六本木ヒルズ A/Dギャラリー
造形・彫刻作品を制作するアーティスト、井上裕起の個展が今年も開催。
根幹となるテーマを「進化」とし、日本の伝統や伝承に新しい素材を重ね合わせた独自のスタイルは、国内外で注目を集めている。
20年以上にわたってサラマンダー(サンショウウオ)をモチーフにしてきた井上は、今年の6月に大阪、7月に東京で新シリーズの「MASK」を発表。本展では初のMASKシリーズのみの展示となる。
「MASK」は人間の身体に異なる仮面を被せた作品で、一瞬奇抜に見える組み合わせが、見慣れてくるとかわいらしく見えてくる。
「サラマンダーシリーズを長く続けてきたゆえに、何か新しいことを始めてみたいと思っていたのですが、きっかけがつかめずにいました。」と話す井上。
機会が訪れたのはコロナ禍のころ、マスクをつけて対面していた人がマスクを外した時、今まで自分が頭の中で思い描いていた人はどこに行ったのだろう? 実在している人のはずなのに、と思ったことだった。
また、現在はアーティストやミュージシャンが目立つ活動をしていながらも正体を隠していたり、SNS上では匿名で発信できる世の中で、人が世間に見せたい姿と実際の性別や年齢は同じなのだろうか、リアルとは何であろうか?と考え、作品にしてみたいと誕生したのが、MASKシリーズだ。
井上といえば「サラマンダー」といわれるほど、国内外にファンの多いシリーズだが、新しいことを始める時の怖さというものはなかったのだろうか。
「いえ、それはなかったのですが、初個展のようにドキドキする気持ちはありました。覆面をかぶった作品なので、自分も顔を公表しないアーティストのように覆面を被って、名前も変えて、このシリーズの活動をすることも考えましたが、サラマンダーシリーズと同時進行すると、僕の性格ではすぐに正体を現してしまいそうで。」と穏やかに語る井上は、文学など多岐にわたり造詣が深く、話がつきない。
会場中央に展示されているメインの作品《MASK [NEPTUNE]》は、少年が黄ハリセンボンのMASKをかぶっている。横須賀で育った井上が、幼いころ海で遊んだ思い出に基づいたビジュアルだが、ふんわり柔らかそうな人物と、カラフルでつやのあるMASKの質感の違いが面白い。だが、素材は同じで、塗装の仕方が異なっているだけと聞き、驚いた。
MASKの制作過程では、多くの作品で先にマスク部分を、後から合わせる身体の部分を考えて制作するとのことだが、本展のタイトルになぞらえ、無垢なものの象徴として、赤ちゃんの身体の部分を作ろうと先に考えたのが、《MASK [KPP23]》だそうだ。
この作品のタイトルは、トータル23体作られるからではなく、芥川龍之介の最晩年の作品『河童』に由来するという。純粋な赤ちゃんと河童との組み合わせを小説の内容と掛け合わせて観るのも面白い。
また、アイドルグループの名前のようにも聞こえるが、「人に見せたい顔と、マスクで隠したい本当の顔があるのでは」という意味が隠れているようにもとれる。
会場で10体ほど観ることができる河童は皿や顔の色の組み合わせがすべて異なり、色が異なることで別の表情にも見える。自分のお気に入りを見つけるのも楽しいだろう。
本展の終了後も国内外でイベント等が控えている多忙な井上は、「MASK」シリーズも加わり今後ますます活躍の場を広げていくだろう。この機会を逃さず、ギャラリーに足を運んでおくことをお勧めする。
【会期】11月29日(金)〜12月15日(日)※会期中無休
【時間】12:00〜20:00
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