国内外の展覧会やアートフェアでも注目を集めるアーティスト・松枝悠希の個展が開催中。
松枝は日常にありふれたサインや物に着目し、エネルギーをもって動きだしたらどうなるか（escape）、パッと見て「おもしろい！」と言葉がなくても伝わる（wordless）、そして、見た人が楽しくなる（positive）という3つをテーマに、制作を行っている。

 本展では、松枝の代表作から新作の抽象作品までを一堂に展覧している。
観ているだけで楽しくなってくる、ユニークな作品が誕生したきっかけは、どのようなものだろうか？

 「平面と立体の間のものを作りたかった。もとは立体の作品を作っていたのですが、自分ならではの作品を追い求めるうちに、自身を見つめ直すタイミングがありました。
 私の実家は印刷会社を経営していて、平面である印刷という環境で育った私が立体作品を作って作家活動をしていくならば、自分のルーツを大切にするべきだと考えました。
 当時は立体か平面か、どちらかを選択する時代でしたが、どちらも捨てるのは惜しいと模索して、この平面から飛び出す立体表現がうまれました」。

 「初期から作っているのが、卵のシリーズとトランプのシリーズです。私は卵かけごはんが子どものころから大好きで、食べると元気になる。その元気の源となる卵が殻に閉じこもっていてはいけないと、元気に飛び出させたのがこの作品です。ではその卵がどこから来たのかというと…こちらです。」と、会場入口付近に飾られている、缶詰の絵から缶が飛び出している作品を指し示した。

 「缶の中を見てください、卵が入っていますね。アンディ・ウォーホルの作品を模しているシリーズの作品ですが、缶の卵の原点は平面の印刷から出てきている。印刷会社で育った私が、『立体を作りたいんだ』という想いとともに、平面の世界からスポッと飛び出しているという作品です」。
いわば松枝のエピソード0ともいえる、作家を目指したきっかけとなるストーリーを表した作品だそう。

 また、初期から制作しているもう一つのシリーズ、トランプの作品は、
「トランプの絵が平面からピンって飛んでくれたら面白いな、と思ったことがきっかけです。ゲームで遊んでいると絵札が揃わない、そんな時にマジックみたいに飛び出してくれたらいいのに…と誕生したシリーズです」。

 会場の壁の一面には、トランプ52枚プラスJoker2枚の作品が並んでいる。いずれもスペードやハートが1つずつ飛び出しており、絵札はキングやクイーンがフィギュアでトランプから抜け出している。スペードはクラシカルなスーツ姿だが、ダイヤはラフな服装だ。また、自由なJokerは絵から飛び出した後、どこかに逃げてしまったようで、姿がない。それぞれの表現が面白く、飽きずに何度も観てしまう。

 そのほか、松枝の代表作の一つ、非常口から逃げ出すピクトグラムの「This is EXIT」シリーズは、3点観ることができる。SNSでも“大バズり”した話題の作品なので、ぜひこの機会に実物を見てほしい。
 すべての作品に面白い物語やアイデアのもとが潜んでいて、時間を忘れてしまいそうになる。ギャラリーを訪れた際に松枝が在廊していたら、ぜひ、いろいろ聞いてみてほしい。

 松枝の作品には「逃げる」がテーマの根幹にあるが、「逃げるも選択肢の一つだよ」「自分が飛び出せば、周りも変わるよ」というメッセージも込めているという。「逃げる、飛び出す」は、観る人の経験や価値観によってポジティブにもネガティブにも解釈が変わるのだ。

 今後の表現についての質問には、
「会場の外に展示されている、鏡面のとげとげとした作品に現れています。20代、30代では『出ていく』表現の作品だけを作ってきましたが、40代になり、外からも内からもバランスが取れていることで、自分はいま生きているな、と感じるようになりました。
とげのような形は、内面と外の環境との状態を表しています。また、表面のキラキラした加工も絶対に表現したいと思っていました。なぜなら自身の精神面は周囲の環境によるものが大きいので、周りを映しこむような鏡面にしたかったからです。
作品の前に立つと周りと自身が映る。同時にその人の精神面も映し出し、『大丈夫、バランスが取れているよ』とメッセージを送るような作品です」。

 ありそうでありえない瞬間を切り取った作品も観ていてワクワクするが、これからの抽象的な作品も楽しみだ。ぜひ両方の作品を観ることができるこの機会を逃さないよう、会場に足を運んでみてはいかがだろうか。

【会期】1月31日（金）〜2月16日（日）※会期中無休
【時間】12:00〜20:00