描いているが、群衆の表情や動きの描き分けはもちろん、「油断」というタイトルにも心を奪われる。
そのほか、3人が揃って落選した第七回文展に越堂が出品した《徒渡り》(前期展示)は、大井川を歩いて渡る様子を描いた六曲一双の作品だが、川の流れと人物の歩みに合わせて動く水の表現と人物の描写に見入ってしまう。
尾竹三兄弟はこの年の文展での結果を不服として選外展覧会を開催し、大盛況となったが、現在所在がわかっている落選展出品作は本作のみだ。
また、文展を落選した時期に、三兄弟と門下生たちの合同で開催した八火社展出品作、竹坡の《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》(前期展示)の、従来の日本画のスタイルからかけ離れた作風には驚かされた。本展の後期は東京国立近代美術館の所蔵品を中心に、八火社展出品作が数多く並ぶとのことなので、あわせて観に行きたい。
一時は画壇の寵児となった尾竹三兄弟も、その後は型破りな言動がたびたび物議を醸したため、いつしか中央から周辺へと追いやられていった。椎野氏が「彼らが歴史に埋もれてはいけないということが(本展開催の)出発点にある。」と語る通り、多くの人に尾竹三兄弟を知って、観てもらいたい。
また、現在「所在不明」となっている作品が本展をきっかけに発見され、より多くの作品を鑑賞できることを願ってやまない。
【会期】10月19日(土)〜12月15日(日)※会期中大幅な展示替えあり(前期:10月19日(土)〜11月17日(日)、後期: 11月19日(火)〜12月15日(日))
【休館日】月曜日(11月4日は開館)、11月5日(火)
【時間】11:00〜18:00(金は19:00まで) ※入場は閉館の30分前まで
※各イベントの詳細は泉屋博古館東京ホームページより確認ください。
記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。